熱機関の効率には理論的な上限があるとされてきたが、原子や分子レベルの微小なエンジンでは、システムと環境の間の相関をエネルギー源として利用することで、この限界を超えられる可能性があることが理論的に示された。ドイツの研究チームが2025年10月10日、Science Advancesに発表した。
熱をエネルギーに変換する熱機関には、カルノー効率という理論的な上限がある。これは19世紀にフランスの物理学者Sadi Carnotが導いた式で、高温の熱源と低温の熱源の温度差によって決まる効率の限界だ。しかし、原子や分子レベルの量子エンジンでは、この限界を超えられる可能性があることが新たな理論研究で明らかになった。
従来の熱力学は、エンジン(システム)と熱源(環境)が互いに独立していることを前提としている。巨視的なシステムでは、システムと環境の相互作用エネルギーは内部エネルギーに比べて無視できるほど小さいため、この前提は妥当だ。しかし、原子や分子レベルの微小なシステムでは、システムと環境の間に強い相関が生じる。この相関には、量子もつれと呼ばれる量子力学特有の現象も含まれる。
研究チームは、システムと環境の間のあらゆる相関を考慮した、一般化された熱力学の法則を導出した。この新理論によると、量子エンジンには2つの動作モードがある。1つは従来と同じ「熱的モード」で、熱源から吸収した熱をエネルギーに変換する。もう1つは「非熱的モード」で、システムと環境の間の相関という「エントロピー資源」からエネルギーを取り出す。
非熱的モードでは、熱ではなく相関からエネルギーを取り出すため、効率がカルノー効率を超えられる可能性がある。ただし、これは従来の熱力学第二法則に違反するわけではない。拡張された第二法則の範囲内での結果だと研究チームは説明している。
研究チームは、2つの調和振動子(バネのように振動する量子システム)からなるエンジンを数値シミュレーションで検証した。それぞれの振動子は独自の熱源に接続されており、2つの振動子の間の相互作用を周期的にオン・オフすることでエネルギーを取り出す仕組みだ。各振動子は熱源との間で熱平衡化する際に相関が生成され、これがエントロピー資源として機能する。
シミュレーションの結果、特定の条件下では、エンジンが非熱的モードで動作し、効率がカルノー効率を超えることが確認された。初期の数サイクルでは、エンジンは相関を消費してエネルギーを取り出し、吸収した熱よりも多くのエネルギーを生成した。ただし、時間が経つと量子摩擦によるエントロピー生成が相関の生成を上回り、エンジンは熱的モードに移行する。
研究を主導したMilton Aguilar氏とEric Lutz氏は、この理論が量子エンジンの設計と最適化に重要な指針を提供すると述べている。相関の生成がエントロピー生成を上回る条件を維持できれば、エンジンを非熱的モードで長時間動作させられる可能性があるという。
この研究は理論とシミュレーションに基づいており、実用化にはまだ遠い。しかし、ナノスケールのデバイスや量子コンピュータなど、将来の微小エンジンの効率向上に向けた基礎研究として注目される。
Science Advances – Correlated quantum machines beyond the standard second law