自分が寝ている間も、パソコンが動き続けて仕事をしてくれる。その様子に、生き物への愛着に近い感動を覚えた。そう振り返るのは、Raspberry Piの入門書を2冊手がけ、初心者向けブログ「sozorablog」を運営するそぞら氏だ。
出発点は、ものづくりともエンジニアリングとも無縁の職場にあった。2026年5月27日には、2冊目の著書『ラズパイPico 2 W かんたんIoT電子工作レシピ』を刊行。独学でプログラミングを覚えたというそぞら氏は、いかにして初心者に寄り添う書き手になったのか。
なお本記事は、そぞら氏の意向により、対面のインタビューではなく、テキストを往復するやり取りでの取材にもとづいている。
そぞら氏の本業は、ものづくりやエンジニアリングとはまったく異なる分野にある。転機は2020年ごろ、勤め先で部署のDX(業務のデジタル化)担当に選ばれたことだった。そこからPythonというプログラミング言語の独学が始まる。
「学ぶというよりは、実際にプログラムを作りながら必要なことを調べていった感じです。当時は生成AIもなく、毎日ひたすら検索しながら試行錯誤していました」とそぞら氏は当時を振り返る。「やっとの思いで一つの壁を越えたら、またすぐ次の壁がくる。毎日がその繰り返しでした。それは今もあまり変わりませんが(笑)」
最初に取り組んだのは、どうしても作りたかった自動化ツールだった。あるWebサイトをスクレイピング(サイトの情報を自動で集める手法)し、異常がないかを24時間監視し続ける仕組みで、完成まで半年ほどを費やした。これが職場の面倒な作業を大幅に減らし、周囲から感謝される。独学のなかで得た、大きな成功体験だった。
ただ、そぞら氏の心を強くとらえたのは、業務効率の改善だけではなかった。
「自分が寝ている間も、パソコンがずっと動き続けて仕事をしてくれることに、何とも言えない感動があったんです。単なる機械というより、生き物に対する愛着に近いものを感じるようになりました」
自分が書いたプログラムが、手を離れたあとも動き続ける。その光景への愛着が、のちの制作活動につながっていく。
Pythonを少し扱えるようになったころ、そぞら氏は上司からRaspberry Piの存在を教わる。2021年ごろのことだ。会社で購入したRaspberry Piを手に取り、工場向けの仕組みをいくつも試していった。画像認識でメーターを読み取ったり、センサーで異常を通知したりと、用途は実務に直結していた。
小さな基板が現実の装置として動くさまに、そぞら氏はのめり込む。
「こんな小さな基板で、ここまでできるのか、と。会社中をRaspberry Piだらけにしてやろうと本気で思っていました(笑)」
熱はそのまま個人の活動へ広がった。自分専用の一台が欲しくなりRaspberry Pi 4を購入。関連書籍や電子パーツのセットも買い込み、いわゆる「沼」にはまっていく。同じ2021年、作品をSNSへ投稿し、初心者向けブログ「sozorablog」での発信も始めた。会社で出会った道具が、個人の創作の中心になっていった。
そぞら氏はプロフィールに「技術が人の手に戻る感覚」という言葉を掲げている。その真意を尋ねると、技術をただ消費して終わらせたくない、という思いが返ってきた。
「今は便利な技術が増え、『使えていること』と『理解していること』を混同しやすい時代だと思います。コンピュータの中では多くの処理が行われていますが、その仕組みを意識しなくても使えてしまうからです」
電子工作は、その対極にある。自分で配線し、プログラムを書き、実際に動かさなければ何も起きない。そして、たいてい思いどおりには動かない。
「やってみると、思っていた3倍くらいうまくいきません。配線ミスやプログラムのエラー、センサーの不安定さなど、想定外の連続です。でも、その試行錯誤を通して、なぜ動くのか、なぜ動かないのかを、自分の感覚として理解できるようになります」
自分の書いたプログラムでLEDが光り、モーターが動き、ディスプレイの表示が変わる。画面の中だけで完結しない、手触りのある体験。そこにこそ価値があるというのが、そぞら氏の考えだ。
最初の著書『ラズパイPico W かんたんIoT電子工作レシピ』(技術評論社)の話が舞い込んだのは2023年ごろ。ブログ経由で出版の打診が届いた。書籍出版を目標に掲げた直後のことで、そぞら氏自身も驚いたという。
うれしさの一方で、不安もあった。自分より詳しい人はいくらでもいるのに、本を書いて大丈夫なのか。その迷いを編集者に正直に打ち明けると、思いがけない言葉が返ってきた。初心者向けの企画だからこそ、独学経験のある人の視点に価値がある、と。
「そのお言葉のおかげで、初心者と同じ目線で伝えることが自分の役割だと思えるようになりました」
執筆は試行錯誤の連続だった。説明をどこまで踏み込み、どこを省くか。正確さを求めれば説明は複雑になり、情報量が増えれば初心者は離脱する。編集者と何度も議論しながら、初心者が離脱せずに最低限のスキルを学べるギリギリのラインを探り続けた。
独学の日々では、心が折れかけたことも一度や二度ではない。「というより、一度諦めて別のことをしていたケースも多いです(笑)」。それでも、風呂に入っているときや寝る前など、ふと頭から離れた瞬間に解決策がひらめく。煮詰まったら一度離れる。その大切さを、そぞら氏は経験から学んできた。
一時期は体調を崩し、治療が必要な時期もあった。それでも手を動かして何かを作っている時間だけは没頭でき、続けられたという。自分が続けていくのはこれだと確信したのは、そのときだった。ものづくりが、そぞら氏自身を支えていた。
そぞら氏の2冊の著書は、いずれもRaspberry Piの小型マイコンボード「Raspberry Pi Pico」シリーズを題材にしている。背景には、最初に触れたデバイスがRaspberry Piだったという愛着と、情報発信上の判断がある。知名度の高いRaspberry Piにテーマを絞ったほうが、多くの人に届きやすいと考えたためだ。
新刊が対応する「Raspberry Pi Pico 2 W」の強みを、そぞら氏はセットアップ手順のシンプルさに見ている。
「Linuxが動く一般的なRaspberry Piと比べると、OS環境の影響を受けにくい点が特徴です。Raspberry Pi OSはアップデートにより、設定方法やライブラリの使い方が変わることがあります。その変化によって『本の通りにやったのに動かない』という問題が起きやすい。その点、Pico 2 Wは比較的構成がシンプルなので、長期間同じ手順を扱いやすいと感じます」
一方で、弱みも率直に語る。Pico 2 Wは画像処理やAIのような高負荷な処理には向かず、接続できるパーツも限られる。
価格も選定の決め手になった。Pico 2 Wはおよそ1300円程度(記事初出時点)で手に入る。
「電子工作は、難しそう、壊しそうという心理的ハードルがあります。その点、1300円程度という価格は、まずは試してみようと感じやすい価格帯だと思います」
そぞら氏のブログのコメント欄には、配線のミスや通信のタイムアウト、ファームウェアの非対応など、読者からの具体的なトラブル相談が並ぶ。一つひとつに返信を重ねるなかで見えてきたのが、初心者が最もつまずく壁の正体だった。
「何が原因なのか切り分けできないことだと感じます。配線ミスなのか、Wi-Fi設定なのか、ファームウェアなのか、コードの書き方なのか、どこで問題が起きているのかわからないケースが多いです」
この気づきが、本やブログの構成を貫く方針につながっている。新刊では、いきなり完成品を見せず、機能ごとに小さな仕組みを積み上げていく流れを採用した。
「いきなり完成形を作ろうとするよりも、機能ごとに小さく動かしながら積み上げていく方が、結果的に遠回りが少ないと感じています。なぜ動くのか、どこで問題が起きているのかを理解しやすく、機能を追加したり変更したりする応用も効きやすいからです」
電子工作には、配線、通信、プログラムといった複数の要素が絡み合う。最初から全部を組み合わせると、どこでつまずいているのか見えなくなる。小さく動かし、小さな成功体験を積み重ねる。その過程で、問題の切り分けというスキルが自然に身につくよう設計されている。読者が「自分でもできる」という感覚にたどり着くこと。それが狙いだ。
新刊には「ChatGPTに電子工作をサポートしてもらう」という章がある。そぞら氏は、生成AIの登場で電子工作の参入ハードルがかなり下がったとみる。
「以前は問題に突き当たっても検索ワードすら分からず、そこで止まってしまうことが多かった。でも今は、LEDが光らない、このエラーは何かと、自然な言葉で質問できる。さらに、スクリーンショットや写真を見せながら相談もできる。これはかなり大きな変化です」
ただし同じ章の中には、「すべてChatGPTまかせにしないための心構え」という記述も置いた。便利さの裏にある危うさを、そぞら氏は見過ごさない。
「情報が少ない部品や特殊な環境では、もっともらしく見えても正確ではない場合があります。そのため、本当に正しいのか、自分の環境に合っているのかを自分でも考えることが大切だと思っています」
その上で、AIとの向き合い方をこう表現する。電子工作は、実際に配線し、動かし、失敗しながら進めるものだ。「ChatGPTに丸投げするのではなく、一緒に試行錯誤してくれる相棒として使う姿勢が重要だと感じています」
そぞら氏が見据えるのは、電子工作に触れたことがない人へ向けた入口づくりだ。スカウター風の表示や、レーダーのように見えるUIなど、どこか懐かしさや子どものころの憧れを刺激する作品で、関心のなかった人にも届けたいと話す。
「こんな世界があるのかとワクワクしてもらえるように、写真の見せ方やキャッチフレーズなど、伝え方も含めて工夫していきたいです」
日々の発信で実感しているのは、高度な技術を使った作品だけが人の心を動かすわけではない、ということだ。シンプルな作品でも、発想次第で強い印象を残せる。「この程度の作品じゃだめかなと思わず、まずは自由に作って発信してみることが大切なのかもしれません」。これから作る側、発信する側に回ろうとする人へのメッセージでもある。
個人での活動の出発点には、電子工作を面白いと感じる人、自分でも作れると思える人を増やしたいという思いがある。自身もRaspberry Piで遊びながら学んできただけに、その楽しさを伝えたいのだという。
本業のDX担当として実務でものづくりに関わる経験と、個人での発信は、必ずしも地続きではないとそぞら氏は言う。それでも、共通する手応えがある。実際の現場では、室内では起きなかった問題が次々と現れる。周囲の明るさが変わるだけで、画像認識の精度が変わってしまうこともあった。
「でも、自分はそこがすごく楽しかったんです。なぜうまくいかないのかを考え、仮説を立てて、ひとつずつ改善していく。その過程に面白さを感じています」
その視線は、最初の自動化ツールに愛着を覚えたあの日から変わっていない。惹かれているのはロボットらしさではなく、自分が考えた仕組みが自律的に動き続けることのほうだ、とそぞら氏は語る。
「自分の手を離れた後も、決められたルールに忠実に働き続けている。その姿に不思議な愛着を感じたんです」
寝ている間も働くプログラムに心を動かされた会社員は、現在も手を動かしながら、初心者がその同じ感動にたどり着くための入口を作り続けている。