米国ミネソタ州セントポールのスタートアップMaxwell Labsが、レーザーを使って半導体チップを冷却する新技術「フォトニック冷却」を開発した。この技術は、現代のチップが抱える深刻な熱問題の解決を目指すものだ。2025年10月16日、IEEE Spectrumに掲載された記事で、同社の共同創業者でCEOのJacob Balma氏と、プリンストン大学教授でCTOのAlejandro W. Rodriguez氏が技術の詳細を明らかにした。
現代の高性能チップは数百億個のトランジスタを搭載しているが、すべてを同時に使用すると過熱してしまう。このため、チップ上の最大80%のトランジスタを使用できない「ダークシリコン」と呼ばれる問題が生じている。従来の空冷や液冷では、チップ表面から熱を除去するため、局所的な高温部分(ホットスポット)への対応が難しかった。
Maxwell Labsが開発したフォトニック冷却は、熱を光に直接変換することでチップを内部から冷却する技術だ。その原理は「反ストークス蛍光」と呼ばれる現象に基づく。イッテルビウムなどの希土類元素をドープした薄膜に特定波長のレーザー光を照射すると、材料は低エネルギーの光子を吸収し、フォノン(結晶格子の振動)のエネルギーを加えて、より高エネルギーの光子を放出する。この過程で材料から熱が奪われ、冷却が起きる。
同社が開発したフォトニック・コールド・プレートは、複数の部品で構成される。レーザー光を導入し放出された光を外部に導くカプラー、実際に冷却が起きる抽出部(extractor)、光がチップ本体に侵入するのを防ぐバック反射板、ホットスポットを検出するセンサーだ。レーザーを照射する位置を制御することで、ホットスポットが発生した場所をピンポイントで冷却できる。
Maxwell Labsは、ニューメキシコ大学、セントトーマス大学、サンディア国立研究所と共同で、セントポールの研究施設で実証実験を進めている。現在のデモでは、1mm角のフォトニック・コールド・プレートをタイル状にCPU上に配置し、外部のサーマルカメラでホットスポットを検出してレーザーを照射している。将来的には、100×100マイクロメートルのタイルに小型化し、ファイバーからの光をオンチップのフォトニックネットワークで各タイルに配分する計画だ。
この技術により、いくつかの大きなメリットが期待される。まず、ダークシリコン問題(熱のため最大80%のトランジスタが使えない問題)が解消され、チップ上のすべてのトランジスタを同時に動作させられる。次に、現在90~120℃に達するホットスポットを50℃以下に抑えられるため、より高いクロック周波数での動作が可能になる。さらに、3D積層チップの各層に冷却プレートを配置することで、3D統合の熱管理が実現する。
エネルギー効率の面でも優れている。従来の空冷システムと組み合わせると、現世代のチップで全体のエネルギー消費を50%以上削減できる。加えて、放出された光を光ファイバーで回収し、熱光起電力で電力に変換することで、最大60%のエネルギー回収が可能だという。
同社は2027年までに高性能コンピューティングやAIトレーニングクラスタへの導入を目指し、2028年から2030年にかけてメインストリームのデータセンターへの展開を計画している。2030年以降は、ハイパースケールからエッジまで広範な普及を見込む。
技術の実用化には、より高効率なレーザー冷却材料の開発、プロセッサやパッケージとの共同設計、大量生産に向けた製造プロセスの確立といった課題が残る。しかし、Balma氏とRodriguez氏は、大規模採用への根本的な障害はないとしている。