
3Dプリンターでオリジナルのスマホケースを作る。レーザーカッターで木製の看板を切り出す。電子工作キットを組み立てて、自分だけのガジェットを完成させる——こうした「個人のものづくり」を支える共有工房が「メイカースペース」である。世界的な工房ネットワークである「FabLab(ファブラボ)」は135カ国以上に2700以上存在するとされ(集計方法により数値に幅がある)、近年は大学や企業の中にメイカースペースを設置する動きが加速している。
しかし、メイカースペースの歴史を振り返ると、単に「機材を貸し出す場所」では長続きしないことが分かる。2017年には米国最大のメイカースペースチェーン「TechShop」が突然破産し、全米10店舗が即日閉鎖された。日本でも数々のハードウェアスタートアップを輩出した「DMM.make AKIBA」が、2024年に9年半の歴史に幕を閉じた。
成功する施設と失敗する施設の違いは何か。本記事では、1981年のドイツから2026年の現在まで、約45年にわたるメイカースペースの歴史をたどりながら、その問いに答えていく。
メイカースペース以前:ハッカースペースの誕生(1981-2007)
メイカースペースの原型は、1980年代のドイツに遡る。当時は「メイカースペース」という言葉はなく、「ハッカースペース」と呼ばれていた。
Chaos Computer Club:情報の自由を求めて

1981年、西ドイツのベルリンで「Chaos Computer Club」(CCC)が誕生した。自称「Komputerfrieks」(コンピュータ狂)たちは「情報の自由」を掲げて活動を始めた。正式な法人登記は1986年4月14日にハンブルクで行われた。
CCCの特徴は、単なる技術愛好家の集まりではなく、社会的使命を共有するコミュニティだった点にある。情報の自由、プライバシー保護、技術の民主的統制といった価値観が、メンバーを結びつける絆となった。
1995年秋にはベルリンに「c-base」が設立された。「ベルリン地下に墜落した宇宙ステーションを発掘・再建する」という独自の世界観を持ち、この「物語」がコミュニティの求心力となった。2006年にはウィーンに「Metalab」が設立され、2007年にhackerspaces.orgの立ち上げに関わり、世界的なハッカースペース運動の拡散点となった。

「互いに素晴らしくあれ」:米国への伝播
2007年8月のChaos Communication Campを契機に、ハッカースペースの理念は米国へ伝播した。米国の非営利団体Hacker Foundation創設者のNick Farrが組織した「Hackers on a Plane」ツアーでは、約40名のアメリカ人がc-base、Metalabなどを訪問。帰国後、各地でハッカースペースを立ち上げた。
「NYC Resistor」は2007年10月31日、ニューヨーク・ブルックリンに設立された。9名の創設メンバーには後に3DプリンターメーカーMakerBotを共同創業するBre Pettisが含まれる。サンフランシスコの「Noisebridge」は2008年10月に開設され、「Be excellent to each other(互いに素晴らしくあれ)」を唯一のルールとするアナーキスト的集合体として運営されている。
初期のハッカースペースは会費や寄付で運営される非営利モデルだった。利益追求ではなく、コミュニティの維持と相互学習が優先された。この精神は、後の商業メイカースペースの挫折と、企業内・教育機関内への展開を理解する上で重要な背景となる。
FabLabの誕生:個人のエンパワーメント(1998-2009)

FabLabの起源はMITのNeil Gershenfeld教授による教育実験にある。1998年に開始した「How to Make (Almost) Anything」講座には、「店では買えないものを作りたい」非技術系学生も集まり始めた。
NSF(全米科学財団)は2001年11月28日、CBAに対し1375万ドルの助成金を交付。FabLabネットワークはこのアウトリーチ活動から生まれた。
「ほぼ何でも作れる」世界へ
最初のFabLabは2002年、インド・パバル村の「Vigyan Ashram」に設置された。「Fab Lab Zero」と呼ばれ、MIT以外で世界初のFabLabである。2003年にはボストンのSouth End Technology Centerにも設置され、ボストンの公民権活動家・コミュニティオーガナイザーであるMel Kingとの協働でテクノロジーへのアクセス格差を解消する拠点となった。

Fab Charter(FabLab憲章)は、FabLabを「デジタルファブリケーションのツールへのアクセスを提供し発明を可能にする、ローカルラボのグローバルネットワーク」と定義する。FabLabで開発された設計・プロセスは発明者が保護・販売できるが、個人の学習・使用には公開されるべきとされる。
Fab Foundationは2009年2月6日に設立された。MITでGershenfeld教授と長年協働してきたSherry Lassiter氏がCEO兼プレジデントを務める。
ハッカースペースが「コミュニティの相互扶助」を重視したのに対し、FabLabは「個人のエンパワーメント」を強調した。両者に共通するのは、単なる機材提供ではなく、創造性を育む「場」としての機能である。
商業モデルの挫折:TechShopの興亡(2006-2017)
TechShopは2006年10月、カリフォルニア州メンローパークに創業した。TechCrunchによれば、創業者Jim NewtonはTV番組「MythBusters※」の科学アドバイザーだった。2009年にCEOとして参画したMark Hatchは『The Maker Movement Manifesto』(邦訳:Makerムーブメント宣言)を出版し、メイカームーブメントの伝道師となった。
コンセプトは「フィットネスジムのように、月額会費を払えば好きなだけ機材を使える工房」である。会費は月額100〜175ドル程度。各施設には約100万ドル相当の機材が設置され、最盛期には米国内10店舗を展開した。
※ディスカバリーチャンネルで放送された、都市伝説や噂の真相を爆破や科学実験で検証する米国の人気番組
「外部補助金なしでは持続不可能」
しかし、フィットネスジム型のビジネスモデルは長くは続かなかった。2017年11月15日、TechShopは全米10店舗を即日閉鎖し、Chapter 7(清算型)破産を申請した。当時のCEO Dan WoodsはMake Magazineで次のように述べた。
「都市、企業、財団からの外部補助金なしに、完全所有のメイカースペースネットワークを営利で維持することは不可能である」
高額な機材と施設維持費を会費だけで賄うビジネスモデルには限界があった。加えて、会員は目的を達成すると離れていく傾向があり、ハッカースペースやFabLabのような持続的なコミュニティが形成されにくかった。補助金なしでは維持困難なコスト構造と、会員の定着性の低さ——複合的な要因がTechShopの破産につながったと考えられる。
TechShop破産後、元メンバーやスタッフは非営利モデルで再出発した。ピッツバーグでは2018年にProtohaven、サニーベールでは2019年にMaker Nexusが設立された。チャンドラー(アリゾナ州)の施設はアリゾナ州立大学の管理下で再開。商業モデルの失敗から学び、原点に回帰したと言える。
日本のメイカースペース(2010-2025)
日本でもメイカースペースは広がった。その歴史は、世界の流れを追いかけながら、独自の発展と課題に直面してきた。
黎明期:FabLabとFabCafe(2011-2012)

「ファブラボ鎌倉」は2011年5月15日、東アジア初のFabLabとして開設された。2026年現在は日本各地に15カ所のファブラボが存在している。
2012年3月には「FabCafe Tokyo」がオープンした(ロフトワークプレスリリース)。「ものづくりカフェ」として、コーヒーを飲みながらレーザーカッターを使える敷居の低さが特徴だった。FabCafeは現在、渋谷、飛騨、京都、名古屋のほか、台北、バルセロナ、バンコクなど海外にも展開している。
大型施設の登場と閉鎖(2014-2024)

さまざまなITサービスを運営するDMMは2014年11月11日に「DMM.make AKIBA」を開設した。約2000平方メートルのフロアに200種以上の機材を揃え、24時間利用可能なコワーキングスペースと工房を提供。9年半の営業期間中には多くのスタートアップや企業が活動の拠点とした。しかし2024年4月末に営業を終了している。
「TechShop Tokyo」は2016年4月1日、富士通と米TechShop Internationalの合弁で東京・港区アーク森ビルにグランドオープンした(富士通プレスリリース)。アジア第1号店として約1200平方メートルの施設に約50種、総額1億円相当の機材を設置したが、こちらも2020年3月に閉店している。

大型施設の閉鎖後、培われたノウハウは新たな形で展開されている。DMM.comは2024年1月に一般社団法人DMM.make TOKYOを設立し、東京都のスタートアップ支援拠点「Tokyo Innovation Base」内のTIB FABの運営を受託。DMM.make AKIBAから移管された機材とノウハウが公的施設で活かされている。また、ファブラボ神田錦町も神奈川大学みなとみらいキャンパスなど、さまざまなメイカースペース運営を受託している。こうして、いくつかの企業は「場所」の運営から「機能」の提供へとビジネスモデルを転換させつつある。
企業内メイカースペース:明確な目的があれば機能する(2012-2024)
企業内メイカースペースは、「明確な目的」があればメイカースペースが機能することを示す好例である。
Ford × TechShop Detroit:特許出願数が1年で倍増
2012年5月、Fordは米ミシガン州アレンパークにTechShop Detroitを開設した。約3500平方メートルの施設に100万ドル相当の機材を備え、発明提出者に3カ月の無料メンバーシップを付与するプログラムを導入した。
Deloitte Insightsによれば、初年度の発明提出数は前年比32%増加。1年後には特許化可能なアイデアが50%増加し、特許出願数は1年で倍増した。Ford従業員のDon Priceは、TechShopの機材を使って圧力センサーデバイスのプロトタイプを制作。実際に動く試作品を見せることで、Fordは製造投資を決定した。Ford Global Technologies CEOのWilliam CoughlinはChicago Tribuneで「経営陣がノーと言うのは、実際に動くものを見せられると難しくなる」と述べている。
TechShop Detroitは2017年のTechShop破産とともに閉鎖されたが、「従業員の創造性を引き出す」という明確な目的を持ったメイカースペースが数字で効果を証明した先駆的事例として記録されている。
GE Appliances FirstBuild:24万5000人のコクリエーターコミュニティ

2014年7月、GE Appliancesはケンタッキー州ルイビル大学キャンパス内に「FirstBuild」を開設した。約3250平方メートルの施設は、コミュニティスペース、メイカースペース、部品製作ショップ、小ロット生産可能なマイクロファクトリーで構成される。
FirstBuildの特徴は、一般公開型の「コクリエーション」(共創)モデルにある。平日17時から20時まで無料で開放され、地域のMakerや起業家がGE Appliancesのエンジニアと協働できる。オンラインコミュニティには24万5000人以上が参加している。
開設10周年となる2024年までに、100以上の製品と機能を開発。うち37製品がGE Appliancesの正式ブランドに昇格した。代表的な成功事例が「Opal Nugget Ice Maker」である。2015年にIndiegogoで公開され、開始直後に目標の15万ドルを突破し、大きな資金調達に成功した。現在、GE Appliancesの小型家電部門で最も売れている製品である。

FirstBuild エグゼクティブディレクターのAndre ZdanowはWLKYで「次の大きなアイデアを持ってこいとは言わない。ただ、他のクリエイターと一緒にいることが好きで、その情熱が次の勝ち筋製品を生み出す」と述べている。「製品開発」という明確な目的と「コミュニティ」の両方を備えていることが、FirstBuild成功の鍵である。
なお、日本国内でもソニーやリコー、東芝など大手製造業企業がメイカースペースを運営している。

コロナ禍とその後:メイカースペースの試練と進化(2020-2025)
2020年のCOVID-19パンデミックは、メイカースペースに大きな転機をもたらした。
PPE製造:コミュニティの力が証明された瞬間

パンデミック初期、世界中のメイカースペースが医療用PPE(個人防護具)の製造に動いた。MITのProject Manusは、Neil Gershenfeld教授のCenter for Bits and Atomsと協力してフェイスシールドを設計。量産技術を確立し、初週だけで10万枚のフェイスシールドを製造・寄付した。FabLab提唱者のNeil Gershenfeld教授は「この困難な時期に、MITの強みを結集して迅速に解決策を定義・改良できたことは喜ばしい。MITでの取り組みは、世界中で立ち上がっている多くのフェイスシールドプロジェクトのベストプラクティスとして価値がある」と述べている。
この動きは世界に広がった。ブラジルではCareablesプロジェクトに参加する4つのメイカー組織が約7000個のフェイスシールドを製造し、約5000個を病院や医療機関に寄付した。英国のMilton Keynes MakerSpaceは地域の医療従事者向けに数千個のフェイスシールドを製造した。
PPE製造は、メイカースペースの本質的な強みを証明した。グローバルなネットワークで設計を共有し、ローカルで製造する——FabLabが掲げてきた理念が、危機的状況で実践されたのである。
淘汰と生存:非営利モデルの優位性
しかし、パンデミックはメイカースペースに淘汰ももたらした。ノースカロライナ大学のHoward Aldrich教授らの研究によれば、米国では2020年以降に新設されたメイカースペースはわずか8施設。2018年に49施設あった商業メイカースペースのうち、2024年初頭までに22施設が閉鎖した。
興味深いのは、運営形態による生存率の差である。非営利メイカースペースは2018年時点で84%が活動を継続していたのに対し、商業スペースは70%、非公式クラブは21%にとどまった。Aldrich教授らは「TechShopの破産(2017年)、Make Magazineの休刊(2019年)、ニューヨーク市Maker Faireの中止がメイカースペース人口の進化における転換点となった」と指摘している。
教育機関への統合:成長を続ける領域
Make Magazineは2025年4月、コロナ禍で閉鎖したスペースがある一方、NoVa Labs(バージニア州)やFab Lab Tulsaのように「より強くなって復活した」施設もあると報告している。特に、図書館・博物館に組み込まれたメイカースペースや大学メイカースペースは、組織のミッションの一部として位置づけられていたため、独立型より良好な結果を示した。
大学メイカースペースの拡大は顕著である。ジョージア工科大学の「Invention Studio」、ノースウェスタン大学の「The Garage」など、多くの大学が学部横断型のメイカースペースを設置している。学生が専攻を問わず「手を動かしながら学ぶ」場を提供し、工学部のみならずビジネススクールやデザイン学部との連携も進んでいる。
機材のコモディティ化とメイカースペースの意味の変化(2020-2026)
2020年代に入り、メイカースペースを取り巻く環境は大きく変化した。かつて「メイカースペースに行かないとアクセスできなかった」機材が、個人でも購入できる価格帯になったのである。
エントリーレベル3Dプリンターの急成長
市場調査会社CONTEXT社の2024年10月のプレスリリースによれば、2500ドル未満のエントリーレベル3Dプリンターの出荷台数は、2024年第2四半期に前年同期比65%増を記録した。同社の集計では、収益ベースでエントリーレベル機が世界市場の48%を占め、10万ドル以上の産業用機(38%)を初めて上回った。
中国メーカーの躍進が市場を牽引している。CONTEXT社によれば、Creality、Bambu Lab、Anycubic、Elegooの4社でエントリーレベル市場の94%を占める。特にBambu Labは前年同期比336%の出荷台数成長を達成し、市場シェア26%で2位に躍り出た。一方、10万ドル以上の産業用3Dプリンターは4四半期連続で出荷台数が減少している。
かつて数十万円した3Dプリンターが、いまや数万円で購入できる。「3Dプリンターを使うためにメイカースペースに通う」必要性は、少なくとも基本的な用途においては大幅に低下した。

オンライン製造サービスの普及
基板製造も同様の変化を遂げている。JLCPCB公式サイトによれば、同社は2006年の設立以来成長を続け、2024年12月時点で700万人以上の顧客、年間1700万件以上の注文、180カ国以上への展開を達成した。従業員数は8000人を超える。
PCB試作がオンラインで数ドル・数日で可能になった現在、基板製作のためにメイカースペースに通う必要性は大幅に低下した。設計データをアップロードすれば、数日後には完成品が届く。深圳の製造インフラがオンラインサービスを通じて世界中の個人Makerに開放されたことで、「現地に行く」価値が相対的に下がったのである。
深圳モデルの変容:HAXの3拠点体制
スタートアップ支援拠点としてのメイカースペースのあり方にも変化が生じている。その一例として、HAXを紹介したい。2010年代、深圳は「ハードウェアスタートアップの聖地」と呼ばれた。部品市場の華強北(フアチャンベイ)に行けば、あらゆる電子部品が即日入手でき、試作から量産まで驚異的なスピードで進められた。ハードウェアアクセラレーターHAXは2012年から深圳でプログラムを運営し、世界中のスタートアップを集めた。
しかし、パンデミックと地政学的変化がこのモデルを揺るがした。FabSceneに市村慶信氏が寄稿した記事によれば、HAXは現在、戦略的な3拠点体制で運営されている。
中国・深圳拠点:部品調達と工場の手配を中心としたサプライチェーン支援
インド・プネ拠点:試作から設計、解析・シミュレーションまでの開発・製造支援
米国・ニューアーク拠点:プログラム運営と資金調達支援
かつて深圳が担っていたエンジニアリングサポートの大半はインドに移行した。採択されたスタートアップからは「特にインドからのエンジニアリングサポートが役立った。早くて安い」という声が聞かれたという。このエンジニアリングサポートは他のアクセラレーションプログラムでは得られない唯一無二の価値だという。
ニューアーク移転以降、HAXは50チームを採択し、15カ月で6000万ドルの資金調達を実現している。年間の採択チームは30チームで、アメリカ以外からのチーム(主にヨーロッパ出身)が約40%を占める。かつて「階下に降りれば部品市場があった」深圳の地理的優位性は、オンライン調達とグローバルなエンジニアリング体制によって代替されたのである。
一方で、深圳のローカルコミュニティは健在だ。Maker Faire Shenzhen 2024は2024年11月に開催、35万人以上を動員したという。Seeed Studio/Chaihuo Makerspace創設者のEric Panはイベント前夜のトークで「『Enchant Everything with AI』はビジョンだ。実際のMakerコミュニティでAIを製品に組み込んでいるのは0.5%未満。深圳のMakerコミュニティはAI活用率が高いが、ベイエリアや世界の他地域では、Makerは10年前のArduinoを使い続けている」と述べている。

「機材アクセス」から「コミュニティ」へ
これらの変化は、メイカースペースの価値の重心を「機材アクセス」から「コミュニティ」へとシフトさせている。3Dプリンターは自宅で持てる。基板はオンラインで注文できる。深圳に行かなくても、オンラインサービスで試作ができる。では、メイカースペースに「行く」理由は何か。
答えは、同じ興味を持つ人々と出会い、知識を共有し、フィードバックを得ることにある。GE AppliancesのFirstBuildが「コクリエーション」を核に据え、大学や図書館がメイカースペースを「教育機能」として位置づけているのは、この文脈で理解できる。機材が安価になった時代、メイカースペースの価値は「モノ」ではなく「ヒト」にある。
メイカースペースの現在地:場所から機能へ、コミュニティの力

メイカースペースの約40年の歴史を振り返ると、一つの明確な教訓が浮かび上がる。
単なる「場所」として機材を貸し出すモデルでは持続できない。TechShopの破産、コロナ禍での商業スペースの大量閉鎖が証明したように、高額な機材と施設を会費だけで維持することは構造的に困難だ。そして財務面以上に重要なのは、「コミュニティ」の有無だった。
持続可能なメイカースペースには、二つの要素が不可欠である。「明確な目的」と「コミュニティ」だ。
1981年のChaos Computer Clubは「情報の自由」という価値観を共有するコミュニティとして始まった。FabLabは「誰もがほぼ何でも作れる」という教育的目的を持っていた。Fordは「従業員の創造性を引き出す」、GE Appliancesは「製品開発」、大学は「教育」という明確な目的を持つことで、メイカースペースを機能させている。
コロナ禍でのPPE製造は、メイカースペースの本質的な強みを証明した。グローバルなネットワークで設計を共有し、ローカルで製造する——この分散型製造の力は、危機的状況でこそ発揮された。同時に、パンデミック後の淘汰と機材のコモディティ化は、非営利モデルと教育機関への統合という方向性を明確にした。
2026年現在、世界のメイカースペース数は正確には把握されていない。Make Magazineは2025年4月の記事で「4000がおそらく上限、1000が下限」と推定している。Fab Foundationの公表によればFabLabは135カ国以上に2700以上存在するとされるが、ディレクトリベースの集計では登録方法により数値に幅が出る。ハッカースペースは1000〜2000程度が活動しているとみられる。その構成は変化している。商業スペースが減少する一方、大学メイカースペース、図書館メイカースペース、企業内メイカースペースが増加している。メイカースペースは「工房」から「コミュニティと創造性を育むエコシステム」へと進化しつつある。
3Dプリンターやレーザーカッターは、かつてより安価になり、個人でも購入できるようになった。機材そのものの価値は相対的に下がっている。しかし、同じ価値観を持つ人々が集まり、互いに学び合い、創造性を刺激し合う——そのコミュニティの価値は、テクノロジーが進化しても変わらない。
メイカースペースの本質は、3Dプリンターでもレーザーカッターでもない。「誰もがものづくりできる」という可能性を信じ、それを実現しようとする人々のコミュニティにある。その精神は、1981年のベルリンから2026年の現在まで、45年にわたって受け継がれている。

