
オーストラリア国立大学(ANU)とマンチェスター大学の共同研究チームが、従来技術の100倍の密度でデータを保存できる新しい単一分子磁石を開発した。この分子は100ケルビン(マイナス173度)という極低温でも磁気メモリを保持でき、切手サイズの記憶装置で3TBのデータ保存を可能にする。研究成果は2025年6月25日にNature誌に掲載され、次世代データストレージ技術の実現に向けた大きな前進として注目されている。
この新しい分子は、希土類元素ディスプロシウム(Dy)を2つの窒素原子の間に直線状に配置した独特な構造を持つ。従来の単一分子磁石が80ケルビン(マイナス193度)でしか機能しなかったのに対し、新分子は20度高い100ケルビンでの動作を実現した。これは月の夜の表面温度に相当する極低温だが、液体窒素(77ケルビン、マイナス196度)よりも高い温度での動作が可能になった意義は大きい。
アルケン基が分子構造の安定化に貢献
研究チームが開発した分子の最大の特徴は、ディスプロシウム原子と2つの窒素原子がほぼ一直線上に配置された構造にある。通常、ディスプロシウムが2つの窒素原子と結合する際は、より曲がった不規則な形状の分子が形成される。しかし研究者らは、アルケンと呼ばれる化学基を「分子ピン」として追加することで、構造を所定の位置に固定することに成功した。
ANUのNicholas Chilton教授は「完成すれば、これらの分子は小さなスペースに大量の情報を詰め込むことができます。この新しい分子により、1平方cmあたり約3TBのデータを保存できる技術につながる可能性があります」と説明している。この密度は、切手サイズのハードドライブに『Dark Side of the Moon』のCD約4万枚分、またはTikTokビデオ約50万本分に相当するという。
研究チームはANUの大規模計算資源と西オーストラリアのPawseyスーパーコンピューティング研究センターのGPU加速計算ノードを活用し、量子力学の基本方程式のみを用いて分子の磁気挙動をシミュレーションした。この理論的アプローチにより、なぜこの特定の分子磁石が従来設計と比べて優れた性能を示すのかを解明することができた。
データセンターでの実用化に道筋
現在のハードドライブは、多数の原子が協力して記憶を保持する微小な磁化領域を使用してデータを保存している。一方、単一分子磁石は個別に情報を保存でき、メモリ保持のために隣接する分子の助けを必要としないため、超高密度データ保存の可能性を秘めている。
マンチェスター大学のDavid Mills教授は「100ケルビンでのデータ保存は、一般的な冷凍庫や室温での動作にはまだ遠いものの、Googleが使用するような大規模データセンターでは実現可能です」と述べている。現在、インターネット利用の増加、ソーシャルメディア、動画ストリーミング、クラウドベースファイル共有により、日々消費される膨大な量のデータを保存・処理できる新しい情報技術インフラへの需要が高まっている。
この分子は今後、さらに高温でデータを保持できる分子磁石設計の青写真として機能する予定だ。Chilton教授は「この新分子は、その中核にある原子の直線配列により、このような高温で磁気メモリを示すことができる理由を説明することができました。『Dark Side of the Moon』のリリースから50年以上が経過し、技術は飛躍的に進歩しました。今後半世紀の間に技術がどのように進化し続けるかを考えるのは非常に興味深いことです」とコメントしている。