変形する電動バイク「タタメルバイク」を手がけるICOMAの生駒崇光氏が、各界のクリエイターや起業家と対談するコラボ企画「TOYBOX GarageTalk」がスタートしました。
TOYBOX GarageTalk は、ICOMAが多様なプロダクトを生み出す“おもちゃ箱=TOYBOX”を舞台に、ものづくりに関わるゲストとガレージで語り合い、未来のアイデアを広げる対談企画です。
第1回は、かつて生駒氏が所属していたスタートアップ企業Cerevoの創業者で、現在はShiftall(シフトール)のl代表である岩佐琢磨氏を招いて対談を実施。2025年のジャパンモビリティショーを終えたばかりの生駒氏と、VR事業に注力する岩佐氏。異なるフィールドで戦う2人が語り合ったのは、ハードウェアスタートアップの生存戦略と、ものづくりの本質でした。
※本記事はICOMA公式YouTubeチャンネルの対談動画を編集したものになります。動画本編では、記事に掲載していない話題も公開されていますので、是非ご覧ください。
岩佐 Shiftallとして2018年に起業して、もう7年やっています。Cerevo時代も入れたら18年ですね。ただ、ここ3、4年で大きく変わったのは、家電を作るという立場から、VRのデバイスを作るところにガサッと方向転換したことです。
2021年のタイミングで、それまでやっていたプロジェクトを全部バサバサって止めて、VR関係のプロジェクトに全部切り替えちゃいました。
生駒 僕が岩佐さんと最初に会ったとき、夕方頃に話していてすごくテンション上がって、まだまだ全然話せそうみたいな感じだったんですが、突然「俺、今日アクセルワールドの最終回だから帰るわ!」って(笑)。
僕も当時あのアニメ見ていたんで、あれもVRゲームの世界を扱った作品でしたし、やっぱり岩佐さんはそこに強い想いがあったんじゃないかなと。
岩佐 バーチャル世界とかSAOとか攻殻機動隊は好きだったんですが、仕事にしようとはあまり思っていなかったんです。ただコロナのタイミングでVR空間に入ることがすごく増えて、VRChatを本格的にやるようになった。そこで「やばい、これは未来だ。ここまで来てるんだ」となって、一気に方針転換しました。
ただ、VRといっても実はほとんどBtoBなんですよね、世の中のVRって。だけど僕らはBtoCのVRをやろうと言い始めて、つまり、それは限りなくVRChatのユーザーさんにギュッとフォーカスするということでした。
生駒 VRChatのユーザーは年々増えていますよね。
岩佐 めっちゃ増えてますよ。もう一気にVRChatが来たことでコンシューマーがドーンと来た感じで、パイがめちゃめちゃでかい。国内だけで100万人規模のレベルです。
ただ、僕らはすごくマニアックなオタクのビジネスだと捉えています。釣りみたいなものですね。釣りってすごくマニアックだけど、一定の人はめちゃくちゃやっている。やらない人の方が世の中多数派だけど、専門の雑誌が何冊も紙で存在しているぐらいは趣味として成立している。VRもそういう領域だなと思っています。
昔の言葉で言うところの「アキバのオタクの人たち」――アニメが好き、ゲームが好き、メイドカフェかわいいねとか、そういう人たちがすごくたくさんいて、僕はそこの領域はよくわかるんです。なんかわかる人がやらないと駄目だなという感じがしたんですよ。商業的にお金を儲けたいからやるとかじゃなくて、その筋の人たちがわかる人が作る。グッドスマイルカンパニーさんとは一緒にお仕事をしましたけど、フィギュアを好きな人、アニメとかゲームが好きでフィギュアも作れる人たちがやっぱりやらないと、フィギュア儲かるからやろうぜでは多分オタクの人たちに全然受け入れられない。そういうところがすごくあって、僕たちだったらできるなと思ったんです。
生駒 岩佐さんが率いていた当時のCerevoが掲げていたのは「コンシューマー・エレクトロニクス・レボリューション」でしたよね。その言葉にロマンを感じていたので、VRに行くのかなと思ったんですが、意外とコンシューマー志向は変わっていなかったんですね。
岩佐 そうですね。今はあえて言わないんですけど、「バーチャルライフ・イノベーション」とか「バーチャルライフ・レボリューション」だよなと思っています。バーチャル世界にもっと進める、もっとそこが快適になる、もっと楽しくなる、そこに来る人たちがめちゃめちゃ増える。なんかリア充の逆側にいるみたいな、バーチャル超楽しいみたいな、こっち側を知らない人は損してるぐらいの世界ができてきたら面白いなと思っています。
岩佐 Cerevoのときの反省点は、やっぱり手を広げすぎたかなということです。生駒さんもそうだと思いますが、何でもやりたい性分なわけですよ、我々。何でもかんでもやりたいんだけど、いろんなことを一気に、多方面に一気にやろうとすると、結果それぞれが薄く浅くなっちゃう。
特定ジャンルのどこかでギュッと掘っていくべきだったかなと。その究極はレーザーテックとかアドバンテストみたいな会社ですよね。半導体検査装置のこの部分だけをひたすら頑張るみたいな、特定目的に絞った会社。そこまではいかないにしても、Cerevo時代は手を広げすぎました。
「あらゆるものがどうやら作れるらしい」というところまではいけたんです。ロボットも作ったし、自転車も作ったし、目覚まし時計も作ったし、いろいろやった。でも例えばロボットだったら、ロボット業界の中で名を残せたか。圧倒的なイノベーションでロボットをすごく便利にできたか。そう考えると、残念ながらちょっとそこには行き切れなかった。
もしCerevoが、トヨタやパナソニックのような規模の会社で年1兆円の予算があったら、できたのかもしれません。でもやっぱり50人とか200人みたいな単位で多品種展開するのは結構しんどかった。
生駒 絞るときの悩みは大きかったんですか。
岩佐 やっぱり絞るって結構怖いし、難しいんです。これまで幅広くできちゃってたから、余計に。
一緒にやってきたメンバーや、Shiftallの従業員が「いろいろできるからいいんじゃないの」って思っていたら、離れていっちゃう。「そんなの面白くないよ」ってなっちゃうのも怖かった。結構悩みましたけど、いい意味でコロナがいろんな産業に良い方向のインパクトを与えたなと思うんです。
生駒 浄化作用じゃないですけど、一回遮断されたからこそ見えるものがありましたよね。
岩佐 アイソレーションされてすごく集中できて、「こっちかな」というのを考えるきっかけをくれた。あれはすごく良かったですね。それで割と吹っ切れて、一気に舵を切ろうと。
生駒 岩佐さん自身がめっちゃVRChatやっているじゃないですか。本も出されたりして。僕もVRはちょっとやったんですが、小さい子どもがいてなかなか両立できなかった。それがVRの唯一にして一番の課題かなと。ただ、Questで接続してアバターを通して見たり、アバターをミラーで見られるじゃないですか。かわいいんですよ、あれ。あれはやっぱりちょっと衝撃的でしたね。
岩佐 びっくりしますよね。専用スマホアプリをダウンロードして、うちのHaritoraXっていうデバイスを体につけると、Quest単体でもフルボディトラッキングできるようになっているんです。
生駒 だいぶ進化していますね。
岩佐 ちょうど2020年前後のタイミングで、結果的に僕らがギュッとVR、特にVRChatにフォーカスした結果、多分VRChatをやっている日本のユーザーさんの中でShiftallという会社を知らない人は多分いないというぐらいまでは結構メジャーになれたんじゃないかなと。
これってロボットやっている人の間では、とか、ロボット業界に対するイノベーションみたいな話でいくと、もう十分この4年で一定のところまで一気に来れたと思います。もちろん、もっと上には行きたいんですけど。
生駒 結構それに3、4年かかる感覚はありますね。1年だとなかなか何もできていないというか。
ハードウェアって量産までの期間があるじゃないですか。僕らも悩んでいて、次何作ろうって思ったときに、今からだとやっぱり最低1年は必要。
スタートアップの立場で話をすると、VCさんの償還期限※とか、何年後にはすごいことになってなきゃいけないみたいなタイムラインがある。そことハードウェア開発のタイムラインが、どうしてもずれちゃうんですよね。
※VC(ベンチャー・キャピタル)はファンドという形で投資家から資金を預かっており、通常10年程度で清算してリターンを返す必要がある。そのため投資先には「○年以内に成果を」という期待がかかるが、製品開発に長い期間を要するハードウェアスタートアップとは、しばしばタイムラインが合わないという課題がある。
――車やバイクと家電では、ものづくりのアプローチは違いますか。
岩佐 車とかバイクと、僕らがやっている家電では、似ているようでだいぶ違うんです。医療機器のような認証認可が伴うものになると、更に違ってきます。
実は、医療機器のハードウェアスタートアップの社外取締役をやっているんですけど。感覚で言うと、医療機器は僕らの家電のプラス1年ぐらいなんです。家電が1年で作れるのに対して、医療機器だったら家電と同じように1年ぐらいで作って、そこから認証認可に半年から1年。だから、めちゃめちゃ時間がかかるっていう感じではないんです。
家電はCerevoでやってた時代からそんなに変わっていないかな。思いついてから1年ぐらいで量産に持っていっちゃう。お金がなかった場合でも、最初の3、4ヶ月ぐらいでプロトタイプを作って。バイクの場合は、おもちゃとかちっちゃいものにしないと、いきなり大きいものを作れたら苦労しないでしょう。
生駒 それが僕らの開発メソッドかなと思っているんです。
岩佐 家電の場合はもう1分の1のものを「こういうものです」みたいな、動かないけどこうですみたいなものをすごく簡単に作れるので、そういうものでファンを集めて、クラウドファンディングで資金を集められますよね。
VR周りの事例で挙げると、Shiftallの主力商品の一つであるHaritoraXっていうフルボディモーショントラッキングの装置がありまして、元々izmさんという個人の方が趣味で作っていたものなんですよ。
すごくたくさん売れて、量産どうしようって悩んでおられて。自宅に3Dプリンターを5台置いて、毎晩ずっと24時間365日動かしても、オーダーに対応しきれない状態で、ご相談を受けました。それで「うちで一緒にやりませんか」って言って量産に持っていったんです。
同人ハードウェアから、そこから我々みたいな人たちと組んで、小ロット量産していくみたいな流れも、最近ちょこちょこ聞くようになってきています。個人ハードであってもECで販売し、そこから本格的な量産に行くとかっていうメソッドも、最近結構出てきているかなと思います。
生駒 結局、個人力の比率が強くなってきていますよね。製造業って本来、属人性を省いていった方がいいと言われていた産業だったのに。会社内でもマニュアル化して、属人化を避けて、ちゃんと資料作ってみたいなのが大手メーカーのやり方だったと思うんです。
でも、ホビー領域とか同人領域だと、わかっている人がやらないと進まないみたいなのは、より強くなってきているのかなと。
――最近、企業ではなく副業や小商い的なビジネスをする同人ハードウェアが増えていますが、どう考えていますか。
岩佐 これから、この層が増えていくでしょうね。いわゆる同人ハードだったり、副業やで小商いベースでやっていく人にとっては、すごくやりやすくなっている。
3Dプリンターもあるし、基板もJLCPCBでいくらでも安く作れるし、しかもそれがオンラインで注文できちゃう。作りやすい世界が出来上がって、さらにそれを売ったり、認知を集めたりするってこともSNSを中心にものすごくやりやすくなってきた。同人ハードウェアは、どんどん増えていくだろうし、それ自体がすごく良いことだから、みんな頑張ってほしいと思います。
一方で生駒さんや僕らみたいな人たちが支援できると思う。例えば、すごく売れちゃったら一緒になってもっと量産しようかとか、あるいはちょっと性能を上げてもっとこういうふうにして共同事業をしようとか。場合によってはもう「うちの会社来る?」みたいな話も含めて、相性がすごく良くなってきているなって思う。
どんどんそういう人が生まれてほしいし、生まれやすく、やりやすくなっているから、みんな始めましょうと言いたいですね。
リスクもどんどん下がってきているし、この記事とか見て興味持っていただいたら、ぜひ今日からやってみてほしいかなというのが僕の立場です。
生駒 Bambu Labとか安い3Dプリンターが出て、精度が全然良くてしかも速い。最初にタタメルバイクを作ったときの3Dプリンターも低価格なもので、タタメルバイクの外装部品の初期は、ほとんどそれで作ってます。
学生だった僕が岩佐さんに最初に持ち込んだ企画は、コンセントタップ型のロボットだったんです。当時はそれを作るのに必死で、学生時代に東京都立産業技術研究センターに行って、有料の3Dプリンターの業務依頼書を個人事業主として申請して、8000円ぐらい多分かかって、その蒲田まで取りに行くっていう思いをして3Dプリンターでちっちゃい部品を出したんです。多分それが2010年頃。そこまでしてやっていましたけど、今はもうめっちゃ簡単にできるようになりました。
岩佐 ここら辺全部3Dプリンターで作ればいいし、もっと言うと、3Dプリントですら、JLCPCBとかに依頼すれば結構早い。10個ぐらいしか使わないんだったら、そっちの方がいい。
生駒 絶対その方がいいですよ。
岩佐 それでね、出して「いけそう」と思ったら、そこで3Dプリンターを買えばいいし。とにかくサブスクですよね、全部。SaaS化されてものすごくものづくりは小さくスタートできるようになったから。
生駒 Misumiの恩恵も感じています。シャフトを0.1mm単位で1000円前後で切ってくれるわけじゃないですか。しかも事前に見積もり回答もしてくれるので、めちゃくちゃいい時代になっているなと。
同人ハードはしやすくなったし、今回僕らもジャパンモビリティショーに一緒に出していた四輪車も完全個人の製作物ですから。やろうと思えば、僕らでも町工場と小ロット乗り物製造できるじゃんっていう答えは出せたし、自分もやってみたいという人がいたらもう一緒に、ぜひ喜んで。
岩佐 僕らがやっている小型家電はもっとローリスクで、もっと簡単にできる。実はそのVRChat関係で、そういう同人ハードウェアやっている人とかってすごく、実は日本だけじゃなくて韓国とかアメリカとかにもいっぱいそういう人たちがいて盛り上がっていますよ。
世の中に広く知らないだけで、ちょっと深く掘ってみると、「これやっている人結構いるみたいな」プロジェクトがたくさん見えてくるんじゃないかな。VRは多いんで、興味ある人はいろいろとそういうのを探ってみると面白いんじゃないかな。
――それぞれ、今後の展望を教えてください。
岩佐 グローバルの市場の中で、バーチャル世界を楽しむためのデバイスメーカーとして、Shiftallっていう名前は必ず上がってくるっていう状況に、まずは持っていく。それがここのところの展望です。結構今そこができつつあります。
例えばVR関係の展示会とかに出すと、大体そこに出ている会社の社長さんとかみんな僕たちを知っているみたいなぐらいにはなりたい。それは多分、車業界におけるトヨタさんとか日産さんぐらいのポジショニングになりたい。いきなり自動車のその規模っていうの難しいんですけど、VR関係っていうところって業界すごく狭いんで、今割とそのレベルには来れているかなと思うんですが、まだまだこれを盤石なものにしたいと。
そういう本当に超有名メーカー、HTCとかからするとマイナーメーカーなんで、そこをしっかり認知いただけるぐらいの規模感にしていく。よりいいものが出せるようにしたい。いいものを出す方法って僕らもわかっていて、それは認知度と、開発工数と、そこにかけるお金とで大体決まってくるんです。であれば、しっかり打っていく、打って認知度を上げるっていうのが大事だし、ユーザーも増えないといけない。
一方で小さい直近の展望ですけど、販売営業ですね。この僕の最も苦手とするところを。
生駒 苦手なんですか?(笑)
岩佐 販売営業、ブランディングみたいなものがものすごく苦手だけど、直近は力を入れていきたいので、最近はそういった方面を強化し始めていますね。
生駒 僕らは正直まだ悩んでいるものの、大きい答えみたいなのがあって。OpenAIがJony Ive(元Appleのプロダクトデザイナー)のデザイン会社を買収した際の評価額が50億ドルから60億ドルと言われています。社員数が約50人程度なので1人当たり150億円とか、そういう計算になってくるんですけど。
彼らって僕らがやっているような技術集団であり、デザイナーやエンジニアが集まってイノベーションを起こそうとしているチームですが、そういう集団になれる人材の母数は欧米でもそんな多くはないし、日本だと本当に我々の周辺で集まっちゃうのでは、というくらいの少ない人口だと思っています。
欧米ではもちろんiPhoneって実績があってのことだと思いますが、そういった集団にそれだけの評価がついた。しかもOpenAIという今一番のスタートアップが、「そこは価値あるよねって」評価したと僕は捉えています。そういった会社を自分たちも目指したいと思います。
AppleはiPhoneを通じて社会をを変えましたし、同じぐらい新しい価値がロボットにあると思っています。ICOMAがいる領域はロボットなど、まだ定義づけられていない黎明期にあるからこそ、めちゃくちゃやりがいがあると思っています。
岩佐 楽しい方向がいいんじゃないですか。
生駒 そうですね。確かに。「楽しさドリブン」じゃないとですよね。今日はありがとうございました。お話できたのですごく楽しかったです。
岩佐 こちらこそ、嬉しかったです。
今日の対談を通じてあらためて感じたのは、ものづくりは“小さく始める勇気”と“深く続ける姿勢”が未来を開いていくということです。
いまは個人でも、学生でも、小さなチームでも、プロダクトを形にしやすい時代になっていて、スタートも切りやすく、深堀するにおいても、専門的な技術もオープンな情報も増えたことで、エコシステムが整ってきていると感じます
だからこそ、一歩踏み出してみる人がもっと増えてほしい。
そして、小さく始めた種を、どれだけ本気で深掘りできるかが価値になる。
TOYBOX GarageTalk で、我々自身や、新たな挑戦者の知見になる対談が続けられればと思っております。(生駒崇光)