人間の網膜に着想を得た「イベントセンサー」、エッジデバイスやARグラスへの応用が進む

FabScene(ファブシーン)

IEEE Spectrumが2025年11月26日に掲載した記事で、ニューロモーフィックイベントセンサーの技術動向と応用分野が紹介されている。イベントセンサーは人間の網膜の働きに着想を得たイメージセンサーで、シーン全体を一定間隔で記録する従来のCCD/CMOSセンサーとは異なり、光量の変化が発生した部分のみを検出してデータを送信する。

従来のビデオカメラでは、毎秒24〜60フレームの静止画を連続して記録する。高速で動くテニスボールを撮影する場合、フレーム間の移動量が大きいとアンダーサンプリングになり、露光時間中の移動でモーションブラーも発生する。一方で動かないネットやコートは過剰にサンプリングされ、不要なデータが蓄積される。

イベントセンサーでは、各ピクセルが独立して動作する。光の強度が一定の閾値を超えて変化すると、マイクロ秒精度のタイムスタンプとピクセル座標を「イベント」として記録・送信する。動きのある部分は高いサンプリングレートで、静止部分はゼロに近いレートで処理される。このため消費電力は従来センサーの約10分の1に抑えられ、テニスボールのように画面の一部だけが動くシーンでは、データ量を5〜6桁削減できるという。

エッジデバイスからヘルスケアまで

この技術は1980年代にカリフォルニア工科大学のCarver A. Mead氏らが開発した「シリコン網膜」に遡る。2006年にはチューリッヒ大学神経情報学研究所が最初の実用的なイベントセンサーを構築し、現在ではProphesee(パリ)、iniVation(チューリッヒ)、OmniVision、Samsung、Sonyなどが開発を進めている。

応用分野は多岐にわたる。省電力性を生かしたエッジデバイス向けでは、スマートリングやスマートウォッチ、ARグラスでの視線追跡やジェスチャー制御に適している。高速応答と高ダイナミックレンジを生かした用途としては、自動運転車のマシンビジョン、ドローン検出、レーザー溶接ロボットの視覚フィードバックなどがある。

ヘルスケア分野では、高齢者の転倒検知に壁掛け型イベントセンサーが検討されている。フル画像を記録せず転倒というイベントのみを検知するため、プライバシーの懸念が軽減される利点もある。2022年にはパリのInstitut de la VisionとPixium Visionが網膜インプラントへの応用を発表した。

産業分野では飲料カートンの品質管理やコンベアベルトの物体カウント、予知保全用の非接触振動測定といった用途で導入が進んでいる。写真・映像分野では、イベントセンサーのデータを従来カメラと組み合わせてモーションブラーを除去したり、毎秒数万フレーム相当の超スローモーション映像を生成したりする研究も進められている。

課題は、従来の機械学習アルゴリズムが静止画像向けに設計されており、イベントセンサーが出力する時系列データとの相性が悪い点だ。解決策として、生物学的ニューロンに近い動作をするスパイキングニューラルネットワーク(SNN)や、3次元グラフとしてデータを処理するグラフニューラルネットワーク(GNN)の活用が検討されている。

関連情報

Event Sensors Bring Just the Right Data to the Edge(IEEE Spectrum)

fabsceneの更新情報はXで配信中です

この記事の感想・意見をSNSで共有しよう
  • URLをコピーしました!

FabScene編集部