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準備3ヶ月、2日で1500人動員、一人の会社員が始めた3Dプリンターの祭典「JRRF」

2025年6月、東京流通センターで開催された「Japan RepRap Festival(JRRF)」は、家庭用3Dプリンターに特化したイベントとして注目を集めた。

2日間で1500人以上が来場し、国内外の3Dプリンターメーカーや代理店、個人のMakerが一堂に会した。既に2回目の開催が決定し、会場規模は前回の2倍に拡大する。

このイベントを個人で立ち上げたのが、堀内雄登氏。普段は外資系メーカー企業でプロダクトマネージャーを務める傍ら、個人の活動として3Dプリンターのレビューや海外展示会への参加を続けてきた人物だ。なぜ彼は3Dプリンター専門の大規模イベントの主催に踏み切ったのか。

きっかけはコロナ禍ーーN95マスクの自作

RRF主催者の堀内雄登氏

堀内氏は1996年生まれ。大学では機械工学を専攻していたが、当時は3Dプリンターにそれほど興味がなかったという。転機となったのはコロナ禍だった。マスクが品薄となる中、海外の医療機関が3DプリンターでN95相当のマスクを製作し、データを公開しているという記事を目にする。

「家で作れるなら試してみようと思い、AliExpressでCreality Ender-3 Proを購入しました。結局そのマスクは一度も成功しなかったのですが、そこから改造キットを知り、パーツを揃えてアップグレードを重ねていきました」

Ender-3をベースに改造を施しながら、Thingiverseでモデルをダウンロードしては印刷する。多くの3Dプリンターユーザーが最初に通る道を、堀内氏も歩んでいた。当時は日本語の情報が乏しく、サイレントボードの交換一つとっても手探りだった。

大学時代からガジェットレビューのブログを運営していた堀内氏は、その対象を3Dプリンターに移していく。企業から機材を借りてレビューを書き、SNSで同じ趣味を持つ人々と交流を深めた。海外企業のUIやマニュアルの翻訳なども手がけるようになり、メーカーや代理店との関係を築いていった。

堀内氏の自宅にあるCREALITY Ender-3

誰かが始めるのを待っていた、でも誰も始めなかった

活動を続けるうち、堀内氏は海外の3Dプリンター展示会にも足を運ぶようになる。上海のTCT Asia、ドイツのFormnextに訪れ、その規模の違いに衝撃を受けた。

「BtoBだけでなく、コンシューマー向けのブランドも華やかな展示をしていて、日本の展示会とは規模感がまったく違いました。海外には家庭用プリンターに特化したイベントがあるのに、日本にはない。誰かが始めてくれるのを待っていたのですが、一向にその気配がありませんでした」

メーカーは自社の宣伝に注力するし、日本の代理店がそうしたイベントを主催することも考えにくい。2025年3月頃、堀内氏はSNS上でイベント開催を宣言した。自分を追い込まないと動き出さない性格だからこそ、先に宣言してしまったのだという。

デポジット200万円、自宅が倉庫になった3ヶ月

準備期間はわずか3ヶ月。イベント運営の経験はゼロに等しかった。

まず立ちはだかったのが会場の問題だ。イベント会場は1〜2年先まで予約で埋まっていることを知らなかった。物販を許可してくれるという条件を加えると選択肢はさらに狭まる。比較的安価に借りられる公共施設は物販NGのところが多かったこともあり、最終的に民営の東京流通センターに落ち着いた。

「趣味のイベントに来て、自分の好きなものを好きな人たちに売って、それでまた趣味に再投資できる。それが一番幸せな形だと思うので、物販は許可しなければいけませんでした」

しかし、個人名義での契約には高いハードルがあった。1ヶ月前に150%のデポジットとして200万円超を求められた。電気代の見積もりも想定外で、出展者全員がフル稼働した場合を想定すると40万円を超える金額が返ってきた。実際にはそこまで必要なかったが、初めての運営では予測が難しい。

海外からの荷物受け入れも課題だった。イベント会場には事前に荷物を受け入れる倉庫がない。木のパレットに載ったプリンターが自宅に届くものの、自宅には入らない。配達日指定で運送会社に預けるなど、あの手この手でやりくりした。

イベント名を「Japan RepRap Festival」とするにあたっては、RepRapプロジェクトの創始者であるAdrian Bowyer氏にメールで確認を取った。RepRapとは2005年に英国で立ち上げられた、自己複製可能なオープンソース3Dプリンタープロジェクトだ。今日の家庭用3Dプリンター市場は、このRepRapカルチャーから生まれたといっても過言ではない。

「完成機も多数出展するが、名前を使ってよいか」と問い合わせると、「まったく問題ない。成功を祈っている」との返答があった。気さくに回答するBowyer氏に堀内氏も感動したという。

チケットが売れない日々、そして開場前の長蛇の列

第1回にも関わらず会場前から長蛇の列ができるほど賑わった(撮影:@Mu_Alexius000)

資金面を支えたのは国内外の協賛企業だった。国内の大手3Dプリンター販売代理店に加え、海外のフィラメントメーカーなども名を連ねた。イベント開催実績のない個人に対して、複数の企業が協賛を決めたことは異例といえる。

交渉がスムーズに進んだ背景には、堀内氏がそれまで築いてきた関係があった。中国の展示会に足を運ぶたびに「こんなイベントをやりたい」と相談を重ねていたのだ。

「海外の友人からは『挑戦するならサポートする』と言ってもらえました。代理店にも『競合も出るがよいか』と聞いたところ、『うちもやります』と。日本でイベントが成立するのか疑問を持つ企業もありましたが、事前に実施していたアンケート結果を共有し、日本市場の動向を説明することで理解を得ていきました」

協賛金はBtoB展示会の相場と比べればリーズナブルな設定だ。机と場所は用意するが、セットアップは基本的に出展者自身で行ってもらうスタイルである。その分コストを抑え、参加のハードルを下げている。

すべての企業に最初から信頼されていたわけではない。開催が近づいてもチケットの売れ行きが芳しくない時期があり、本当に成功するのかという不安の声も出ていた。しかし2024年6月の開催当日、会場には長蛇の列ができた。隣で開催されていた別イベントの列かと思ったら、自分たちの列だったという。2日間で1500人以上が来場し、不安は杞憂に終わった。

成功の背景には新興メーカーの台頭による、パーソナル3Dプリンターの復権もあった。

箱から出して、ビギナーでもすぐに使える完成度の高い製品が登場したことで、ユーザー層が一気に広がっていた。5年前に同じことをやっていたら成功しなかっただろうと堀内氏は振り返る。

全国のプリンターが動いた──2万枚のMakerChip

JRRF会場にあったMakerChip(撮影:淺野義弘)

JRRFを特徴づける文化の一つが「MakerChip」だ。直径40mm、厚さ3mmほどの小さな造形物で、参加者同士が交換する名刺代わりのアイテムである。海外のRepRap Festivalでも見られる文化だが、JRRFでは協賛企業向けにもこれを用意した。各ブランドのロゴとQRコードを入れたデザインを作り、1企業あたり500枚。自分だけでは到底間に合わない。

自宅の3Dプリンターをフル稼働させて、MakerChipを準備する堀内氏を見たパートナーは「あなたはリーダーなのだから、プロモーションに集中すべきだ」と指摘した。

堀内氏やボランティアメンバーが協力しあって準備したMakerChip

「最初はムッとしたが、確かにそうだなと後から気づいた」という堀内氏はX(旧Twitter)で募ったボランティアにMakerChipの印刷を託すことにした。

Googleフォームで参加者を募り、それぞれの稼働状況を確認しながらフィラメントを送付。全国に散らばったボランティアが自宅のプリンターで分散印刷を行った。

「同じものを数百枚以上印刷すると、このプリンターは安定しないとか、このビルドプレートは優秀だとか、いろいろなことに気づきます。普段少し使う分にはよくても、同じものを大量に安定して作るのは別の話でした」

最終的に2万枚近くのMakerChipが製作された。ボランティアが担ったのはMakerChipの印刷だけではない。MakerChipを収納するホルダーの印刷、イベントグッズの製作、会場の設営と撤収、当日の運営や撮影など、あらゆる場面で力を発揮した。

時期的にも恵まれていた。ChatGPTをはじめとする生成AIが急速に普及し始めた頃と重なり、JRRF 2025のロゴはAIと壁打ちしながら作り上げた。公式サイトも生成AIを駆使して構築したという。

「ボランティアとAIの両方がなければ、ここまでのことはできなかった」と堀内氏は振り返る。JRRFは一人で作り上げたイベントではなく、Xを中心としたコミュニティと新しいテクノロジーの力が結集して実現した「コミュニティ発のイベント」だった。

Webサイトにはボランティアメンバーのクレジットが記載されている。メンバーとはXのDMでやりとりしながら、準備を進めてきたという。

初めてのイベントで、見えてきた課題も

JRRF 2025会場での堀内氏(撮影:淺野義弘)

盛況の一方で、運営上の反省点も多く見つかったという。

入口付近に協賛企業のブースを配置したため人の流れが滞留したこと、抽選イベントを行うと周辺のブースが人で埋まってしまったこと、ライトニングトークの録画ができなかったこと、外国からの出展者向けに通訳がいなかったこと。出展者からは「自分のブースから離れられず、他の展示をほとんど見られなかった」という声も多かった。

2回目となる2026年5月の開催では、これらの反省を踏まえた改善を行う。会場規模は前回の2倍に拡大し、ブース配置を見直して入口の混雑を解消する。土曜午前中に出展者同士が互いのブースを見て回れる時間を設ける予定だ。通訳デバイスの協賛も検討している。運営体制も一般社団法人を設立して法人格を持ち、継続的な運営に向けた基盤を整える。

ボランティアスタッフへの還元も強化する。前回のボランティアスタッフから、今年も手伝うといった申し出があったり、参加者として来ていた人から「次回は手伝いたい」という連絡もあるという。

初回は文字通り手弁当で参加した人たちに助けられたが、次回は当日の食事の用意など可能な範囲でサポートを手厚くしたいと考えている。

JRRF 2025の様子(撮影:淺野義弘)

ファンイベントとしての3Dプリンター展示会

JRRFが目指すのは、BtoB展示会とは異なる空間だ。名刺交換から始まる商談の場ではなく、同じ趣味を持つ者同士がフラットに交流できる場所。企業ブースと個人ブースを意図的に混在させる配置も、その思想の表れである。

「売り込みに来る場所ではなく、ファンを作る場所にしたいと考えています。SNSでやっていたことをリアルの場に持ってきた感じです。企業側にとっても、ユーザーの生の声を聞ける貴重な機会になります」

2回目に向けては、海外からの参加者・出展者をさらに増やしたい考えだ。代理店経由だけでなく、メーカー本社の開発者やエンジニアにも直接来てほしいという。

「日本旅行に行きたいけどきっかけがないという人が、JRRFがあるから行ってみようと思ってもらえたら嬉しいですね。代理店の方だけでなく、実際に製品を作っている人たちと直接話せる機会は貴重です」

JRRF 2025の様子(撮影:淺野義弘)

小中高生の無料入場も継続する。今年は都内の学校にも積極的に告知を行い、3Dプリンターの導入を検討している教育関係者にも来場を呼びかける予定だ。個人ユーザーがどのように活用しているかを見てもらい、代理店に直接相談できる機会にもなる。

「『まだプリンターを買ったばかりなのですが、出展してもよいでしょうか』とよく聞かれますが、まったく問題ありません。プリンターを持っていない人も、会場に来ればさまざまな機種を見比べられます。プリンターの世界にふらっと飛び込む感じで来てほしい。それがJRRFのコンセプトです」

初回の開催当日、堀内氏の父親が運搬と設営を手伝ってくれた。祖父は「人が来なかったら大変だから」と心配して会場に足を運んだが、長蛇の列を見て安心した様子だったという。協賛企業、ボランティア、そして家族の支えがあってこそ実現したイベントだった。

現在は第2回の準備中だが、既に第3回を視野に入れてイベント運営の受け皿となる一般社団法人の登記も進めているという。「無かったら、作る」という一人の若者がDIY精神で始めたイベントは、着実な歩みを進めている。

(クレジットの無い写真提供:堀内雄登氏)

Japan RepRap Festival 2026(JRRF 2026)

越智 岳人

FabScene編集長。大学卒業後、複数の業界でデジタルマーケティングに携わる。2013年当時に所属していた会社でwebメディア「fabcross」の設立に参画。サイト運営と並行して国内外のハードウェア・スタートアップやメイカースペース事業者、サプライチェーン関係者との取材を重ねるようになる。 2017年に独立、2021年にシンツウシン株式会社を設立。編集者・ライターとして複数のオンラインメディアに寄稿するほか、企業のPR・事業開発コンサルティングやスタートアップ支援事業に携わる。 2025年にFabSceneを設立。趣味は365日働ける身体作りと平日昼間の映画鑑賞。