
2025年9月6日、リコーテクノロジーセンター(神奈川県海老名市)で開催されたイベント「つくフェス」内のトークセッションとして、企業内メイカースペースの運営者が一堂に会する「Inhouse Makers Day Vol.2」が開催された。
東芝、TDK、構造計画研究所、パナソニック、リコーの5社から担当者が参加し、コミュニティ運営の現実的な課題について率直な議論が展開された。
5社の特色ある取り組み

東芝の衣斐秀聽氏は、2021年に立ち上げた「東芝 共創センター Creative Circuit」について紹介した。同スペースは「プロトタイプ思考を実践する場所」と位置付け、論理的思考だけでなく、多様なメンバーと一緒にものを作りながら新しい価値を創出する手法を社内で啓発している。「毎週水曜日の18時から20時は基本的に私やメインメンバーがいるようにして、みんなが集まれる時間を設けています。最近は毎週15人ぐらいが来て、いろいろ活動をしています」(衣斐氏)
TDK大嶋一則氏は、2016年に設立した「TDK MAKER DOJO」の特徴として、初心者への手厚いサポートを挙げた。「特に化学のエンジニアやソフトウェアエンジニア、スタッフにも優しいということで、支援スタッフが常駐しているのが特徴」と語る。千葉県市川市にあるTDKテクニカルセンター内の同施設では、基本的なレーザーカッターや3Dプリンターに加え、電子部品や工具を常設している。

構造計画研究所の服部司氏は、2024年に設立した「KKEデザインラボ」の特徴として同社の特性を活かした独特なアプローチを紹介した。「シミュレーションで得た成果を3Dプリンターで立体化すると、手で持った際の重さが違うね』とか、『ここに応力が出ないか』といったように、新たな発見や対話が生まれます」として、技術成果を3Dプリンターで可視化することで、社内の相互理解とコミュニケーションを促進している。
パナソニック矢田了氏は、大阪府門真市の拠点に設置されているメイカースペース「SiSaKu室」と有志活動「KadoMakers」の二本立てでコミュニティを形成している点が特徴的だ。「この会社をもっと面白い場所にしたい」という思いから立ち上げた有志活動では、技術で盛り上がることを重視している。
リコー福永志樹氏は、「つくる~む海老名」の運営について語った。同スペースは専属の運営メンバーがおらず、全員が社内副業の形で業務時間の一部を使って運営している点が特徴的だ。Teamsコミュニティには800人が参加し、機材ごとにチャンネルを分けて運営している。
「隠れMaker」発掘への多様なアプローチ

セッションでは「社内の隠れMakerをいかにして見つけ、どのようにコミュニティに引き入れるか」について活発な議論が行われた。
リコー福永氏は「つくフェス」の効果を強調した。「つくる〜むを知らないけど、自分の作品ならあると、イベントに出展する社員もいて『こんなにいたんだ』と驚いた」と振り返る。大きなイベントの中で作品展示を行うことで、潜在的なメイカーを効果的に発掘できると説明した。発信の多様性も重要で、Teamsコミュニティを機材ごとにチャンネル分けすることで、「全部を1個にしていくと、細かいこと聞いていいのかなと思うようなことがあるし、細かすぎるとそれはそれで話題が盛り上がらない」として、適切な粒度でのコミュニティ分割の重要性を指摘した。
TDK大嶋氏も自社イベント「DOJO文化祭」の成功事例を紹介した。コロナ禍でオンライン開催に変更したところ、持ち運びできない大型作品の展示が増加。「サウナ小屋を作ってしまった」「靴を自作した」など、予想外の才能を持つ社員が発掘されたという。特に注目すべきは、靴職人がスタッフ系業務の担当者だったこと。「技術系の人が多いと思うが、その中にスタッフ系の人が入って、大賞を取るとなかなか波及効果がある」と大嶋氏は分析した。

構造計画研究所服部氏は、オープンスペースでの可視化戦略を紹介した。「動線上にスペースがあって、作業していると興味のある人は話しかけてもらえる」として、3Dプリンターが動いている様子を「水槽の金魚を見るような感じ」で楽しむ人が多いと語った。展示スペースに各部門の技術成果を配置することで、自然なコミュニケーションを促している。
規模の拡大やKPIの報告は、本当に必要?
コミュニティの規模や熱量の可視化については、各社とも明確な解決策を見出せずにいる現状が浮き彫りになった。
東芝衣斐氏はメイカースペースの利用率や用途を部門内に毎月報告していることを詳述した。業務利用と個人利用に分けて利用率を記録し、活動写真を厳選して残しているが、利用率は月によって大きく変動する。少ない月は20から30%程度だが、多い月は70から80%に達し、「『魔改造の夜』に参加していたときは240%」という極端な数値を記録することもある。理想的には個々の制作物がどのように活用されたかを記録したいが、部門の機密性や運営負荷の問題で実現が困難な状況だ。

コミュニティ規模の拡大による逆効果も重要な課題として浮上した。構造計画研究所服部氏は、少人数で和気あいあいとしていた時期に比べて、大規模化によって発信のハードルが上がってしまう現象を指摘。運営側としてはコミュニティを大きくしたい一方で、規模が大きくなったときのコミュニティ運営の難しさがあると語った。
この課題への対策として、東芝衣斐氏は30から40人程度の「常連チャンネル」を設け、年度ごとに更新して新規参加者がコミュニティで発言しやすい環境を構築していることを明かした。
TDK大嶋氏は、作品投稿促進のため比較的安価なマイコンボードなどを記念品として提供している。この制度でも年間10件程度の投稿にとどまっているのが現実だ。パナソニック矢田氏は、透明性を重視してTeamsではなく社内SNSでフルオープンに情報発信している。イベント参加者数とSNS登録者数には大きな乖離があり、モノづくりのLT会に参加したメンバーのうち、SNSに登録している人数は半数以下に留まる。定量的なKPIよりも、業務外活動を通じた業務への好影響や、活動で知り合った人との業務連携といった副次的効果を重視している。
リコー福永氏は、現在のKPI(Teams参加人数、利用者数、つくフェス応募数など)について「果たしてこれって、そんなに意味のある数字なのかなというのが常につきまとっている」と率直に疑問を呈した。最も測定したい指標として「運営メンバーが関与せずとも、コミュニティが盛り上がってる度合い」を挙げ、自発的なワークショップ開催など自律的なコミュニティ形成の兆しを重視している。実際に今年は運営が関わらないワークショップが複数開催されており、コミュニティ成熟の手応えを感じているという。
企業内メイカースペースの運営は、設備投資から始まってコミュニティ形成、そして持続的な活性化まで多岐にわたる課題を抱えている。しかし今回の座談会で明らかになったのは、各社が試行錯誤を重ねながらも着実に成果を積み重ねており、そのノウハウを共有することで業界全体のレベルアップが期待できることだ。
今回語られた「隠れメイカーの発掘」と「コミュニティの可視化」については、まだ決定的な解決策は見つかっていないものの、各社の多様なアプローチが相互に参考になる状況が確認された。
自社以外の運営モデルや成功例が把握しにくい企業内メイカースペースの運営者にとって、このような横断的な学び合いの場の価値は計り知れない。