
AIをクラウドではなく「手元」で動かしたい──そう考えたとき、多くの開発者が最初に手に取るのがNVIDIA Jetsonだ。だが、開発キットで試作したものを、いざ製品や現場に持っていこうとすると、意外なハードルに直面する。供給保証のないキット、自作が必要なキャリアボード、煩雑なOS書き込み。Seeedはこれらの課題を丸ごと引き受け、「箱を開けたらすぐ開発できる」環境を整えた。
Seeed日本法人の松岡貴志氏に、エッジAIの現在地と、Jetsonを現場で使える製品にするための取り組みを聞いた。
組み込みAIを牽引する NVIDIA Jetson
今や時価総額5兆ドルを超え、世界で最も価値のある企業の一つとなったNVIDIA。かつてはゲーミング向けGPUメーカーとしてのイメージが強かったが、現在ではデータセンター向けのAIアクセラレータや、それを支えるソフトウェアプラットフォームを軸に、AI分野全体を支える企業へと事業領域を広げている。
この強力なAIコンピューティングのパワーを、クラウドの中だけでなく、私たちの住む物理世界へ持ち出すためのプロダクトが「NVIDIA Jetson」である。

現在、AIのトレンドはデジタルサービス上の効率化から、物理的な実体を持つロボットや産業機器が自律的に動く「Physical AI」へとシフトしつつある。NVIDIAの創業者兼CEO、ジェンスン・ファン氏も、近年のCES等の講演において、「AIの次の波はフィジカルAIであり、自律型ロボットがその主役になる」と繰り返し強調している。
工場の検品ライン、自律走行する配送ロボット、スマートシティの監視カメラ。こうした「現場」で高度な推論を行うには、長時間の安定稼働を満たす低消費電力、クラウドを介さないエッジならではの低遅延、そしてGPUによる強力な並列演算が可能なデバイスが不可欠だ。

Jetsonシリーズは、クレジットカードサイズの「Orin Nano」から、サーバー級の性能を持つ「AGX Orin」といった、用途と予算に応じた幅広いラインナップを展開している。これらはエンタープライズ向けの部品供給だけでなく、1台から購入できるモジュールや開発キット形式でも提供しており、これが世界中のメイカーやスタートアップのイノベーションを加速させている。
Jetson 活用事例:駐車場から養豚場まで広がるエッジAIの最前線
Jetsonを用いた開発事例は、今や私たちの生活の至るところに広がっている。後述する、Jetsonを組み込んだSeeed社製品の事例から、特徴的なものを紹介しよう(各事例の写真は同資料より引用)。
自動車ディーラー倉庫におけるAI映像解析

自動車ディーラーの倉庫では、AIを用いた侵入検知システムの導入が進んでいる。既存の監視カメラネットワークを活かしつつ、夜間を含む高精度なセキュリティ監視を実現することが目的だ。
イタリアのセキュリティソフトウェア企業Prasselは、NVIDIA Jetson Xavier NXを搭載した「reComputer J2021」を中核に、独自の映像解析システムを構築。人物検出やラインクロス検知に加え、煙や火災を検知するアルゴリズムを統合した。侵入イベント発生時には、メール通知や警報装置との連携をModbusプロトコルを介して行うことで、迅速な初動を可能にしている。その結果、侵入試行は約90%削減され、多拠点にまたがる監視においても重要エリアの特定が容易になったという。
養豚場におけるエッジAIを活用した精密畜産管理

畜産業の現場では、飼料価格の高騰や疾病リスク、環境規制の強化などを背景に、生産性向上とコスト削減の両立が大きな課題となっている。養豚場では特に、人手による常時監視には限界があり、個体ごとの健康状態や行動を効率的に把握する仕組みが求められていた。
ディープテックスタートアップIntflowは、NVIDIA Jetson Nanoを搭載した「reComputer J1010」を用いたエッジAIソリューション「EdgeFarm」を開発。天井に設置したカメラ1台あたり最大40頭の豚を同時に解析し、食事量や運動量といった生体データをリアルタイムで取得する。NVIDIAの推論最適化ツール「TensorRT」を活用することで、GPUクラウドに依存せず低コストかつ高効率な推論を実現した。これにより、動物1頭あたりの管理コストを最大98%削減し、売上を15〜40%向上させるといった劇的な成果につなげている。
農業・建設現場向け 不整地対応ロボット

農業や建設現場では、傾斜や凹凸のある不整地で重量物を運搬する作業が多く、人手に頼らざるを得ない。こうした過酷な現場では作業負荷が高く、コストや安全面の課題も大きい。一方で、ロボットによる自動化を検討しようとしても、屋外環境に耐えるハードウェアや、自律走行を実装するための技術的ハードルが開発の壁となっていた。
日本のロボット開発企業CuboRexは、NVIDIA Jetson Orin NXを搭載した「reComputer J4012」を採用し、不整地対応ロボット「CuGo V3」を開発した。物体検出や姿勢推定といったAI処理をエッジで実行し、ROS/ROS2ベースの自律走行スタックを構築。さらに2D LiDARやGNSSによる環境認識を組み合わせることで、傾斜20度の不整地でも最大70kgの荷物を搬送可能とした。人手に依存していた重作業をロボットに置き換えることで、労働力不足の解消と作業効率の向上を同時に実現している。
駐車場の監視から畜産管理、屋外ロボットに至るまで、これらの事例に共通しているのは、「すべてをクラウドに投げない」という設計思想だ。大量の映像データを常時アップロードするのではなく、現場(エッジ)でAIが判断し、必要な情報だけを外部に渡す。あるいは、その判断結果をそのまま制御系に即座に反映する。Jetsonは、この「遅延が許されない現場」において、GPUによる高い推論性能と省電力性を両立し、エッジAIを現実的な選択肢へと押し上げているのだ。
Jetsonのメリット:NVIDIAエコシステムという最強の武器

Jetsonを選ぶ最大のメリットは、何と言っても世界標準である「NVIDIAエコシステム」をそのままエッジの世界へ持ち込める点にある。
AI開発の現場では、まずPC上の強力なGPUを使ってモデルを学習させるのが一般的だ。Jetsonはこれらと同じアーキテクチャを採用しているため、NVIDIAが長年蓄積してきたCUDAやTensorRT(※)といったソフトウェア資産をそのまま活用できる。
※CUDA:GPUを用いた並列コンピューティングプラットフォーム。/TensorRT:学習済みモデルをエッジデバイス向けに最適化し、推論速度を劇的に向上させるライブラリ。
「PCで動いたものが、そのままエッジで動く。この一貫性は、開発期間の短縮において大きなアドバンテージになります」と松岡氏は語る。他プラットフォームへ移行しようとすれば、モデルの変換(コンバージョン)に多大な工数がかかり、時には性能が維持できないリスクもあるが、Jetsonならその懸念は不要だ。

ハードウェアとしての柔軟性にも、汎用PC用ボードとは異なる思想が反映されている。特筆すべきは、PC用GPUが「いかに速く動くか」を追求するのに対し、Jetsonは「限られた電力でいかに効率よく動くか」という組み込み特有の思想で設計されている点だ。
松岡氏は、具体的な活用シーンとして展示会でのエピソードを紹介してくれた。
「バッテリー駆動が前提となるドローンやロボット、自動車において、電力制御は生命線です。Jetsonには、消費電力を10W、15Wと細かく設定できる『Power Mode』設定があります。
例えば電源の確保が難しい展示会のような場で、車のバッテリーを使って1日中デモを行うと、展示終了前にバッテリーを使い切ってしまいます。そうした際、意図的にPower Modeで電力を絞ることで、性能とのトレードオフをコントロールしながら1日中の安定稼働を実現できるのです」
Jetsonの難点を補うSeeedエコシステム:試作から量産への橋渡し
多くのメリットがあるJetsonだが、いざ実用化しようとすると、そこには無視できないハードルが存在する。まず多くの開発者が手にするのは、NVIDIA純正の「Developer Kit(開発者キット)」だろう。しかし、ここには大きな落とし穴があると松岡氏は指摘する。

「Developer Kitは、その名の通りあくまで開発用の評価ボードであり、NVIDIAも本番環境での使用は想定していないと明記しています。そしてもう一つの大きな問題は、供給保証がないこと。モジュール単体は長期供給が約束されていても、キット自体は予告なく生産終了になることがあります。いざ製品化して台数を増やそうとした時に『同じハードウェアが手に入らない』というリスクがあるのです」


開発用キットとは異なり、Jetsonモジュール単体には供給保証があるが、それ単体では接続端子もディスプレイ出力も持たない部品として販売されている。これを実用的なデバイスとして機能させるには、マザーボードに相当する「キャリアボード」を自ら設計し、周辺デバイスとの接続を確保する必要がある。さらに産業現場での運用を想定するならば、ノイズ対策や排熱処理を考慮した堅牢なケース(筐体)の用意も不可欠となる。
Seeedはこのキャリアボードやケースの設計・製造を自社で一貫して行い、Jetsonモジュールを組み込んだ「reComputer」「reServer」ブランドとして展開している。これにより、純正キットが抱えていた供給の不安定さと、モジュール単体での取り回しの難しさという二つの課題をクリア。エントリーユーザーによる試作から、産業機器への組み込みといった最終製品としての利用まで、シームレスに対応できる環境を整えた。

「Jetsonをパッケージングした我々の製品は、長期供給を保証しています。ホビーユーザーが1台から購入できる手軽さを維持しつつ、企業が数千台規模で導入する際の安定供給も担保できる体制です。試作で作り上げた構成を、そのままの形で本番環境へデプロイできること。これこそが、Seeedとして提供したい価値に他なりません」
用途別に最適化された、reComputer / reServer

SeeedがJetsonをパッケージングして展開するハードウェアは、その用途や形状に応じて「reComputer」あるいは「reServer」のブランドで提供されている。松岡氏は、エッジAIの多様な現場ニーズを反映した各シリーズの特徴を次のように整理する。

まず、最も汎用性が高く、学習やプロトタイプ開発の「最初の一台」として最適なのがreComputer Jetson Classicだ。ここを起点に、より高度な処理を求める層には、Jetsonの新機能であるクロックアップ(Super Mode)に対応したreComputer Jetson Superが用意されている。Superは電源周りや熱設計が大幅に強化されており、生成AIのような高負荷な推論でも限界まで性能を引き出せる構成となっている。

「動くもの」への実装を想定しているのが、reComputer Jetson RoboticsとreComputer Jetson Miniの2種だ。Roboticsは、ロボット制御に不可欠なCANポートや低遅延なCSIカメラ用インターフェースを充実させたモデル。一方でMiniは、ドローンや小型の自律走行ロボットへの内蔵を想定し、省スペース化を図っている。

さらに、設置環境が過酷な現場やインフラ用途には、reComputer Jetson IndustrialとreServer Jetson Industrialが応える。前者は故障の主因となりやすいファンを排除した完全ファンレス設計で、粉塵の多い工場や屋外での長期運用に耐えうる堅牢性を持つ。reServerは、その名の通り複数の監視カメラ映像を一括処理し、ネットワーク経由でデータを配信するような、店舗の動線分析やセキュリティインフラに特化したパワフルなモデルだ。
こうしたハードウェアの多様性に加え、導入の障壁となっていた「セットアップの難しさ」に対しても、Seeedは独自の工夫を凝らしている。
「通常、JetsonにJetPack(OS+コンポーネント)をインストールするには、別途Linux PCを用意してSDKマネージャーを立ち上げるというやや煩雑な工程が必要です。Seeedでは、これをシンプルなコマンド操作だけで完結させたり、あるいは既にOSが書き込まれた状態で出荷したりと、箱を開けてすぐに開発を始められる環境を整えています」

さらに、実務者にとって心強いのが、量産フェーズを見据えた手厚いカスタマイズ体制だ。
「キャリアボードを自社で設計・製造しているからこそ、特定のUSBポートをあえて外したり、お客様独自のアプリケーションを工場出荷時にプリインストールしたりといった個別対応が可能です。こうしたカスタマイズにも、柔軟に対応できる体制を敷いています」
Raspberry PiかJetsonか
「これからエッジAIを始めよう」と思った際、多くの人がまず検討するのが、教育用や安価なエッジデバイスとして圧倒的に普及しているRaspberry Piだろう。Jetsonと比較した際の決め手はどうなるか伺うと、松岡氏の答えは明快だった。
「それは、作るアプリケーション側からの制約や、参考にできる情報がどちらに多いかに依存します。最大のポイントは、開発環境の一貫性。PC上のNVIDIA GPUでAIモデルを開発してきた人であれば、CUDAやTensorRTといった使い慣れたソフトウェア資産やライブラリをそのままJetsonへ持ち込むことができます。
PCで開発した成果をスムーズにエッジへ移行できるのがJetsonの強みです。もしこれを別のプラットフォームで動かそうとすれば、モデルを変換したり、コードを書き直したりといった手間が発生するケースもあります。Raspberry PiにせよJetsonにせよ、自分が作りたいもの、そして参考にしている情報がどちらのエコシステムに属しているか。その相性で選ぶのが効率的と言えるでしょう」
ヒューマノイドロボットのデファクトへ
インタビューの締めくくりに、松岡氏に今後の展望を伺うと、近年のロボティクス市場の盛り上がりへの期待を聞かせてくれた。
「NVIDIAは今、大きな方向性としてロボティクスに非常に注力しています。特に中国や米国でのAIロボット、あるいは人型ロボットの急速な進化を見れば、自律型デバイスが私たちの生活に入ってくる未来も近くに感じられます。そうしたデバイスの制御部として、Jetsonはデファクトスタンダードになりつつあり、今後より身近なものになることを期待しています」
エッジAIの導入は、ほんの数年前まで専門的な組み込み開発の知識を持つエンジニアだけのものだった。だが、Seeedが提供するreComputer/reServerシリーズは、セットアップが容易かつ、豊富なWikiドキュメントと開発環境も用意されている。
「まず触ってみる」ためのハードルは、確実に下がっている。ラズパイで画像認識やロボット制御に取り組んできた人なら、次の一歩としてreComputer Jetson Classicを手に取ってみてはどうだろうか。CUDAとTensorRTという、世界標準のAIエコシステムへの入口が、そこにある。

本記事はSponsored記事です。
提供:Seeed Studio / Seeed 株式会社

