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東大ら、ポータブル装置で110テスラ磁場発生に成功、X線実験で従来記録を更新

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東京大学物性研究所、電気通信大学、理化学研究所らの共同研究グループが、ポータブル型破壊型パルス磁場発生装置「PINK-02」により110テスラの超強磁場発生に成功した。

テスラは磁場の強さを表す単位で、110テスラは地磁気の約200万倍、病院のMRI装置の約40倍にあたる強度だ。この強磁場の中心にX線自由電子レーザーを照射したX線実験としては従来の77テスラを大幅に更新した。固体酸素を対象とした実験で、1%に及ぶ巨大かつ異方的な磁歪(磁場による結晶の変形)を観測し、その成果がPhysical Review Lettersに掲載され、注目論文に選ばれた。

ポータブル化による突破

100テスラを超える磁場を得るには、破壊型パルス磁場発生法が必須だ。この方法では、コイルに100万アンペア規模の大電流を流す。家庭用コンセントの電流が通常15〜20アンペアであることを考えると、その規模の大きさが分かる。磁場の反発力でコイル自体を爆発させながら磁場を発生させるため、持続時間は100万分の1秒程度のパルス発生となり、1回しか使えない。

従来の破壊型パルス磁場発生装置は施設級の大型装置であり、同じく大型施設であるX線自由電子レーザー施設と組み合わせることは困難だった。2つの巨大装置を同じ場所に設置することは物理的にも予算的にも現実的ではなかったのだ。

研究グループは、ポータブル110テスラ発生装置「PINK-02」(Portable INtense Kyokugenjibaの略)の開発に成功した。重量は1100kgと自動車程度に収まり、トラックで運搬できる可搬型となっている。この可搬性を生かし、理化学研究所のX線自由電子レーザー施設SACLA(SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAser)のX線照射位置にPINK-02を設置した。

SACLAは世界で2番目のXFEL施設として2011年に建設された。全長700mと、米国の約2km、欧州の約4kmに比べて小型だが、100兆分の1秒という非常に短いパルス幅で世界最強レベルの強度を持つパルスX線を利用できる。通常のX線撮影では数秒から数分かかるところ、SACLAでは1発の極めて短いパルスでX線実験データが得られる。このため、一瞬で1回しか起こらない現象の研究が可能になる。磁場発生装置のコイルが爆発する瞬間に生じる超強磁場とSACLAの超高速X線を組み合わせることで、これまで不可能だった測定が実現した。

固体酸素の巨大磁歪を観測

実験対象には固体酸素を選んだ。固体酸素は磁石の性質を持ち、結晶格子が柔らかいという特徴がある。このため、強磁場下で新しい構造が現れる有力な候補物質とされてきた。

研究グループは、110テスラの破壊型パルス磁場発生とシングルショットX線実験を両立し、110テスラ超強磁場におけるX線回折データの取得に成功した。X線回折とは、X線を物質に当てて跳ね返ってくるパターンを見ることで、原子の並び方(結晶構造)を調べる手法だ。

実験の結果、固体酸素が110テスラ強磁場の作用を受け、その結晶構造が異方的な大きな歪み(磁歪)を示すことを観測した。異方的とは、方向によって性質が異なることを意味する。観測された磁歪は1%に達した。1%というと小さく感じるかもしれないが、結晶構造の変化としては非常に大きい。1mの定規で言えば1cm伸び縮みする計算になる。これは、スピン(電子が持つミクロな磁石の性質)間の相互作用が結晶の一方向には強く、別の方向には弱いという、原子スケールで異方的な磁気相互作用が存在することを示唆している。この成果により初めて原子レベルで、磁性体においてスピンと結晶構造の異方性が強く結びついていることを実証できた。山形大学の笠松秀輔准教授らの理論計算と照らし合わせることで、この解釈が支持されることも分かった。

今後の展開

確立した研究プラットフォームを活用し、磁性体、金属非磁性体など、さまざまな結晶に対して、極限磁場下での新しい結晶構造の出現を実証していく計画だ。固体酸素については、今回の110テスラを超える120テスラ付近でさらに全く新しい結晶構造(θ相)が現れると予想されており、その構造を明らかにすることが次の目標となる。

固体酸素では、最低温度で現れるα相で磁石の向きが互い違いになった秩序を持つ。10年前の日本の研究で、120テスラ超強磁場をかけると磁石の向きが無理矢理同じ方向にそろうことが報告された。磁石の向きがそろうと、元の分子軸がそろっている状態は不安定になり、120テスラで現れる酸素のθ相では結晶構造が完全に新しいものに置き換わると予想されている。今回の実験はその手前の110テスラまで到達したことになる。

また、100テスラを超える極限領域で、物質の構造、電子状態、磁性、ダイナミクス(時間変化)など多方面の研究を展開できることを目指している。これらの研究により、強い磁場が引き起こす新現象や新物質の発見につながることが期待される。強磁場は物質に極限的なストレスを与えるため、通常では見られない性質や構造が現れる可能性がある。

論文はPhysical Review Lettersに掲載され、注目論文(Editors’ Suggestion)に選ばれた。

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ポータブル装置による世界最強110テスラ磁場発生とX線実験に成功(東京大学物性研究所)

FabScene編集部

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