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形が違うのに測ると同じ——150年以上未解決の幾何学の謎を「双子のドーナツ」が解いた

形を調べるのに、その表面を一周隅々まで測れば十分なはずだ——そう信じられてきた150年以上の「常識」が、2025年に崩れた。

独ミュンヘン工科大学のAlexander Bobenko氏とTim Hoffmann氏、米ノースカロライナ州立大学のAndrew Sageman-Furnas氏の3人の数学者が、見た目が明らかに違う2つのドーナツ形曲面(トーラス)を構築した。この2つは局所的な測定値がまったく同じなのに、全体の形が異なる。論文は数学専門誌「Publications mathématiques de l’IHÉS」に掲載された。

「表面の測り方」が同じなのに、なぜ形が違うのか

少し背景を説明する。曲面を数学的に記述するとき、2つの重要な量がある。ひとつは「計量」で、曲面上の2点間の距離や角度を表す。もうひとつは「平均曲率」で、その点でどの方向に・どのくらい曲がっているかを表す。フランスの数学者Pierre Ossian Bonnetは1867年、「このふたつが曲面のすべての点でわかれば、その曲面の形を一意に決定できる」という定理を示した。

感覚的にはわかりやすい主張だ。地球の表面をあらゆる方向から測れば、球体であることがわかる——衛星写真がなくても。

ただし例外が存在することは以前から知られていた。無限に広がる平面のような「非コンパクト」な曲面(端がない・境界がない曲面)については、同じ計量と平均曲率を持つ別の形が存在することが示されていた。一方、球のような「コンパクト」な曲面(閉じていて有限な曲面)については、計量と平均曲率が形を一意に決めることが証明されている。

問題はトーラス、つまりドーナツ形だ。トーラスはコンパクトだが穴がある。数学的には「同じ計量と平均曲率を持つトーラスは最大2つまで存在しうる」ことが数十年前から理論的に示されていた。しかし、実際にそのような2つのトーラス(「コンパクト・ボネーペア」と呼ぶ)を具体的に構築した例は誰も見つけられていなかった。多くの数学者は「実際には1つしか存在しない(球と同様)」と信じていた。

コンピューターが「ありえない」と思われていた形を発見した

この問題にBobenko氏が最初に取り組んだのは2000年代だという。しかし解決には至らず、他の研究テーマへと移った。20年近くが過ぎた頃、Sageman-Furnas氏がコンピューターを使った数値探索で手がかりを掴んだ。「ライノ」と呼ばれたトゲトゲした離散的(多面体状)トーラスがスクリーンに現れ、それが望む性質を持つ曲面の原型になりうると示唆した。

計算機は丸め誤差を含むため、コンピューター上で「ボネーペアに見える」からといって、本当にそうとは限らない。そこから厳密な数学的証明へと落とし込む作業が続いた。最終的に完成したのは、見た目が明らかに異なる2つのねじれたトーラスだ。TUM応用・計算トポロジー教授のHoffmann氏は「長年の研究の末、閉じたドーナツ状の曲面であっても、局所的な測定データが必ずしも唯一の大域的形状を決定しないという具体例を初めて示すことができた。これにより曲面の微分幾何学における数十年来の問題を解決できた」と述べている。

この証明は実際には2つの未解決問題を同時に解いている。ひとつはコンパクト・ボネーペアの存在そのもの。もうひとつは「計量が実解析的であれば曲面は一意に決まるか」という問いで、答えは「ノー」だった。

数学的な応用という点では、曲面形状の記述・分類・設計に関わるコンピュータグラフィックスや建築・材料科学などの分野で、「局所情報から大域形状を推定する限界」を示す基礎的な知見となる。

関連情報

論文(Publications mathématiques de l’IHÉS)

プレスリリース(ミュンヘン工科大学)

FabScene編集部

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