趣味の工作キットが全国に流通ーー秋葉原発「同人ハードウェア」がビジネスになるまで

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秋葉原の電子工作文化を支えてきた「同人ハードウェア」。

個人が趣味で製作したハードウェア製品を指すこの言葉は、2010年代初頭に三月兎という店舗から生まれた(※諸説あり)。個人発のユニークな製品を製造・販売するビット・トレード・ワンの阿部行成氏と、同人ハードウェアを扱う「家電のケンちゃん」店長の原田氏は、黎明期から同人ハードウェアの流通を支えてきたキーパーソンだ。

個人制作者と市場を繋ぐ仕組みがどう確立され、どのような課題を乗り越えてきたのか。

目次

一通のプレスリリースから始まった15年

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ビット・トレード・ワン 代表取締役 阿部行成氏(左)と、家電のケンちゃん 店長 原田氏

――お2人の関係について、最初に伺いたいのですが。

原田 最初に会ったのは15年ぐらい前(2010年頃)ですね。そのとき阿部さんがビット・トレード・ワンを創業したばかりの頃で、私は三月兎という雑貨店(※編集部注:かつて秋葉原にあった雑貨店)の2号店にいました。ある日、ビット・トレード・ワンの記事を見て「面白そうじゃん」って思ってメールしたんです。「うちで売らないか」って。

――それがパドルコントローラーだったんですよね。

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ビット・トレード・ワンから販売したブロック崩し用コントローラー「パドルコントローラー」

阿部 そのときは正直、卸のことを全くわかっていませんでした。直販で売ることしか考えてなくて。そもそもあの頃は、工作キット自体を扱っているお店が珍しかったですし、自分たちで売ることしか考えられなくて。

原田 それを最初に聞いたときは、「お、おう…」って感じでしたね(笑)。それで卸の利率とか、一から説明したのを覚えています。最初の商品は販売価格に店頭での販売手数料として、うちの利益を上乗せする形にしたので、直販よりも高くなっちゃいました。

阿部 今思い出すと、恥ずかしい限りです…。

――原田さんが店舗で同人ハードウェアを扱い始めたのも、その時期からですか。

原田 そうですね。最初に扱ったのは、多連装音源システム「G.I.M.I.C」を作っていたG.I.M.I.C Projectかな。

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三月兎2号店に展示されていたG.I.M.I.Cの製品(写真提供:原田氏)

G.I.M.I.C ProjectはヤマハのFM音源を、今のハードウェアを使って綺麗な音で鳴らそうっていうサークルなんです。関西の方だったんですけど、ニコニコ超会議のついでに秋葉原に来たときに、阿部さんから紹介していただいたのがきっかけです。2万円以上する商品にも関わらず、入荷した分だけすぐに売れていましたね。

「同人ハードウェア」という言葉はこうして生まれた

――ところで「同人ハードウェア」という言葉は、三月兎が発祥なんですか。

原田 そうかもしれません。起源は、はっきりしないんですよね(笑)。三月兎は元々、同人誌とか同人CDとかを扱っていたので、その流れでハードウェアだから「同人ハードウェア」なんじゃねえのって話をして、適当に決まったのだと記憶しています。

阿部 個人製作のキットっていうのは、かなり昔からあったんですよね。千石電商さんとかも、すごい昔からLEDを光らせるだけの基板とか売ってましたし。

原田 ただ、少なくともメディアへの露出ははなかなかありませんでした。WebのニュースサイトもPVが重要でしょう?電子工作のような趣味の世界は、なかなか取り上げられなかった。

――でも、ビット・トレード・ワンの商品は法人発だし、マーケティングもしっかりしていた。

原田 そうなんです。企業でありながら個人発の尖ったアイテムを結構扱っていたんですよね。ビット・トレード・ワンの商品に限らず、同人ハードウェア界隈の製品を見渡してみてもFM音源の音を再生するやつとか、PC-98の起動音だけを鳴らすやつとか、キャッチーな製品が多かった。メディアも取り上げやすかったんじゃないかな。

――阿部さんがビット・トレード・ワンを始められた経緯を教えてください。

阿部 最初は2011年の東日本大震災の後に、放射線を測定する「ガイガーカウンター」が手に入りづらい状況になった時期がありました。

ガイガーカウンターって、電子工作界隈では割と自作するものなんですよ。ラジオとかスピーカーとかアンプとか、そういうのと同じぐらいの感覚で。それでキットを作ろうかなと考えていたら、既に結構完成度の高いキットを作っている方がいたので、「うちで売らせてくれ」って交渉したんです。

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ビット・トレード・ワンが販売した「空気ガイガーカウンターKIT」(画像出典元:ビット・トレード・ワン)

――それがBTOマイ・プロダクトサービスの源流なんですね。

阿部 そうですね。売れた分だけお支払いするっていう形で始めたのが、それが最初です。これ結構いいんじゃないのって話になって、その方と一緒にいくつか商品を作っていって、この仕組みをブラッシュアップして今の形になったんです。

原田 ガイガーカウンターは、三月兎でもかなり売れましたね。

20個が一瞬で消える──メディアが変えた同人ハードの世界

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家電のケンちゃん店長 原田氏

原田 当時は、Webメディアの力が大きかったんですよ。AKIBA PC Hotline!とかエルミタージュ秋葉原とか、付き合いがあったニュースサイトに「こういうのやってます」って言ったら、割と人気が出て。

阿部 メディアに載った影響で販売店も増えたりして、ずいぶん営業しやすくなりましたね。

原田 その当時、個人製作のものはイベントでしか販売していなかったから、通販でも手に入るのは斬新でウケが良かったんじゃないかな。その当時の制作者は「(通販で売るのは)20個もあれば十分だろう」みたいな感覚だったんですよ。

ただ、それだと1日もたないみたいな(笑)。PC-98の起動音を鳴らすやつとか、来た分だけ瞬殺するようなレベルでした。制作者も「そんなに売れる?」って驚いていました。

阿部 ここが同人ハードウェアの難しいところなんです。売れてモチベーションが出ればいいのですが、1日かけて作ったものが1日ももたずに消えてヘコむ人もいるんですよ。「もうやってられないよ」って人もいるし、「もっと作るぜ」って人もいる。

原田 とある制作者は、それまでずっと出展していたコミックマーケットに来なくなっちゃったんですよ。三月兎で売り出して、みんな買えるようになったから、コミケに来る必要がなくなっちゃって。

「作家」と向き合うということ──2、3回ケンカした人もいる

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ビット・トレード・ワン 阿部行成氏

――個人との取引の難しさについて、もう少し詳しく聞かせてください

原田 売れたら売れたで喜ぶ人もいるし、喜ばない人もいるわけですよ。数が出過ぎても「もういいわ」って人もいるし、メディアに載るだけで「もういいです」って人もいる。名前を出したくないとか。

阿部 そういう方はたくさんいますね。

原田 基本的にこだわりが強い方が多い。商売っ気の強い人はすごく楽なんですよ。「いっぱい売ってください」「どんどんやっちゃってください」「自分も顔出しますよ」ぐらいの人は。でもそうじゃない人は、取引に至るまでが大変です。

前提として、一定以上の実力を持った技術者は尖った人ばっかりなんですよ。独特の考えを持ってるから、そこに変に触れたら終わりです。逆鱗に触れて「はい終了」みたいなことも、散々経験しました。

阿部 「そこで怒ると思わなかった」みたいなこともありますよね。

原田 今も扱っているサークルでも、2、3回喧嘩したところもありますからね。最終的には「商売のことは原田に全部任せる、自分は開発に専念するから」みたいな関係になってくれたので、今も取引がありますが、そこまで到達するは時間がかかります。

――信頼関係を作るのは、BtoBとは違いますね。

阿部 BtoBは純然たるビジネスで、最終的にはお金の話だけですから。どっちも儲かればいいわけです。でも制作者とのお付き合いは違う。

原田 コミックマーケットとかで良いキットを見つけて、名刺を出すと「三月兎ですか」って嫌な顔をされることもありました。「そこまでのことはやるつもりはないんで」「細々とやりたい」とか。そういうのを積み重ねて開拓した先に、ヒット商品が出るんですよね。

阿部「これちょっとこういうふうに変えた方が絶対売れるんじゃないですか」と思うことも結構あるんですけど、受け入れてくれるかどうかは別の話ですね。

原田 チョロっと言った瞬間に終わることもあるんですよ。だから腹の探りあいですよね。ある程度雑談して、「この方はどこまでお話を受け入れてくれるかな」ってところを見極めてから、ちょっと切り込んでみようかな、みたいな。駆け引きがあるんです。失敗すれば、一撃で終わりますからね。

阿部 もちろん、自分のハードウェアで儲けたい人でもいますよ。儲けたいんだけど「こうしませんか」っていう提案に対して「それは違う」と返されることもあります。自分のロジックがあるわけですよね。弊社はそういう考え方も大事にしていきたいんです。同人ハードに対する個人のこだわりは絶対に尊重したいと思っています。

原田 「それは曲げられないんだ」っていうときは「わかりました、それで行きましょう」って言うしかない。量産化のときに「こうやった方が安く済むんだけどな」っていうときでも「嫌だよ」「このデザインがいい」って言われたら「行きましょう」って決めて進まなければいけない。

月100台売れるロングセラーはこうして生まれた

――いわゆるビジネスとしての取引というよりは、作家と企業のような関係の元、共同作業で製品化するような印象を持ちました。以前にFabSceneでも取り上げたUSB2BTやUSB Cable Checkerは、同人ハードウェアからアップデートを重ねて売れている例ですよね。

阿部 そうですね。USB2BTは、現在でも月100台以上売れることもあります。

原田 USB2BTは最初、作者(そーためい氏)が三月兎に商品を持ち込んでくれたんです。私が秋葉原にあるビット・トレード・ワンの事務所に電話して「阿部さん、すぐ来て!」って(笑)。それで事務所で作者さんと話をして、そこからですね。

――USB Cable Checkerはどう経緯だったんですか。

原田 これは家電のケンちゃんに私が移ってから、ちょっと経ったぐらいの頃ですね。Webで売っているのを見て、買って試してみたら「これ面白い!」と思ったんです。

それで店頭で扱うようになったら予想通り売れたんですけど、途中で「これもったいないな」って思ったんです。全国に流通できるようにした方がもっと売れるだろうと。作者さんに相談して「これはやった方がいいと思う。家電のケンちゃんはビット・トレード・ワンさんから買えばいいだけだし、量産したらいいんじゃないの」って。

阿部 おかげさまで、現在では主力商品の一つになっています。原田 うちで売っていても、もったいないんですよ。もっと売れるのにって。個人だと大量に作るにも疲れちゃうし、予算の限界もある。1000台作るために100万円投資すること自体、個人ではなかなかできません。だから、これは売れそうだなと思ったら、阿部さんを紹介しています。

――ユニークなプロダクトとはいえ、在庫を抱えるリスクもありますよね。

阿部 もう、同人ハードウェアを応援するっていう気持ちですよね。制作者さんは開発に集中してもらいたいし、ユーザーサポートや在庫管理、生産などを全部切り離して、うちがカバーしますというのが、BTOマイ・プロダクトサービスのコンセプトです。

原田 結局、店舗で売っても、たかが知れてるんですよ。通販をやっていても一店舗の売上には限界がある。それが全国流通になり、量販店に並ぶようになると、売上数がとんでもないことになる。

阿部 原田さんは海外製品の仕入れも、早い段階からやっていましたよね。

原田 自分が得意なゲーム系ジャンルで気になった商品は、SNSやWebサイトで探していましたね。共通の知り合いがいれば詳しい情報を尋ねることもありますが、基本的には自分で買ってみて、良いと思ったものにコンタクトしています。

阿部 海外から入れる場合は、全部動作確認してから販売していたんですよね。

原田 そうです。改造キットの場合、お客様が壊してしまう可能性もありますからね。基本的には自分が動作確認して、問題なく動くことを確認した上で販売していました。そうしないと、買ったお客様から「なんで壊れるんだ」と言われても、「こういう理由で、お客様が壊した」とも言えません。こういったリスクのある商品は、大手のECでは売れないですよね。

三月兎閉店の衝撃──「店員の移動」がニュースになった日

――原田さんが同人ハードウェアを扱い始めた三月兎は、2017年に全店閉店されましたね。この経緯についても、振り返っていただけますか?

原田 閉店の理由は経営不振ですね。当時の売れ筋商品があったんですけど、法律的に販売できないことになって、それを機に売上に大きな影響が出たんです。また、店舗を広げすぎたことも大きいですね。最大で秋葉原に5店舗ありましたから。

――秋葉原だけで5店舗も!

原田 やめろとは言ったんですけどね(笑)。私個人としては1店舗が100%、110%ぐらいまで出来上がったら次の店舗を考えるという考えでしたが、70%ぐらいの完成度でも次の店舗を作っちゃった結果、うまくいかなかった。

――その後、原田さんは家電のケンちゃんに転職されたわけですね。

原田 三月兎の社長と、家電のケンちゃんで後に私の上司になる人間と自分で会う機会がありました。そこで三月兎の社長が「原田もひっくるめて同人ハードを全て家電のケンちゃんに移動できないか」と提案してくれたんです。

せっかくここまで何年もやってきたし、ある程度お客様もいるから、ジャンルとして残そうという思いだったようです。

――それは大英断ですよね…。

原田 家電のケンちゃんの運営会社も、よく許してくれましたよね。在庫もそのまま移動するような感じで。私が転職したことも、AKIBA PC Hotline!で触れられました。店員の転職がニュースに載るのかって、衝撃を覚えましたね(笑)。

阿部 同人ハードウェアというジャンルが残ったよっていう側面が大きかったと思います。

電子部品が消えた──ゲームソフトケースで乗り切ったコロナ禍

――コロナ禍のときは同人ハードウェア周辺も大変だったと思うんですが

原田 大変でしたよ。部品が全然入らないし、値段も上がっちゃって。

阿部 本当に大変な時期でしたね。

原田 非常事態宣言中は、3ヶ月ほどお店を閉めましたが、通販は続けていました。夕方6時ぐらいに秋葉原に来て、出荷する商品の梱包・出荷作業をしていました。ただ、電子部品が市場にないから、同人ハードウェアの制作者さんも手に入らなくて、なかなか新しい商品が出せなかった時期が続きました。そんな時期の救世主だったのが、ゲームソフトのプラスチックケースです。

――ゲームソフトのケース?

原田 お客様でもあった制作者さんが、個人用にゲームソフトのコレクションボックスを作っていたんです。ある日「これってケンちゃんで売れますか」と、持ち込まれたのがファミコンやスーパーファミコンのような、ある程度サイズが決まっている組み立て式のプラスチックケースでした。これがゲームコレクターに刺さりました。

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コロナ禍の家電のケンちゃんを支えたゲーム用カセットケース(画像出典元:家電のケンちゃん)

同じようなケースを作っている企業もあるのですが、素材が向こうはPPなんですよ。こっちで扱っている製品はPET製で硬くて強度がいい。しかも、0.5ミリ刻みで内径を調整しているので、ゲームのパッケージがビシッと入る。個人製作だからこそのこだわりが詰まった製品です。

――それで乗り切ったわけですね。

原田 それがなかったら、ヤバかったですね。現在も20種類ほどのラインナップがあり、安定的に売れています。

売上の9割以上が通販──それでも秋葉原に店舗を持つ理由

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家電のケンちゃんの店頭(写真提供:原田氏)

――店舗に訪れる客層も変わってきましたか。

原田 大きく変わりましたね。秋葉原って今、観光地ですもんね。最近、衝撃を覚えたのが、お昼を食べに秋葉原に来たっていう方がいて。お昼ご飯を食べに秋葉原に来るって、結構衝撃でした。

昔は飲食店がほとんど無かった。それが今、飲食店なんて把握できない量ありますし、その流れもあって、観光客も増えました。ラジオセンターやラジオデパートといった、こぢんまりとした店が密集してる雑居ビルを珍しがって見に来る方も随分増えました。

――店舗の売上と通販の割合はどうなんですか。

原田 店舗で売れる量って、7パーセントぐらい。ほぼほぼ通販です。

――そこまで差があるんですね!

原田 人気がある商品は瞬殺で売り切れることもあり、同じ千代田区からでもオンラインで注文が来ます。そうすると、リアル店舗の価値は何かあるかと言えば、面白いものが見つかるという点ですね。

阿部 秋葉原に店舗がないと、信用性は落ちますよね。

原田 リアル店舗が無いと「アキバでやっている」って言えなくなります。毎週来るお客様もいますが、ラジオデパートとかラジオセンターのような、こぢんまりとしたところじゃないと経営は厳しいですね。普通の路面店なんて家賃が高すぎて不可能です。

――制作者側の変化も、この十数年でありましたか?

原田 個人で電子基板を発注できるようになったことで、大きな転換期を迎えたと思います。

昔はもう、個人で基板の発注は法人じゃないと国内の業者さんが受けてくれませんでした。そのために法人化する方もいたみたいですね。それでも、すさまじくコストが高かった。今は基板製造だけでなく3Dプリントも切削加工も、データを投げて高品質かつ低価格で納品される。以前に比べたら個人でもハードウェアを作りやすくなっているし、圧倒的に環境が良くなっていると思いますね。

プロデビューに海外展開、C to B──未来に向けて変えるものと変わらないもの

――最後に、今後の抱負を教えてください。

阿部 具体的な話として、3つほど考えています。

1つ目はBTOマイプロダクトサービスを使って、プロになれる方を作りたい。YouTubeからの収益だけで食べていけるYouTuberがいるように、弊社からのロイヤリティだけで食べていける方をもっと増やしたいと思っています。電子工作のプロでありながら、文字通り「プロフェッショナル」として、色々なしがらみから解放された中で、好きな電子工作で食べていける方を増やしたいと考えています。

2つ目が海外展開。海外の同人ハードは日本国内に入ってきていますが、日本の同人ハードウェアを海外にもっと出していきたい。

そして3つ目は、「CtoB」と勝手に言っていますが、個人が作った製品を企業に売りたい。同人ハードウェアの中には、企業にとっても便利な商品もあるのですが、個人製作のものを買うとなると、長期的にちゃんと生産される体制や品質保証の問題は避けて通れません。そこを私たちが取り持つことで、個人の製品がエンタープライズでも売れるようにしたいですね。

原田 お店は続けてはいくでしょうね。ただ、現状の売上の大半は通販経由なので、店舗に行けば面白いものがあるという価値に注力したいですね。

あとは若手の育成も急務です。うちのような雑貨店の場合、広く浅く知識を持った人が欲しいんですよね。尖った専門性って、実はあんまりいらない。むしろ接客のほうが大事です。

――接客する上で大事にしていることはありますか?

「この人に物を売ると、お互いに不幸になるな」ってときは売りませんし、無理に勧めることはありません。電子工作の商品を扱う上で、「簡単です」は絶対に言わないようにしています。うちで扱っている商品は、ある程度知識が必要です。

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家電のケンちゃんのECサイトにある注意書き。この3つに同意しないと購入できない。

同時に制作者も同じように覚悟は必要です。例えばキットで部品の漏れがあった場合は、制作者が直接対応するようにお願いしています。あとはリチウムポリマー電池はキットに入れずにユーザーが任意で購入するなり、USB Type-C経由で給電できるようにするといったリスクヘッジも重要です。もし、自分の製品が原因で火災を起きたら、法的には非常に不利な立場になります。少なくとも、同人ハードウェアにおいては一般的な電池に勝るものは無いですよ。

個人製作文化を支え続ける2つの視点

約2時間に及ぶ座談会を通じて見えてきたのは、同人ハードウェア文化が無数の人間関係の積み重ねによって支えられてきたという事実だ。阿部氏は製品化のインフラとして、原田氏は作家と顧客を繋ぐハブとして、それぞれ異なる役割を果たしてきた。

2010年代初頭の秋葉原から始まったシーンは、今や毎月100台以上のロングセラーを生み出す製品を生み出す規模にまでに成長している。基板発注の民主化、3Dプリンターの普及──製作環境は劇的に改善され、個人でもハードウェアで生きていける時代になった。

原田氏は店舗の価値を信じ、阿部氏はこれまでの経験を軸に新たな可能性を見据える。「同人ハードウェア」という言葉が生まれて15年。個人の情熱が形になり、市場に届くサイクルを支える仕組みは、今も進化を続けている。

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FabScene編集長。大学卒業後、複数の業界でデジタルマーケティングに携わる。2013年当時に所属していた会社でwebメディア「fabcross」の設立に参画。サイト運営と並行して国内外のハードウェア・スタートアップやメイカースペース事業者、サプライチェーン関係者との取材を重ねるようになる。
2017年に独立、2021年にシンツウシン株式会社を設立。編集者・ライターとして複数のオンラインメディアに寄稿するほか、企業のPR・事業開発コンサルティングやスタートアップ支援事業に携わる。
2025年にFabSceneを設立。趣味は365日働ける身体作りと平日昼間の映画鑑賞。

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