米カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の研究チームが、3Dプリンターで作った反射タイルを壁に貼るだけで、屋内のミリ波通信の速度をほぼ2倍にする手法「FlowForm」を開発した。タイルは1枚あたり約2ドル(約320円)で、電源も制御回路も要らない。同大学が2026年8月18日に発表し、翌19日に米コロラド州デンバーで開かれた通信分野の国際会議ACM SIGCOMM 2026で論文を発表した。
ミリ波は6Gの本命とされる周波数帯で、運べるデータ量が桁違いに大きい。ただしWi-Fiや携帯電話の電波と違い、壁や家具、人を通り抜けられない。送信側と受信側の間に何か入るだけで速度が落ちる。経路が遮られるという一点が、ミリ波の実用化を長く阻んできた。
対策として研究が進んでいるのが、電子的に反射方向を変えられる板を壁に取り付ける方式だ。再構成可能インテリジェント表面(RIS)と呼ばれ、6Gの有力候補に挙げられている。ただし電源と制御回路、ネットワークとの連携が必要で、ミリ波向けのRIS装置は1台で数千ドルを超えることも珍しくない。
研究チームはこれを、電気を一切使わない反射タイルの組み合わせで置き換えた。タイルは約152×152mm(6インチ角)で、プラスチックフィラメントで3Dプリントした表面に導電塗料を塗り、ミリ波の波長より小さい素子を数千個並べる。鏡のように跳ね返すのではなく、当たった電波を狙った方向へ振り分ける。
設置の前に、まず建物の地図を作る。アクセスポイントの位置、タイルを貼れる場所、電波を届けたい範囲を洗い出し、ソフトウェアがどこに何枚、どんな設計のタイルを置くかを決める。設置後のタイルは一切変化しない。それでも電波の通り道が増えるため、既存のミリ波無線機が自然に条件の良い経路を見つける。ファームウェアの書き換えも、通信規格の変更も要らず、無線機がタイルの存在を知る必要もない。
配置の考え方は、支流が本流に合流する川の構造を逆にしたものだ。幅の狭い強いビームを数珠つなぎにして障害物を回り込みながら電波を遠くまで運ぶ「メジャーフロー」が通信の背骨にあたり、そこから枝分かれした「マイナーフロー」が広がったビームで人のいる場所を複数の角度から覆う。2層に分かれたこの構造が受動的な中継の物理から自然に導かれ、到達範囲と安定性の両方をほぼ最大化することを、論文では数学的に示した。
固定されたタイルでも動く相手に対応できる。アクセスポイントは1秒間に何度もビームの向きを走査しており、FlowFormは利用者がいそうな場所へ複数の面から異なる角度で電波が届くように設計する。人が歩いても、その時点で最も速度の出る面が選ばれる。経路が増えることで、複数の利用者へ同時に送信する余地も広がる。
研究チームは5つの実際の屋内環境にタイルを配置し、ミリ波無線のテストベッドで検証した。条件の厳しい環境で、通信リンクの平均速度がほぼ2倍に、電波の届く面積は2倍以上に広がった。理想的な条件で動かした能動型のRISと同等の性能を、はるかに低い費用で得られたことになる。
チームを率いた電気・コンピューター工学のXinyu Zhang教授は、受動的な面をまとめて使うことで、主流の能動型RISと比べて格段に低い複雑さと費用でミリ波ネットワークを実環境で使えるものにできると述べた。UCSDはこの技術で仮特許を出願しており、企業へのライセンスや事業化での協業に応じる姿勢を示している。論文の全文とスライド、実演動画はプロジェクトページで公開されている。