
2021年、短いアニメーション動画がSNSを席巻した。箱型の物体が、するすると展開してバイクの形状へと変わっていく。トランスフォーマーを彷彿とさせる、誰もが驚くギミックと実用性を兼ね備えたこのモビリティは一気に拡散。それを期に製品化にこぎつける。個人のアイデアが製品化へと結実する「パーソナルなものづくり」の象徴でもあった。
あれから4年。その「タタメルバイク」 を生み出したICOMA と、創業者である生駒崇光氏 は、その存在感を確かなものにしてきた。タタメルバイクの製品化 を達成する傍ら、国内外の展示会での注目を集め、企業との協業も次々と実現している。
しかし、2025年の生駒氏が語る言葉は、単なる一プロダクトの成功譚ではなかった。彼が見据えるのは独自の発明プロセスを通じて、日本の製造業そのものを変革することだ。
おもちゃ業界からハードウェアスタートアップに転職した、ものづくりの最前線での経験と、自宅でのバイク開発というパーソナルな情熱。その両極を知る彼がたどり着いた、「おもちゃ」の力で技術と社会をつなぐ方法論とは何か。2021年の創業時から2025年の現在に至るまでの取材記録を基に、生駒崇光氏のものづくり哲学の原点と未来を紐解く。
変形する「タタメルバイク」

ICOMAの物語を語る上で、まず「タタメルバイク」について説明したい。これは、おもちゃをルーツとする、折り畳み電動バイクだ。
公道走行が可能な原付一種(第一種原動機付自転車)規格でありながら、バイク状態(全長1230mm)から、縦横およそ690mm、幅260mmというスーツケースほどのコンパクトな箱型に変形する。このサイズにより、従来バイクが入り込めなかったオフィスのデスク下や自宅の玄関、車のトランクなどへの収納を可能にした。
最大の特徴は、その拡張性にある。側面の大型パネルは工具不要で簡単に着せ替えられ、ユーザーが好みのデザインにカスタマイズできる。さらに、USB給電ポートを備え、約0.6kWhのバッテリーをポータブル電源として活用することも可能だ。単純に変形して小型化するだけでなく実用性も重視しながら、カスタマイズによる遊びの要素も盛り込んだバイクだ。
誕生の原点——美学とキャリアの両極
こうしたプロダクトを生み出せた背景には、生駒氏の特異なキャリアパスがある。
桑沢デザイン研究所でプロダクトデザインの基礎を学んだ後に、タカラトミーで「トランスフォーマー」の開発に携わり、変形のノウハウを叩き込まれた。
その後、ハードウェアスタートアップのCerevoへ転職。同社は2008年にパナソニック出身の岩佐琢磨氏が設立したネット接続型家電を開発する企業で、当時はライブ配信機器「LiveShell」シリーズのヒットなどで急成長していた。生駒氏自身、「技術者集団」であり、「スピード優先」「早く安くいろんなものを多種作る」「グローバルニッチ」という思想だったと振り返る。このCerevoで、スピード感溢れるスタートアップならではのハードウェア開発の基礎を学んだ。

次いで転職したのは、ハードウェアスタートアップのGROOVE Xだった。GROOVE Xは2015年に設立され、ソフトバンクで「Pepper」プロジェクトを率いた林要氏が、「人の気持ちを満たす」ことを目指して創業。家族型ロボット「LOVOT(ラボット)」の開発を進めていた。
生駒氏は当時の同社を「Cerevoとは対極的」と評する。「膨大な資金と時間を投じて、ペット業界を飲み込むくらいの製品にするんだ」という壮大なビジョンを持っていた。大企業出身の開発者らと共に、質感や触り心地といったUX(ユーザーエクスペリエンス)を徹底的に追求する開発スタイルを学んだ。
おもちゃというローエンドから、LOVOTというハイエンドなロボットまで。この「両極」を経験したことが、生駒氏独自の視座を形成していった。
SNSのバズと「責任」の起業
タタメルバイクの構想は、Cerevo在籍時まで遡る。当時利用していたハードウェアスタートアップ向けコワーキングスペース「DMM.make AKIBA」で他社が扱う折りたたみ電動バイクを見たことがきっかけだった。「(他社製品は)変形が納得できなかった。折りたたんでも自立しないし、小さくもならない。僕の中の『変形美学』としては、正直許せない部分があった」
彼が目指したのは、単に小さくなることではない。箱型になることで、机にもなり、椅子としても座れる、真に収納性と機能性を両立したバイクだった。その場で一心不乱にホワイトボード代わりの壁にスケッチしたポンチ絵が後に現実になる。

GROOVE Xに移籍後も、LOVOTの開発に携わっていた先輩デザイナーらに構想を相談するなど、アイデアを温め続けていた。そして具体的な設計が始まったのが、GROOVE X在籍中、長男の誕生に伴う育児休業期間中だった。Fusion 360を学び、変形機構の3D-CADデータを設計。ある日の明け方、完成したデータを妻に見せたところ、「いいからTwitterにアップして反応見てみたら?」とアドバイスされた。
このGIF動画は1万を超える「いいね」を集め、生駒氏に「考えていたことが受け入れられるかもしれない」という強い自信を与えた。同時にICOMA創業の直接的な引き金となる。当初はフリーランスとして受託開発をしながら自宅で開発するつもりだったが、投資家から声がかかるようになり、何より「一般の人が乗れるよう責任を持って最後まで作りきりたい」という思いが強くなる。
「個人のものづくりなら『できちゃいました、でも不具合はちょこちょこあります』みたいな感じでも許される部分があります」と生駒氏は語る。実際、タタメルバイクの初期モデル(当時の名称は「ハコベル」)も、最初に展示した際は変形機構のみで運転できず、電動バイクとしては未完成だった。趣味の範疇での展示であれば「グズグズの出来」でも「Makerの試作品だったら許される」 。
彼が目指したのは、一部のファンに向けた「作ってみた」レベルのプロダクトではなかった。「どうせ作るなら普通の人が欲しくなるものにしたい」。だからこそ、「『作ってみた』じゃなくて『ちゃんと、作ってます』って言えるものにする責任を負わないといけないと思った」。この「責任」を全うするため、彼は2021年3月にICOMAを設立した。
2021-2025年 成功の裏で見た「製造業の壁」

アップデートを重ね製品としての充実度・完成度を高めながらも、遊び心は失わないICOMAの哲学が反映されている。
創業後、タタメルバイクは快進撃を続ける。2023年にはCESイノベーションアワードを受賞 。ジャパンモビリティショー2023では、自動車業界大手のトップが直接ブースに訪れるなど業界からの注目の高さを示した。
その後、タタメルバイクは受注生産による販売を開始。現在もアップデートを重ねつつ、アーティストや漫画・アニメ作品とのコラボレーション、カプセルトイなどの玩具バージョンの開発・販売など、活躍の幅を広げている。創業当初は自宅の一室を開発拠点にしていたが、現在は千葉県松戸市にガレージを構える。メンバーも川崎重工や日産でモビリティのデザインや素材の先行開発に従事した田渕寛之氏や、Dyson初の日本人デザインエンジニアというキャリアを持つ菅原祥平氏が参画するほか、自らのソロワークとして自作モビリティを開発するエンジニアらが社員に加わるなど組織面も強化された。

しかし、華々しい反響の裏で、生駒氏は「乗りもの作りの難易度の高さ」を改めて痛感していた。「挫折はしていないが、『やっぱ大変だな』という要素は味わってきた」 と振り返る。
世界的な為替変動や、製造業特有のハードルの高さ。そうした中で、金型を起こさず、アジャイルに開発を進めてきたICOMAのあり方を模索していた。
この成功と苦悩の渦中で、生駒氏は国内大手メーカーとの対話を通じて、大企業が直面する課題と、自分たちの構想がマッチしているという手応えが得られるようになった。
特に大きな接点が生まれたのが、トヨタグループだった。Woven Cityのプロジェクトでは、その初期に「どういう発明家を呼び込んで開発を支援するべきか」というテーマで、インタビューを受けた。トヨタが「新しい価値の創出」に向けて本気で動いていることに、「目線は同じ方向を向いてる」という手応えがあった。
なぜ日本で、イノベーションは難しいのか?
生駒氏は、これらの対話を通じて、業界全体の課題を「自分ごと」として捉え直していた。それは、「なぜ日本のイノベーションは難しいのか」という問いだ 。
「日本は今ディープテックに多額の投資をしようとしているが、その技術をどう使って、何ができるかに対して技術自体に価値があっても、最終プロダクトまで答えを持ってる人たちが少ない」。
生駒氏は、イノベーションの象徴としてiPhoneを挙げる。iPhone以前のBlackBerryなどは、キーボード、電話、音楽プレイヤーといった技術の足し算による製品開発だった。それに対し、スティーブ・ジョブズがやったことは、マルチタッチという技術を通じて、UI/UXを再定義し、機能を美しく「統合」することだった。
この「技術を社会に落とし込むデザイン(定義)の力」こそが、今の日本に不足しているのではないかーーその仮説は、2024年のあるニュースによって確信に変わる。OpenAIが、iPhoneなどのデザインを手がけた元アップルのジョナサン・アイブと共同設立していたAIデバイス・スタートアップ「io」を買収したのだ。
「AIの価値を、最も良く知るOpenAIが買収してまで手に入れたかったのが、プロダクトデザイン。少なくとも、ジョナサン・アイブは技術要件を正しくプロダクトに反映できる、UI/UXのプロ集団であることなのは明白」(生駒氏)。
AIに代替されない「付加価値の設計」。それこそが、ICOMAがタタメルバイクでやろうとしてきたことであり、生駒氏が次に進むべき道を示していた。
「TOYBOX」という解——「遊び」が技術を社会に実装する
この気づきから、ICOMAは新たなフェーズに入る。それが「TOYBOX(おもちゃ箱)」と名付けた、ICOMA独自の発明プロセスの確立だ 。
これは、タタメルバイクが「おもちゃ」のような存在からスタートし、多くの人の注目と理解を集め、新しいジャンルとして評価されたという成功体験を、「発明手法」として昇華させたものである。

生駒氏は、なぜ「おもちゃ化」がイノベーションに有効なのかを4つの点で説明する。
1. 試作コストが抑えられる
モビリティ開発は非常に高コストだが、「おもちゃ」サイズなら試作コストを劇的に抑えられ、気軽に開発できる 。
2. メンバーの本音を聞ける
完璧な完成品は批評しづらい。だが「おもちゃ」なら、組織の立場を超えて誰もが「突込みやすく」、本音の議論が活性化する。
3. シーンのイメージ共有ができる
基板むき出しのPoC(概念実証)モックでは、生活シーンは伝わらない。「おもちゃ」なら、子供の「なりきり遊び」のように、直感的に利用イメージを共有できる。
4. 遊びこみからアイディアが広がる
「遊びこむ」中で、「これ組み合わせたらいいじゃん」という予期せずな新結合が生まれ、アイディアが拡張する 。

ICOMAは早速このメソッドを実践。2024年12月末からわずか4ヶ月弱という短期間で、新規モビリティ「tatamo!(タタモ)」を開発。2025年4月にはミラノサローネへ出展し、グローバルな評価を獲得した。
この開発プロセスでは、具体的な「発明」も生まれている。ロボットとしての「目」の表示が、乗り物モードではそのまま「スピードメーター」として機能するという、キャラクター性と機能性を両立させたGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)だ 。知財化も進めており、TOYBOXメソッドが単なるスローガンではなく、具体的な知的財産を生み出す力があることを証明している。

未来——メーカーから「発明支援」ファームへ

タタメルバイクで一定の成功を収めたICOMAだが、生駒氏はハードウェアスタートアップが直面する普遍的な課題も痛感していた。それは、どれだけ革新的な製品を生み出しても、その価値が一部のアーリーアダプターや専門家コミュニティに留まり、広く一般社会へ浸透させることの難しさだ。
「基本的にスタートアップが作っているものは、世間一般の興味の外にあると思うんですよね。起業してから今日に至るまで、世間一般の人たちにスタートアップのプロダクトが認知されにくい状況は変わっていないと感じています」
この課題意識が、ICOMAを単なるプロダクトメーカーから、新たな役割へと進化させる原動力となった。それが、TOYBOXメソッドを核とした「発明支援」を行うデザインファームとしての側面だ。
生駒氏のもとには、「自分たちの製品をおもちゃにして欲しい」という相談が多く寄せられるという。特に、ディープテックに代表されるような高度な技術を持つ企業にとって、その価値を一般ユーザーに理解・共感してもらうことは容易ではない。
ICOMAは、この「伝えづらさ」を解消する手段として「おもちゃ化」を提案する。これまでの生駒氏のキャリアを活かした解決手法であり、具現化に至るまでの成果はタタメルバイクでも実証済みだ。
しかし、これは単なるコンサルティングや受託業務ではない。生駒氏にとって、この「おもちゃ化」プロセスは、自身がクライアントの持つ難解な技術を深く理解するための最良の手段でもある。
僕らもディープテックから学びたい一方で、『伝わりにくいものをどう伝えたらいいか』という命題に対して、自分たちがおもちゃ開発から学んだことを活かして関わることができます」 。
ICOMAが目指すのは、単におもちゃの試作品を作って終わり、ではない。その「おもちゃ」を共通言語とし、クライアントと共に議論を活性化させ、技術の本質的な価値を見出し、最終的な製品コンセプトや社会実装の道筋まで伴走する「デザインファーム」としての役割だ。
「デザインだけに参画するのではなく、『おもちゃ化』を通じて、製品の機能や仕様の改善提案まで繋げたいんですよね。中長期的に伴走して、最終製品までこぎつけるような、いわゆるデザインファームとして機能することを目指しています」 。
この手法は、生駒氏がGROOVE X時代にデザイナーの根津孝太氏(GROOVE X CDO/最高デザイン責任者)から学んだ哲学にも通じている。「デザイナーとエンジニアが目線を揃えることが重要です。デザイナーが技術を理解してない状態でデザインすることは絶対に避けたい」 。
「おもちゃ」は、技術者とデザイナー、そして最終的にはユーザーとの「目線を揃える」ための強力なコミュニケーションツールとなり得る。具体的な「モノ」を介在させることで、抽象的な議論に陥りがちな開発プロセスに共通認識をもたらし、「お互いにとってメリットがある」 協創を可能にするのだ。
この新しい発明支援のメソッドは、2025年10月からのジャパンモビリティショー2025(JMS2025)で大々的に発表される。70平方メートルの大型ブースでは、製品展示だけでなく、タタメルバイクのガチャガチャ(カプセルトイ)を使ったカスタマイズワークショップを実施 。一般来場者(B2C)には「ものづくりの楽しさ」を、企業(B2B)には「発明のメソッド」を同時に提示し、その可能性を広く訴求する計画だ。

生駒氏は、このアプローチこそが日本の強みを活かす道だと考えている。「日本には乗り物作りもあれば、ご存じの通りコンテンツ(アニメ・ゲーム)も日本は世界一、おもちゃ作りに関しても間違いなく世界一のメーカーだと思う」。これら日本が誇るアセットを「おもちゃ」というハブで融合させる。それがTOYBOXメソッドの核心だ。
「僕はロボット設計を仕事にしたいという夢を中学1年生からずっと持ち続けて、今に至ります。今手掛けているバイクはその途中経過なんです」。
トランスフォーマー、LOVOT、そしてタタメルバイク。変形し、動き、人に寄り添うプロダクトを作り続けてきた生駒崇光氏の挑戦は今、プロダクトそのものから、「発明のプロセス」そのものをトランスフォームさせる領域へと踏み出した。ICOMAの「おもちゃ箱」は、日本のものづくりの「より楽しい未来」を生み出す、可能性の箱だ。
お知らせ
FabSceneとICOMAのYouTubeチャンネルのコラボレーション企画が近日開始予定です。ご期待下さい。

