おばあちゃんでも作れる浄水システムーー3人の起業家が目指す「水の民主化」とは

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AQUONIA REPUBLICの創業メンバー。左から執行役員副社長/製品開発・事業開発担当の永松修平氏、代表取締役社長/コンセプトデザイン・研究開発担当の北川力氏、Chief eXplorer Officer/新事業探索・共創担当の杉本雅明氏

それぞれ成功した会社を離れ、「水の民主化」という一生のテーマに賭ける3人の起業家がいる。

WOTAで水再生技術を手がけた北川力氏、コインランドリー「Baluko Laundry Place」を全国展開した永松修平氏、エレファンテックで脱炭素電子基板技術を生み出した杉本雅明氏だ。

3人はAQUONIA REPUBLICで、オープンソースハードウェアを駆使した水処理システムを開発。専門的な知識が無くても簡単に水処理システムが構築できる仕組を実現した。3人が生涯をかけて取り組むテーマとは何か。これまでの経緯や技術、今後を取材した。

目次

半年かかったものが、3日で完成する理由

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純水を精製するAquo-Ware Systemの内部。ESP32マイコンをベースで開発したモジュール類の背後にはフィルターユニットがある。

東京都千代田区のオフィスで行われた取材で、北川氏は机上に並べたモジュール類を広げる。そこにあるのは、ESP32マイコンをベースにした複数のセンサーモジュール、ポンプ、バルブ、液晶パネルユニット、そしてフィルターユニットだ。パズルのようにモジュール同士をケーブルでとチューブで繋いでいく。たった2分でほとんどのセットアップが終わった。

これらを独自開発のフィルターユニットにつなぎ、ケースに収納すれば河川の水も純水に変える浄水システムが完成する。これらは、同社の製品に共通するコア技術だ。

取材中、北川氏は別の製品も披露した。Aquo-Ware Systemで精製した純水にミネラル成分をブレンドして、世界中のミネラルウォーターを再現する「Water Printerシステム」だ。

「水質によって出汁の味が変わる。これは調理人にとって大きな課題でした。Water Printerを使えば、どの国にいても軟水でも硬水でも自由に選べます」。既に海外の飲食店での導入が始まっているという。

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Water Printerシステムのデモ機。独自技術で精製した純水とミネラル成分をブレンドし、毎分2リットルの水を供給する。

Aquo-Ware Systemの中核となるのが、ESP32マイコンをベースとしたモジュール型のハードウェア設計だ。ArduinoやM5Stackなどのオープンソースハードウェアの設計思想を参考に、センサーやアクチュエータのモジュールを積み重ねて接続できる構造を採用している。

Arduino IDEやMicroPythonなどで開発でき、世界中に広がるArduinoおよびESP32のオープンソースハードウェアのエコシステムを活用できる。

このアプローチを選んだ理由について、北川氏は複数の利点を挙げる。第一に、開発の速さだ。「サクッと作れる。電子工作の敷居を下げてくれたように、ハードウェア開発においても大きな利点があります」(北川氏)。

従来の水処理機器開発では専用のPLCを使い、設計から試作まで数カ月かかるのが普通だったが、「打ち合わせから試作完成まで、最短3日で可能になりました」(北川氏)。以前であれば6カ月かかっていたものが、わずか3日で試作できる。

第二に、ユーザビリティだ。基板がむき出しの開発キットと異なり、M5Stackのようにモジュール単位でケースに収まっている。メーカー側で組立まで行う場合は何ら問題ないが、ユーザーがDIYで組み立てるシチュエーションがある場合には利点となる。

「むき出しの基板を触って組み立てるのは、一般の方にとっては怖い場合もある。モジュール毎にケースに入っていると安心して組み立てられる」(北川氏)。ハードウェアの組立になれていないユーザーにとって、この違いは大きい。

第三に、エコシステムの充実だ。「ESP32ベースで、ライブラリが充実している。ソフトウェアファーストで作れる」(北川氏)。従来のPLCプログラミングは専門知識が必要だったが、Aquo-Ware SystemではArduinoやESP32のエコシステムと連携することで、一般的なプログラマーでも開発できる。

第四に、モジュール型の拡張性だ。「4Pコネクタのモジュール型プラットフォームは、拡張性が高い。必要なセンサーを積み重ねていくだけで、様々な構成が作れます」(北川氏)。用途に応じて必要なモジュールだけを組み合わせられる。アウトドア用には最小限の構成で軽量化し、業務用には高度なセンシング機能を追加できる。

第五に、オープンソースであることが地政学的リスクの軽減にも繋がる。「技術仕様が全部フル公開されているから、バックドアを用意しようがない。グローバル展開を考えると重要な要素です」(北川氏)

AQUONIA REPUBLICは、水処理に特化したセンサーモジュールを独自開発した。流量センサー、圧力センサー、温度センサー、TDS(総溶解固形分)センサー、水位センサーなどを組み合わせ、水質や装置状態をリアルタイムで監視する。センサー類のコネクターはGroveやM5Stackと互換性を持たせているが、センサーの選定と開発は基本的に自社で行っている。「ArduinoやESP32のオープンソースハードウェアのエコシステムを活用することで、センサーモジュールの開発に集中できました。ゼロから開発するより圧倒的に速く、低コストです」(北川氏)

クラウドとの連携もMQTTプロトコルで標準化し、スマートフォンやPCから水質データの確認や制御が可能だ。「顧客と打ち合わせをして、3日後には試作機を持っていけます。実際に使ってもらい、フィードバックを受けて改良する。このサイクルを短期間で回せるのが最大の強みです」(北川氏)

オープンソースで「水処理の民主化」を実現

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AQUONIA REPUBLICがadruinoおよびM5Stack/ESP32のエコシステムとの連携を選んだのは、開発スピードだけが理由ではない。オープンソースハードウェアであることに、戦略的な価値を見出している。

同社は設立趣意書で「Autonomous Legacy(属人性を超えた継承)」を行動指針の一つに掲げている。「知恵をコードに」「誰でも扱えるように」という方針は、オープンソースの思想と一致する。特定の技術者に依存せず、システムを維持・改良できるようにすることが重要だと考えている。

もう一つの行動指針「Adaptive Systems(変化させられる仕組み)」も、モジュール型設計と関連する。「水質は場所によって異なりますし、時間とともに変化します。固定的なシステムではなく、その場所、その時に合わせて柔軟に変更できるシステムが必要です」

adruinoおよびM5StackなどのESP32のオープンソースのオープンソースコミュニティも活用している。世界中の開発者が作ったライブラリやサンプルコードを参考にできる。逆に、同社が開発した水処理用のモジュールやコードも公開していく予定だ。将来的には、第三者が独自の水処理システムをAquo-Ware Systemをベースに開発できるよう、プラットフォームとして開放することも視野に入れている。

「最終的には、水処理システムがスマートフォンのアプリのように、誰でも作れるようになることを目指しています。ArduinoやESP32といったオープンなハードウェアプラットフォームがあるからこそ、実現可能だと考えています」(北川氏)

4段階フィルターで高い浄水性能

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MIZDEL ONE(写真提供:AQUONIA REPUBLIC)

AQUONIA REPUBLICは2025年12月からポータブル浄水システムMIZDEL ONE(ミズデルワン)を受注開始した。それまでステルスに近い形で活動してきた彼らにとっては、最初に上市する製品だ。

MIZDEL ONEの浄水性能は、4段階のフィルターシステムで実現する。第1段階のセディメントフィルターが砂、錆、泥、微粒子などを除去し、後段のフィルターを保護する。第2段階のカーボンフィルターが残留塩素、トリハロメタン、カビ臭、農薬などの有機化合物を吸着し、味・匂い・色を改善する。

第3段階のRO(逆浸透)フィルターが最も重要な役割を果たす。孔径0.0001ミクロンの膜がウイルス、重金属、細菌、硬度成分、溶解性物質をほぼ完全に除去する。「ROフィルターは海水淡水化にも使われる技術で、ほぼあらゆる不純物を取り除けます」と北川氏は説明する。

第4段階のポストカーボンフィルターは、微量に残る臭気・有機物・イオンを吸着し、最終的な味を調整する。「ROフィルターだけだと無味透明すぎて、逆においしくないと感じる人もいます。ポストカーボンで自然なまろやかさを持つ水質に仕上げます」

各段階にセンサーを配置し、フィルターの状態を常時監視する。「フィルターの目詰まりや劣化を検知し、交換時期を通知します。また、水質が基準を満たさない場合は自動的に停止する安全機構も備えています」

アウトドアや災害時に使うことを想定し、安全面については第三者機関の認証を取得するなど、細心の注意を払ったという。検査機関による水質51項目の安全試験を実施済みで、使用部材は食品衛生法適合素材の証明を取得している。

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サイドパネルを開けた状態のMIZDEL ONE。ここでもオープンソースハードウェアの思想が活用されている。

出水量は約2.0L/分で、500mlのペットボトルなら15秒で満たせる。独自の水再生システムにより、最大98%の水再生率を達成した。従来の浄水器は排水が多く、水使用量の50%以上を捨てるケースもあるが、MIZDEL ONEは排水を最小限に抑え、使用水量を最大1/50に削減できるという。

一生のテーマを追い続けるために集まった3人

AQUONIA REPUBLICを率いるのは、それぞれ成功した会社を離れた3人の起業家だ。代表取締役の北川力氏は2014年にWOTAを共同創業し、携帯型水再生システムを開発。執行役員副社長の永松修平氏は2016年にOKULABを共同創業し、コインランドリー「Baluko Laundry Place」を全国200店舗展開。Chief eXplorer Officerの杉本雅明氏はエレファンテックを共同創業し、インクジェット印刷による脱炭素電子基板技術の確立に向け、大企業との共創をリードしてきた。

3人とも、前職で結果を出していた。しかし、創業した会社を退いてまで新しい会社を立ち上げた。永松氏は「代表でありながら会社を辞めることについて、最初に相談したのが北川さんだった」と振り返る。

3人に共通するのは、一生をかけて取り組みたいテーマを追い続けることだ。北川氏のテーマは「水というプラットフォーム」。「文化的なことをやりたい、食をやりたい、全部やる。水というのは全部プラットフォームなので、そのプラットフォーム上で開発しているだけ」(北川氏)

永松氏のテーマは「洗濯産業全体の変革」。コインランドリーだけでなく、水を大量に使う洗濯産業全体を変えていきたいという思いが、この会社への参画に繋がった。「このメンバーがそれぞれやってきたことが合わさった事に対して、周りからの応援も非常に多い。それはすごくアドバンテージになっている」(永松氏)

杉本氏のテーマは「文化とコミュニティの創造」。Chief eXplorer Officerとして新事業探索を担うだけでなく、「文化まで踏み込めると面白い。水を通じて人と人を繋ぐコミュニティづくりをやりたい」と語る。エレファンテックでオープンイノベーションを推進してきた経験を活かし、水の共和国というコミュニティのカルチャー醸成を担う。

北川氏は前職での株式譲渡で得た資金のほとんどをこの事業に投じた。「周りからはやりすぎだと言われるが、お金だけが目的じゃない。水問題解決が面白い方向に向かえば、結果として課題解決もされる」(北川氏)

3人とも成功したいという動機ではなく、一生をかけて取り組みたいテーマのために起業した。それぞれが異なる専門性を持ちながら、水というプラットフォームで交差する。北川氏は技術、永松氏は社会実装、杉本氏は共創。3人が揃うことで、技術だけでも製品だけでもない、新しいスタートアップの在り方が生まれようとしている。

パッケージ製品ではなく、プラットフォームへ

北川氏のキャリアは、一貫して水循環技術の社会実装を追求してきた。東京大学大学院で社会文化環境学を専攻し、博士課程在籍中に水循環システムの研究に取り組んだ。2014年にWOTAを共同創業し、代表取締役として携帯型水再生システムの開発を主導した。

WOTAでの経験を通じて、北川氏は次第に新たな可能性を認識するようになった。「WOTAではAppleのように完成されたパッケージ製品を目指していた。でもそのやり方を続ける限り、どこまでいっても自分たちがボトルネックになる」(北川氏)

Appleのように完成されたパッケージ製品を目指すことで、一定の成功をもたらした。しかし、それでは自分たちの開発速度が全体の上限になってしまう。北川氏は、AndroidやWindowsのように、多くの人が自由に開発できるプラットフォームを提供する方が、水問題解決のスピードを上げられると考えた。

開発スピードにも課題があった。「開発・製造に数ヶ月かかるシステムを1週間で作れたらと、ずっと思っていた」(北川氏)

さらに、技術提供の要望が多数寄せられていたことも、起業の要因になった。「大きな会社から小さな会社まで、技術提供してほしいという依頼がたくさん来ていた。それなら、そこを支援した方がエコシステムとして成立し、分散的に水問題を解決できる」(北川氏)

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Aquo-Ware Systemの源流となる、2022年当時の試作品(写真提供:AQUONIA REPUBLIC)

北川氏は2020年にWOTAを退任後、地元金沢に転居。水の制御技術「Aquo-Ware System」の開発に着手した。水処理システムを制御するためのソフトウェアとハードウェアのプラットフォームで、センサー、ポンプ、バルブなどをモジュール化し、クラウドで制御する仕組みだ。自らArduinoやM5Stackでの開発を学ぶところから始め、約1年をかけて、「Aquo-Ware System」の基礎技術を確立した。

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温泉水を汲み上げて飲み水にする実験の様子。2024年の冬に撮影(写真提供:AQUONIA REPUBLIC)

そして2025年12月にはOPEN WATER STUDIO「AQUONIA REPUBLIC」として、新製品を携えて再出発を切った。「Aquonia」は水を意味するラテン語由来の造語で、「Republic」は共和国を意味する。

資金調達に頼らず、売上にこだわる

3人の経営スタンスには、スタートアップ業界で主流の「資金調達→急成長→上場」という定石とは異なる哲学がある。

北川氏は「資金調達に甘えないことを掲げている」と語る。資金調達が容易になった時代だからこそ、逆に稼ぐことの価値を見失わないようにしているという。「今の時代、1億円や5億円を集めるより、1000万円、2000万円を稼ぐ方が何倍も難しい」(北川氏)

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防火水槽の貯留水を飲み水にするための試験の様子(写真提供:AQUONIA REPUBLIC)

資金調達による余裕は、かえって開発スピードの低下を招くと北川氏は考えている。「資金調達したら経営には余裕が生まれる。でも、その緩みが結果的に開発を遅くしていく。だから常にお尻に火がついている状態にしなければ」(北川氏)

杉本氏も、近年のスタートアップのトレンドに違和感を持つ。「最近は東大生の就職先として起業が選ばれ、VCから調達して上場することが目的化している。でもチャレンジすることはもっと自由であるべきだ。起業=スタートアップである必要すらない」(杉本氏)

北川氏は「泥臭く売りに行く」と表現する。投資家のために企業価値を高めるのでは無く、自分たちの信念を実現するための会社。だからこそ、資金調達に頼らず、自分たちで稼ぎ、一生のテーマを追い続ける。それが3人の選んだ道だ。

「水の共和国」という壮大なビジョン

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自分たちで濾過した水で乾杯する開発陣(写真提供:AQUONIA REPUBLIC)

「水は中央集権型で、末端で受け取るだけだった。誰かに任せきりだったものを、自分たちで水ともう一度繋がり直したい。個人個人ができる方がより健全だ」(北川氏)

水は、質と入手容易性によって文化やライフスタイルに大きな影響を与える。硬水と軟水で食文化が変わり、水があるかないかで暮らせる場所が制限される。「そこはいじれないと思っていたものを、個人でもいじれるようになる。そもそも四大文明が河川から生まれたように、世界のアーキテクチャの源泉には水がある。その自由度を上げたい」(北川氏)

北川氏が目指すのは「仮想国家」としての水の共和国だ。「まず人と水を繋ぎ、次に水で人を繋ぐ。いかに誰でも水を自由に扱えるかがテーマ。会社を大きくしたいというよりも、オープンソースに近づけていく。分散と個人の自由度を高めて、みんなで繋がり合って、水に関して面白くやっていこうという1個の仮想国家が会社のコンセプト」(北川氏)

この思想は、M5Stackを参考にしたハードウェア開発で北川氏を支援した金沢大学の秋田純一教授との出会いによっても強化された。秋田教授は「おばあちゃんセンサーを作る」という夢を語った。田んぼの水やりに行くおばあちゃんたちが、DIYでセンサーを作れるようにしたいという発想だ。北川氏は「まさにその延長で、水も同じようにしたい」と答え、意気投合した。エンジニアだけでなく、おばあちゃんでも水処理システムを作れる世界。それが水の民主化だ。

AQUONIA REPUBLICは今後、自社の水処理システムをキット化し、オンラインで販売する計画だ。導入コンサルティングや保守契約などの法人向けサポートを用意する傍ら、個人や中小企業などDIYでキットを組み立てられる仕組も提供する。

北川氏、永松氏、杉本氏。3人の連続起業家が、それぞれ成功した会社を離れ、一生をかけて取り組みたいテーマのために再結集した。資金調達に頼らず、稼ぐことにこだわり、泥臭く売る。それは、投資家のための会社ではなく、自分たちの信念を貫くためだ。

彼らが目指すのは「水の共和国」という壮大なビジョンだ。オープンソースハードウェアと、水処理技術の融合。そこから生まれたMIZDEL ONEは、誰もが自分の手で水を整え、守り、活かせる未来への第一歩となる。

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FabScene編集長。大学卒業後、複数の業界でデジタルマーケティングに携わる。2013年当時に所属していた会社でwebメディア「fabcross」の設立に参画。サイト運営と並行して国内外のハードウェア・スタートアップやメイカースペース事業者、サプライチェーン関係者との取材を重ねるようになる。
2017年に独立、2021年にシンツウシン株式会社を設立。編集者・ライターとして複数のオンラインメディアに寄稿するほか、企業のPR・事業開発コンサルティングやスタートアップ支援事業に携わる。
2025年にFabSceneを設立。趣味は365日働ける身体作りと平日昼間の映画鑑賞。

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