製造業の現場では、機材の老朽化や人手不足が深刻さを増している。ソフトウェアの世界で進んできた効率化の波は、設備や導入コストの壁に阻まれ、ハードウェアが主役の現場には同じようには届いていない。
工場へのIoT導入には、数千万円単位の投資が必要になることも珍しくない。そうした常識に対し、導入コストを抑えながら、着実な効率化を実践してきた企業がある。その根幹を支えるのは、シングルボードコンピュータの代名詞、Raspberry Piを活用した自社開発システムだ。
大阪に拠点を置くeftaxは、汎用のRaspberry Piから産業向けデバイス「reTerminal」「reTerminal DM」までを使い分けながら、製造業の現場に無理のないIoT化を実装してきた。大規模な設備投資を前提とせず、まずは小さく始め、ソフトウェアで改善を重ねていく。この「現場発」のアプローチは、コスト面でも運用面でも、中小規模の工場にとって現実的な選択肢となっている。
剥き出しの基板を自作筐体に収めていた黎明期から、産業特化ハードを60台規模で運用する現在まで。eftaxの小林万寿夫氏へのインタビューを通じて、日本の工場におけるラズパイ活用のリアルな最前線を追った。
eftaxが手がけたIoT化の象徴的な事例が、金属製品メーカー・ノチダの生産管理システムだ。同社の強みは、乗り物や医療機器に使われる多種多様なパーツを扱う「超多品種変量生産」。管理点数は5万点を超え、現場の工程管理は複雑さを極めていた。
プレス加工や溶接の現場では、状況管理板の指示書を物理的に移動させながら進捗を管理していた。作業内容は手書きで記録され、後から別の担当者がPCへ入力するという二重作業が発生。また、正確なサイクルタイム(加工時間)が把握できず、原価管理にも課題が残っていたという。
そこで浮かび上がったのが、既存のMicrosoft Accessベースの社内システムと製造設備を直接連携させる構想だ。しかし、一般的な産業用PCやWindowsベースの構成では、コストと柔軟性の面でハードルが高い。ここで小林氏が選択したのが、Linuxベースで柔軟に開発できるRaspberry Piだった。
プレス機とRaspberry Pi製のシステムを直接連携させることで、これまでの二重作業を解消。開始・終了時刻に加え、工程ごとの時間も明らかにでき、製造プロセスの改善にもつながっていった。
小林氏「既存の手法でプレス機のオートメーションを実施するには、1000万円以上の費用が見込まれていました。Raspberry Piを使えば、一台あたり数万円(当時)で実現できます。3.3VのI/OをPLC用の24Vと接続するための変換基板や、剥き出しのボードを収める筐体を自作する必要はありましたが、工場内の25台に搭載しても十分すぎるコストメリットがありました」
開発は、現場を止めないよう機材稼働終了後の時間も使いながら進められ、ノチダの担当者とともに足掛け1年半で完成した。二人三脚の開発プロセスは、その後の保守やアップデートにもつながっていく。
運用が始まると、導入時には想定していなかった現場ならではの要望が次々と生まれた。「作業指示書のバーコード読み取り」「管理用モニタへの集約」「作業前の動画再生」「10回に一度の注油指示」——。こうしたリクエストも柔軟に実装していくことで、システムは現場とともに進化していった。
小林氏「現場から生まれるアイデアに対応できるのは、自社開発ならではの強み。ベンダーロックインも一切なく、システムを継続的に進化させることが可能です。ビジネスモデルとしては、初期開発費を抑え、保守契約の中でアップデートすることでのマネタイズを意識していました」
eftaxでIoTシステム開発を牽引する小林万寿夫氏は、長年ソフトウェアエンジニアとしてキャリアを積んできた技術者だ。Raspberry Piの登場後、2015年頃には職場で使用するためのFeliCa対応タイムカードシステムを自主的に開発。Linuxの知識を武器に、オンプレミスのデータベースからクラウドDBへの移行までを手探りで実現した経験が、現在のIoT開発の原点となっている。
| 小林 万寿夫氏 大学卒業後、電子機器メーカーでソフトウェア開発に従事。電力会社の系統システムやセキュリティシステムなどミッションクリティカルなプロジェクトを担当する。専門はオープンソースによるIoTシステムの開発。現在は株式会社eftaxでセンサ・コンピューティング・クラウドのIoT事業を推進している。2020年より「みせるばやお IoT勉強会」を主催。 |
小林氏「登場したばかりのRaspberry Piは、Wi-Fi接続にドングルが必要で、そのドングルの発熱に課題がありました。それでも、Linuxが動き、Pythonで開発できるシングルボードコンピュータという存在に強く惹かれたことを覚えています」
小林氏は前職で、電力やセキュリティ分野におけるミッションクリティカルなシステムをC言語で開発してきた。その経験から、工場のような過酷な環境で安定稼働を実現するためには、電源とストレージの信頼性、そして外部機器と接続する信号の絶縁が不可欠であることを熟知していた。
初期のRaspberry Pi単体では、産業用途の要求水準にはまだ届かない。しかし、信頼性の高いLinuxというOSと、世界的なデファクトスタンダードとなったRaspberry Piのハードウェア。そこに小林氏が培ってきた産業向けのノウハウを掛け合わせることで、現場の壁を乗り越える道筋が見えてきた。
eftaxが実施した講座「ソレイユデータ道場」の受講をきっかけに、同社へ合流した小林氏。中小企業が集積する大阪府・八尾市を舞台に、製造業向けの講座や勉強会を通じて現場と向き合う日々が始まった。なかでも、中小企業のコミュニティ「みせるばやお」での交流は、IoT勉強会の発足や、現場の切実なニーズと向き合う契機となった。
小林氏「60歳を超え、社会貢献も意識し始めた時期でした。日本の製造業の未来のために、リスクを取ってチャレンジできる人を応援したい。そうした思いのもと、担当者にシステムの中身まで共有しながら、現場の生産性を上げる『風穴』を開けるような事例づくりに取り組みました」
現場でのRaspberry Pi活用に呼応するように、ハードウェアも進化を遂げていった。かつてハードルとなっていた電源供給やストレージの信頼性は、産業・組み込み用途を志向した製品の登場によって解消されつつある。
汎用のRaspberry Piをそのまま利用する場合、ケース設計やインターフェースの引き出し、放熱対策などに相応の手間がかかる。しかし、CPUやメモリといった計算機能の心臓部のみをカード化した「Compute Module」を内蔵し、防塵性や堅牢性を備えたパッケージ製品の登場によって、そのハードルは大きく下がった。その代表例が、Seeed Studioの「reTerminal」だ。
小林氏「reTerminalはストレージやI/Oまわりが扱いやすくなり、発売後すぐに導入しました。汚れやすい現場で重宝する5インチのIPSタッチパネルが標準装備され、機械学習ライブラリのPyTorchが動作するスペックを持っている点も、エッジAIを実装する上で魅力的でした」
この現場志向のプロダクトが、新たなニーズを掘り起こす。ボタンやリベット、ハトメなどの金属パーツを製造するカネエム工業からの依頼は、膨大なバリエーションを持つ製品の「品質検査」を自動化することだった。材質、色、形状の組み合わせは顧客のリクエストで増え続け、熟練者でなければ判別が難しい状況にあったという。
小林氏が構築したのは、reTerminalと白いピラミッド型の撮影ボックスを一体化させたモバイル型の判別デバイスだ。ボックス内で照明環境を一定に保ち撮影することで、高精度な画像解析を実現。reTerminal上で動作するAIが製品を特定し、ベテランの「眼」をデジタルシステムへと置き換えた。
このデバイスの真価は、単なる社内作業の効率化にとどまらない。金属製品はメッキの経年劣化などによって微妙に色が変化するが、修理や納品の際にどこまでを「良品」として許容するかは、これまで担当者の主観に委ねられてきた。こうした暗黙知の領域でも、データによる合理化が進められていく。
小林氏「色情報を高い精度でデータ化することで、人の感覚に頼っていた判定を自動化できます。同じデバイスで撮影環境を再現すれば、企業間でも判断基準を統一できる。結果として、取引先との『言った・言わない』といったミスマッチも防ぐことができました」
画像解析AIとreTerminalの組み合わせは、業務の効率化を社内外へと波及させた。人間の感覚に依存していた判断を数値に変換し、共有可能にする。職人の技をデジタルで継承し、ビジネスの合理性を担保した好例と言えるだろう。
reTerminalをさらに進化させたデバイスが「reTerminal DM」だ。10.1インチの大画面と10点マルチタッチ対応の液晶を備え、豊富な工業用インターフェースを統合。Raspberry Piのソフトウェア資産もそのまま活用できる。電源範囲もDC12〜24Vに対応している。
ハードウェア面での大きな違いは、アルミダイキャスト筐体だ。これは単なる堅牢性の向上にとどまらず、Raspberry Pi運用における課題だった熱対策の解決に寄与している。
小林氏「reTerminalとreTerminal DMは、名称こそ近いですが、実態は別製品と捉えるべきです。お客様からreTerminal DMの供給安定性について質問をいただくことがありますが、一般的にダイキャスト筐体を採用した製品は簡単にディスコン(廃盤)になるリスクが低いと考えており、長期運用を前提とした提案が可能になります。
また、実運用面でも振動やノイズへの耐性はもちろん、放熱性能も筐体の大きな熱容量と表面積によって担保されています。実測では夏場で40℃前後、冬場なら20℃前後と安定して推移していました。粉塵の舞う工場環境ではファンによる冷却は不向きですが、DMはファンレスのまま安定した連続稼働が可能です」
この信頼性を背景に、ボルトやナットの製造を行う新城製作所では、eftaxから61台のreTerminal DMが導入されている。各機材の稼働状況やショット数、出来高をリアルタイムで記録し、現場の職人が直感的に操作できるインターフェースを実現。背面のインターフェースには複数の外部接続も無理なく収まっている。
小林氏「DMになったことで視認性が向上し、I/Oも充実しました。現在はUSB経由で5G接続を行い、生産データをクラウドへ送信しています。Grafanaなどの外部プラットフォームと連携させて可視化できるのも、Linuxベースの端末ならではの利点です。
私はこれを単なる表示端末ではなく『パネル付きSCADA(監視制御システム)』と位置づけています。将来的に5Gモジュールの内蔵化などが実現すれば、設置の自由度はさらに広がるはずです」
保守運用面でも、Raspberry Pi公式の「Connect」を活用することでリモートメンテナンスが可能となり、61台の展開でも運用負荷は低い。大規模なデータ管理や外部サービスとの連携も視野に入れた構成となっており、将来の展開に向けた基盤構築が着実に進められている。
eftaxが実践するRaspberry Piの活用は、どこまでも現場のニーズに根差したものだった。Raspberry PiとLinuxという開かれた環境をベースに、低コストで着実に始め、改善を積み重ねていく。そのアプローチは、製造業を未来へとつなぐ一つの形と言えるだろう。
小林氏「Compute Moduleの登場や、reTerminal DMのような製品が、工場IoTの課題を大きく前進させました。ハードウェアの統合というイノベーションに、Pythonの豊富なライブラリ、さらに生成AIによる高速な開発環境が加わり、その勢いはとどまるところを知りません。
産業用途においては、Linuxを超えるOSは現時点では存在しないと考えています。ただし、すべてを置き換える必要はありません。PLCが得意とするリアルタイム制御はPLCに委ね、そこからデータを取り込む形で連携するのが現実的でしょう」
小林氏に今後の展望を伺うと、さらに現場に即したビジョンが語られた。
小林氏「現在、多くの現場が外国人労働者に支えられています。言語の壁を越えるために、エッジで動作するローカルLLMの現場実装を計画しています。また、経営管理(ERP)から製造実行(MES)、現場の監視制御(SCADA)、センサ(PLC)までを一気通貫でつなぐことも目指しています」
インタビューの最後に、小林氏は地域や若手エンジニアへの想いを口にした。
小林氏「現場で働く人たちが、自らシステムを構築できるようになればと思っています。まずは八尾市での勉強会を通じて、中小製造業で働く若い世代が生成AIを活用し、自分たちの手で現場をアップデートしていくことから始めたい。そうした地域発のエコシステムも育てていきたいです」
リスクを恐れず、中身を包み隠さず共有し、共に手を動かす。熟練エンジニアの技術への信頼と未来への情熱が、日本の町工場に確かな風穴を開けようとしている。
参考:
・株式会社ノチダ様におけるIoT技術を活用した生産管理事例
・カネエム工業株式会社様におけるAI・IoT技術を活用した商品/品質管理事例
本記事はSponsored記事です。
提供:Seeed Studio / Seeed 株式会社