京都大学の研究グループが、シリコンカーバイド(SiC)製のトランジスタを新しい構造で作り、600℃で安定に動かすことに成功した。電極の配置と素子の分離方法を変えることで、量産工場で標準的に使うイオン注入だけで作れる素子のまま、高温での2つの弱点を同時に解消した。工学研究科の金子光顕准教授、柴田峻弥氏(修士課程学生、研究当時)、木本恒暢教授らによる成果で、2026年8月19日に発表した。
現在の集積回路はシリコン製で、およそ250℃を超えると正常に動かなくなる。ジェットエンジンの内部や地熱井の底、表面がおよそ460℃に達する金星などでは、センサーも制御回路も使えず、過去の金星探査機は数時間しか活動できなかった。SiCはこうした高温でも半導体として働く材料で、500℃以上で動く集積回路はすでに世界の複数のグループが示している。なかでも、加速したイオンを打ち込んで狙った場所だけにp型やn型の領域を作る「イオン注入」で作る方式は、今の半導体製造工程との相性がよい。ただし、この方式のSiC接合型トランジスタには課題が2つ残っていた。
1つは、トランジスタのオンとオフを分ける「閾値電圧」を設計どおりに作れないことだ。イオン注入では不純物が想定より深くまで潜り込む現象が起き、閾値電圧が設計値から2V以上ずれていた。研究グループは電流の通り道であるチャネルの下にゲート電極を置く「ボトムゲート構造」を採り、深く潜った不純物をゲート側に取り込むことで、400℃での設計値と実測値の差を0.1V以下に抑えた。
もう1つは、高温になると土台の基板が絶縁性を失い、素子の間に漏れ電流が流れることだ。従来は不純物を極端に減らした半絶縁性の基板そのものを絶縁体として使っていたが、研究グループはpn接合で素子を囲って電気的に切り離す「ダブルウェル構造」に置き換えた。pn接合は高温でも絶縁を保つため漏れ電流が大きく減り、600℃での安定動作につながった。残った漏れ電流を解析すると、SiCの物性で決まる理論的な下限に近いところまで下がっていた。
ただし今回の素子は動作原理の実証が目的で、電圧をかけない状態で電流が流れない「ノーマリオフ動作」には対応していない。論理回路を組むにはこの動作が欠かせないため、研究グループは次に新構造でノーマリオフ型を設計し、n型とp型を組み合わせた低消費電力の相補型集積回路を目指す。高温で長時間動かす信頼性評価や、パッケージと配線の耐熱化も課題に挙げる。応用先としては金星表面の探査、ジェットエンジンや発電用ガスタービン内部の監視、地熱資源開発のための孔内センシングを想定している。研究はキヤノン財団の助成を受け、成果は2026年8月17日に学術誌「APL Electronic Devices」に招待論文として掲載された。