
米マサチューセッツ工科大学(MIT)とテキサス大学オースティン校の研究チームが、手のひらに収まるサイズのチップベース3Dプリンターを開発した。シリコンフォトニクス技術を活用した1mm角のフォトニックチップが光線を制御し、樹脂を硬化させて立体形状を作り出す。従来の3Dプリンターと異なり、可動部品を一切使わないのが特徴だ。
同システムは、MITのJelena Notaros教授率いるPhotonics and Electronics Research Groupが中心となって開発された。研究成果は2024年6月、学術誌「Light: Science & Applications」に発表されている。
開発された3Dプリンターは、160個の微細な光学アンテナを搭載したシリコンフォトニックチップで構成される。これらのアンテナは半導体製造プロセスで作製され、光信号の位相を制御することで光線の方向を自在に操作できる。樹脂槽の底部に設置されたチップが可視光のホログラムを上方向に投射し、光硬化性樹脂を選択的に固化させる仕組みだ。
光学フェーズドアレイ技術を応用
同チップの核となる技術は、光学フェーズドアレイ(OPA)と呼ばれるシステムだ。アンテナアレイの左右で光信号の位相を調整することで、放射される光線の方向を機械的な動作なしに変更できる。この技術は自動運転車のLiDAR(光検出・測距)センサーなどで実用化されており、研究チームは同原理を3Dプリンティングに応用した。
プロトタイプでは、「M-I-T」の文字など任意の2次元パターンを数秒以内で造形することに成功した。現在は2次元パターンの造形に留まるが、研究チームは最終的に3次元ホログラムを生成し、1ステップで立体物全体を一度に硬化させるシステムの実現を目指している。
テキサス大学オースティン校のZak Page助教授の研究グループは、光硬化性樹脂の化学組成を最適化し、長期保存性と高速硬化性を両立する配合を開発した。可視光波長での硬化が可能な特殊樹脂により、システム全体の小型化が実現された。
応用分野は医療から製造業まで
手のひらサイズの3Dプリンターは多様な応用が期待される。医療分野では、医師が現場で患者に合わせた医療機器部品を迅速に製造することが可能になる。建設現場や製造業では、エンジニアが作業現場で即座にプロトタイプを作成できる。
Notaros教授は「このシステムは3Dプリンターの概念を完全に見直している。研究室の大きな箱型装置ではなく、手持ち可能でポータブルなものになった」とコメントしている。従来の3Dプリンターが大型で複雑な機械システムに依存していたのに対し、新システムは単一チップで動作する簡潔な構造を実現した。

研究チームの大学院生Sabrina Corsetti氏は筆頭著者として論文執筆に参加し、統合フォトニクス分野での研究を続けている。同氏は「新しいチップ製造要件への対応が常に課題となっている。新しい応用分野が新たな製造技術を要求し、改良された製造技術がさらなる応用分野を生み出すサイクルが分野を前進させている」と説明している。
現在の技術では2次元パターンの造形に留まるが、将来的には完全な3次元ボリューメトリック造形の実現を目標としている。そのためには新たなシリコンフォトニクスチップ設計が必要となるが、研究チームは既に最終システムの設計概要を論文で発表しており、実用化に向けた開発を継続している。