2026年7月28日、ソラコムはグループ全体での契約回線数が1000万回線に達したことを発表した。2015年のサービス開始以来「IoTの民主化」を掲げ、IoTプラットフォーム「SORACOM」の開発・提供を続けてきた同社の歩みは、IoTをより身近な技術へと広げてきた11年でもある。
IoT開発では、試作(PoC)ができても、その先の社会実装や長期運用で新たな課題に直面する。通信環境や消費電力への対応に加え、数十台程度では専用基板を設計・量産するほどの投資が見合わず、汎用品をそのまま現場へ持ち込むケースも少なくない。
そうした開発を支えてきたのが、Seeedのセルラー通信対応開発ボード「Wio LTE JP Version」や「Wio BG770A v1.0」だ。Seeedがハードウェアを設計・製造し、ソラコムが通信や販売、技術サポートを担うことで、幅広い現場で活用されてきた。
この11年でIoTを取り巻く環境はどう変わり、両社はユーザーの声をどのように製品へ反映してきたのか。ソラコムの松下享平氏、名児耶均基氏と、Seeed日本法人の松岡貴志氏に、その歩みを聞いた。
現在、ソラコムではSeeedのセルラー通信対応開発ボード「Wio LTE JP Version(以下、Wio LTE)」と「Wio BG770A v1.0(以下、Wio BG770A)」を販売している。いずれもセンサーを手軽に接続できるGroveコネクターを備え、Wi-Fiなどの通信環境を用意しにくい場所でも、セルラー回線を使ったIoTシステムを構築できる。
| 名児耶均基氏 カー用品メーカーの新規事業部門でIoTデバイスの企画開発に従事したのち、ソラコムへ入社。事業開発としてIoTストアの運営に携わりながら、メーカーとのコミュニケーションを通じて、少数では調達が難しいIoTデバイスも1台から届けられる環境づくりに取り組み、IoTの民主化をデバイスの側面から支えている。 |
ソラコムで事業開発を担当する名児耶氏によれば、これらのボードを活用する導入先は、オフィスや行政施設から山間部、仮設トイレまで幅広い。
都市部の事例では、福岡県庁向けにFusicが開発した勤怠管理デバイスにWio LTEが採用されている。スマートフォン等に表示したQRコードを読み取って出退勤時刻を記録する仕組みで、100カ所以上に展開され、通信インフラの構築や管理にかかる工数の削減につながった。
また、サイボウズでは、社内の中古衣類リサイクルに使う回収ボックスの収集量をWio BG770Aで可視化し、回収作業の効率化に活用している。
山間部では、獣害対策にも使われている。アイエスイーの「ほかパト」は、罠に取り付けたセンサーの情報をLoRa通信で集め、LTE圏内に設置したソーラーパネル付きの親機からセルラー回線で送信する仕組みだ。この親機にWio LTEが採用され、通信環境の厳しい山中でも広い範囲の罠を遠隔で管理している。
仮設トイレにもIoTが活用されている。メイクリーンでは、バイオトイレの利用回数をWio LTEで取得して遠隔で可視化し、処理能力の限界に近づいたトイレを事前に把握する仕組みを構築した。現場管理者へ早めに知らせることで、トラブルの減少につながったという。
こうした幅広い活用事例に、名児耶氏はIoTの普及を実感しているという。松下氏も、当初は人がいる場所のデジタル化を主に想定していたものの、実際には人が常駐しない場所での活用が広がっていることを、ユーザーの事例を通じて知ったと振り返る。
| 松下享平氏 IoTの活用事例やデモを通じて、IoTの普及を推し進める講演や執筆を行う。Linuxサーバーメーカーにて情報システムやEC事業を経て、2015年にはIoTの事業開発をリードしてメガクラウドとの協業や、省電力通信による先駆的なIoT事例に関わる。2017年3月より現職、登壇回数は延べ800以上。 |
ソラコムがIoT向けのデータ通信サービスを開始したのは2015年9月30日だ。創業当初から「IoTの民主化」を掲げ、IoTを誰もが手軽に利用できる環境づくりを目指してきた。しかし当時、3GやLTEといったセルラー通信を利用する機器のほとんどはスマートフォンで、他の機器に通信機能を組み込む環境はまだ十分に整っていなかった。
松下氏が何度も耳にした「スマホでIoTってできるんですか?」という質問には、当時の認識がよく表れている。スマートフォンのGPSなどを使った事業検証は実施されていたが、それ以外の機器を直接セルラー回線につなぐための選択肢は限られていた。そこでソラコムは通信サービスだけでなく、それを利用する物理的な入口としてハードウェアも扱い始めた。
初期に販売したハードウェアのひとつが、3G対応のUSBドングル「AK-020」だ。Raspberry Piなどに接続すれば、手元のコンピューターからIoTの試作を始められる。機能だけでなく購入のしやすさも重視し、価格や購入条件を分かりやすくして、必要な機器を1個から入手できるようにした。この手軽さや透明性も、ソラコムが掲げるIoTの民主化を支える要素だった。
USBドングルやRaspberry Piを用いた試作が広がると、利用者からは「より小型の機器にまとめたい」「製品化を見据えてマイコンで開発したい」という声が上がるようになった。しかし、センサーと通信機能を備えた専用基板をゼロから設計するには大きなハードルがある。そこでソラコムは、センサーを簡単に接続できる汎用的なLTE通信ボードを構想し、その相談先として浮かび上がったのがSeeedだった。
| 松岡貴志氏 1991年、大手メーカーに入社し、工場の自動化や情報システムの開発、運用に従事。2017年8月、Seeed株式会社設立時に転職。組み込みデバイスの開発環境整備やライブラリ開発を担当。個人としてマイクロソフトの技術を使ったIoTに関する情報を発信。Microsoft MVP for IoT受賞。 |
Seeedの松岡氏は「ソラコムさんから見えているニーズと、我々の新製品開発が偶然符合していた」と振り返る。当時のSeeedは自社のWi-Fi対応マイコンに続く、セルラー通信を搭載した製品を模索しており、日本市場向けのLTE対応を検討していた。そこにソラコムからの相談があったという経緯だ。
その後は、Seeedがハードウェアやファームウェアの開発を、ソラコムが販売やセルラー通信に関するサポートを担う形へと役割が分かれていった。
この分担には、セルラー通信ならではの事情もあった。Seeedの開発ボードは、ユーザー自身が情報を調べながら使えるオープンな設計を特徴としている。一方、セルラー通信では通信キャリアや周波数バンド、アクセステクノロジーなどセルラー通信特有の知識も必要になる。
松岡氏は「セルラーではキャリアやバンドなど、押さえるべき点が多く、ハードメーカーだけですべての問い合わせに対応するのは難しい」と説明する。通信できない場合に、原因はハードウェアだけでなく、設定やネットワーク側にある可能性があり、切り分けには専門的な知識が求められる。
そこでソラコムが、通信サービスで培った知見を生かして問い合わせ対応や原因の切り分けを担う。名児耶氏は「ソラコムのサービスを利用していれば、管理側で原因を確認できる部分もあります。カスタマーサポートの知見を活用し、Seeedさんの負荷を減らすことにつながれば」と話す。
Seeedがハードウェアを作り、ソラコムが通信や販売、サポートを担うことで、それぞれの専門性を生かした体制が形づくられてきた。Wio LTEで培った協業の経験を踏まえ、後継のWio BG770Aでは、ソラコムによる販売とサポートを前提とした体制が採られている。
もっとも、最初から現在のような協力体制が整っていたわけではない。製品をユーザーに届け、実際に使われる中で生まれた課題を解決していく積み重ねが、現在の関係につながっている。
開発ボードが手に入っても、センサーの接続やプログラム、通信まで含めて使いこなすには、一定の知識や手順が必要になる。そこでソラコムは、ユーザーの利用シーンや価格などを踏まえた、初心者でも扱いやすいキットを企画した。
Seeedはソラコムと共にセンサーを厳選し、さらに形の異なるセンサーがちょうど収まる専用トレイ・ケースを製作し、「IoTスターターキット for SORACOM」として専用のパッケージに仕立てた。マニュアルはソラコムが作成し、紙で同梱されている。構成やパッケージの調整まで含め、Seeedがパートナー向けのカスタム製造に対応した事例のひとつだ。
この取り組みも製品を販売して終わりではなかった。Wio LTEの発売後、全国のSORACOM UG(ユーザーグループ)でスターターキットを使ったワークショップが開催されており、イベントを支援するソラコムと共に、松岡氏も頻繁に各地を訪れ、実機を前に使い方を説明したという。両社の協業は、製品開発だけでなく、ユーザーが実際に試す場へも広がっていった。
その場から、具体的な活用例も生まれている。高知県でビニールハウスのヒーターに使う木質ペレットの残量検知システムを構築した相愛も、SORACOM UGのワークショップをきっかけに開発を進めた企業の一つだ。相愛の開発担当者は、松下氏から聞いた「作らない、利用する」という言葉が印象に残ったと振り返っている。
松下氏が伝えていたのは、目的に必要なものをすべてゼロから作る必要はない、という考え方だ。「タンクの残量を知る」という目的を達成するための最短距離として、既存のセンサーや通信サービス、開発ボードを組み合わせ、あとは必要な部分だけを作ればいい。相愛では、この考え方を取り入れたことでプロトタイピングが加速し、その後の実運用にもつながっている。
Wio LTEが各地で使われ始めると、バッテリーで長期間動かしたいという要望が多く寄せられるようになった。Wio LTEは起動時に1A近い電流を必要とすることもあり、電源のない場所で長期間運用するには省電力化の工夫が必要だった。
そこで松岡氏が試作したのが「Wio Extension – RTC」だ。リアルタイムクロック(RTC)を使い、計測や通信が不要な時間はWio LTEの電源をオフすることで消費電力を抑える拡張ボードで、Maker Faireで試作品を展示して来場者の反応を集め、製品化を実現した。SORACOMのユーザーグループでも省電力化への相談が寄せられており、現場から積み重なった声が開発を後押しした。
省電力へのニーズは、その後のWio BG770Aにも引き継がれた。セルラーモジュールには価格や安定調達の課題も伴うことから、Seeedは長期供給を見据えた新しいボードを検討し、省電力に適したLTE-Mを採用したWio BG770Aを開発した。
開発途中では、ソラコムから具体的な意見も寄せられたという。当初Micro USBだったコネクターをUSB Type-Cへ変更し、ケースに収めた際の配線を考えてGroveコネクターの向きも見直した。松岡氏は、Seeedが進めた試作にソラコムからのフィードバックが加わることで、製品の完成度が高まったと振り返る。
Wio BG770Aの最新バージョン「Wio BG770A v1.1」では、複数のユーザーがバッテリー残量を把握するために独自に追加していた電源電圧の測定機能が、標準で搭載された。実際の運用で生まれた工夫を拾い上げ、次の製品へ反映していく。こうしたユーザーとの近さが、Wioシリーズの改良を支えている。
Wioシリーズは開発用のボードだが、試作だけで役目を終えるとは限らない。冒頭で紹介した事例のように、数十台規模で現場へ導入し、そのまま実運用を続けるケースも少なくない。
松岡氏によれば、Wio BG770Aは、さまざまな利用シーンでも改造することなく利用できるようにした開発ボードのため、まだ省電力や低価格の余地はある。要件を満たすならそのまま使い続け、性能やコストをさらに追い込みたい場合は専用基板へ移行する。用途や規模に応じた使い分けが現実的だ。
専用基板へ移行する場合にも、動く試作品があることは大きな助けになる。松岡氏は「ゼロベースで要望を詰めるより、簡易的でも実際に動くものがあれば、必要な性能や仕様を具体的に検討しやすい」と語る。まずは開発ボードを現場で試し、そこで得られた要件をもとにカスタムすることで、その後の開発も進めやすくなる。
一方、専用品の開発や量産には、初期投資だけでなく時間もかかる。名児耶氏は「半年と言われていたものが1年、1年半になることも起こりうる」と話す。検証を続けながら早く現場へ展開したい段階では、無理に専用品へ移行せず、Wioシリーズを使い続ける方が現実的な場合もある。
量産が必要になれば、ソラコムから対応可能なパートナーの紹介を受けたり、Seeedへカスタム開発を相談したりすることもできる。名児耶氏はWioシリーズを「試作と量産の空白地帯を埋めるような存在」と表現する。専用基板を起こすほどの規模には達していないものの、試作だけで終わるわけでもない。そうした領域までカバーできることが、汎用ボードならではの価値だ。
1000万回線という数字を前に、松下氏は「見えている範囲では、かなり広がってきた実感がある」としながらも、ソラコムがまだ把握できていない用途や領域がどれほど存在するのかは分からないと話す。いまやIoTは、提供する側の想定を超える場所や用途へと浸透している。
同時に、IoTに求められる役割も変わってきた。ここ数年は、センサーで取得したデータを確認するだけでなく、そのデータをもとに設備や現場を動かしたいという相談が増えているという。AIの普及がデータ分析やアクチュエータとの連携を後押しし、IoTは情報を取得する手段から、その先のアクションを支える基盤へと役割を広げている。
使う人や場所が増えれば、それまで想定していなかった用途が生まれ、そこから新たな課題や製品へのニーズも見えてくる。ソラコムとSeeedがユーザーの声を製品へ反映してきたように、次の使い方を教えてくれるのも、現場で試行錯誤を続けるユーザーだ。IoTの民主化は、そうしたユーザーの実践とともに、今も新たな領域へ広がり続けている。
本記事はSponsored記事です。
提供:Seeed Studio / Seeed 株式会社