東京大学大学院情報理工学系研究科のMax Austin特任助教と中嶋浩平准教授、東北大学大学院工学研究科の大脇大准教授らの研究グループは、ミズクラゲの筋肉に電気刺激を与えて泳ぎを誘導し、その動きをシンプルな人工知能(AI)で予測する技術の開発に成功したと発表した。この技術は将来的に海洋調査や環境保全のための自律型サイボーグロボット開発につながることが期待される。研究成果は5月23日にNature Communicationsに掲載された。
研究グループは、クラゲが持つ自然な「身体性知能」を活用した新たなサイボーグ技術の開発に取り組んだ。身体性知能とは、身体の構造や環境との相互作用を通じて実現される知能で、計算機による情報処理だけでなく、身体そのものが認知や行動に寄与するという考え方だ。
具体的には、ミズクラゲの環状筋に電極を挿入し、パルス幅変調(PWM)信号を用いて生体の神経信号を模倣した電気刺激を与えることで、クラゲの筋肉収縮を誘発した。これにより、クラゲが持つ脈動的な身体運動を効果的に誘導し、自然に近い浮遊行動の再現に成功している。
研究では、クラゲの泳ぎに潜む「自発リズム」が、自己組織化臨界現象と呼ばれる動的性質によって生み出されていることを初めて観測した。この現象は雪崩や地震の発生にも関連する概念で、システムが外部からの細かな調整なしに自律的に臨界状態へと移行する性質を指す。
研究グループは、クラゲの運動を精密に測定・予測するための3次元モーションキャプチャシステムを独自に開発した。紫外線を反射する特殊なマーカーをクラゲ体内に埋め込み、上方および鏡を用いた3方向からの映像を記録する。映像データは深層学習アルゴリズム「DeepLabCut」により解析され、3次元的な動きとして再構成される。
この手法により、クラゲの身体変形、移動速度、詳細な浮遊軌跡などの運動データを精密に取得できるようになった。取得した実験データの解析によって適切な筋肉刺激条件を特定し、クラゲが持つ自発的かつ自己組織化された身体性知能を効果的に引き出すことに成功している。
さらに、研究では「物理リザバー計算(Physical Reservoir Computing:PRC)」と呼ばれる計算手法を応用し、クラゲの自然な運動をベースに、その動きを予測するハイブリッドな運動予測AIモデルを構築した。この手法は自然界の非線形動的システムが持つ多様な状態変化を利用し、比較的シンプルな回路でも効率的な予測や制御を可能にする。
今回の研究成果により、クラゲの自発的な運動能力と電気刺激に対する応答を予測可能にし、最終的には探索的な自然運動と精密な制御運動を自由に切り替えられる高度なクラゲサイボーグの開発を目指している。
ワイヤレス刺激システムとの統合により、将来的には海洋環境モニタリングや環境汚染浄化活動などを支援するクラゲサイボーグの実用化への貢献が期待される。生物に本来備わっている運動性能を活かすことで、少ない電力と計算で動くサイボーグロボットの制御技術につながる可能性がある。
従来のクラゲサイボーグ技術では単純な速度制御は可能であっても、複雑な旋回行動の誘導や動きの予測には至っていなかった。今回の研究は、クラゲの身体は小型かつ柔軟なため、大型の計算装置を搭載させると本来の運動効率が著しく損なわれるという課題に対する解決策を提示している。
研究は日本学術振興会科学研究費補助金新学術領域研究、挑戦的研究(萌芽)、公益財団法人JKA補助事業の助成を受けて実施された。