衛星は燃料が尽きると使えなくなる。この当たり前のように思える制約を覆すかもしれない技術が、開発の重要な節目を迎えた。ドイツのTransMIT GmbHのイオン源開発部門IQMが、欧州宇宙機関(ESA)の資金援助のもと開発を進める「空気吸入式電気推進(ABEP)」スラスターが、ESAとの設計審査(Design Review)を通過したと2026年3月26日に発表した。
仕組みはシンプルに言えば「大気を吸って飛ぶ」ことだ。高度200〜300km付近の超低軌道(VLEO)では、わずかながら大気の残留ガスが存在する。ABEPスラスターはこの窒素・酸素の混合ガスを取り込んでイオン化・加速し、推力として利用する。燃料タンクが不要になる。
この軌道帯は地球に近いほど高解像度の撮影や低遅延通信に有利だが、残留大気による抗力が衛星を常に引き戻そうとするため、従来は推進剤(一般的にキセノン)を大量消費して軌道維持する必要があった。ABEPは「抗力の原因である大気粒子を燃料にする」発想の逆転で、大気が存在する限り理論上は飛び続けられる。
今回のプロジェクトで鍵になるのはカソード(陰極)を持たない高周波(RF)イオンスラスターだ。従来のイオンスラスターはカソードが侵食の主因だったが、RFプラズマ放電方式ではカソードをプラズマ内部に置かないため侵食が抑えられ、長寿命化が期待される。IQMはこれまでの研究で6万時間相当の寿命実績を持つ設計要素を採用しているという。目標性能は電気効率50%以上、比推力4200秒以上。
プロジェクトにはドイツ連邦軍大学(Universität der Bundeswehr München)が参加し、プラズマ診断・気体-壁面相互作用のモデリングを担う。TransMIT IQMは2011年のESA初期実証プロジェクトから15年以上にわたりABEP技術に取り組んできた。設計審査通過を受け、今後はプロトタイプの製造・統合・真空試験フェーズへ移行する。
将来的にABEP技術が実用化されれば、打ち上げ時の推進剤重量を大幅に削減できるため、小型衛星(キューブサットを含む)のコスト構造を根本的に変える可能性がある。衛星コンステレーションを低高度で運用するシナリオでも燃料切れによる寿命制約が緩和され、継続的な地球観測や通信インフラの安定運用に寄与することが期待される。