
個人のメーカーがハードウェアで生計を立てられる時代が到来している。エンジニアでありMakerの「あろえ」氏は、USB Type-Cケーブルの仕様を調べる「USBケーブルチェッカー」を2017年に開発し、個人で販売開始。その後、2019年10月にビット・トレード・ワンとの協業による2代目モデルを発表。iPhoneがUSB Type-Cに対応した2023年以降に売上が拡大し、これまでに累計2万6000台以上を売上を記録。開発者個人にとっても本業に匹敵する収入源となっている。
最新モデル「USB CABLE CHECKER 3」では年間売上1万台を目指すというあろえ氏とビット・トレード・ワン代表取締役の阿部行成氏に、個人開発者がハードウェアビジネスで成功する道筋を聞いた。
USBケーブルチェッカーとは

USBケーブルチェッカーは、USB Type-Cケーブルの対応規格や電源線の抵抗値を測定できる小型デバイスだ。見た目では判別できないUSB 2.0対応ケーブルと3.0対応ケーブルの違いや、電力供給能力を瞬時に表示するデバイス。詳しくは後述するが、2019年のリリース以降、2万台以上売れているヒット商品だ。
きっかけは「これは絶対問題になる」という直感
――まず、当時のあろえさんの状況も含めて、USBケーブルチェッカーを開発することになった経緯から教えてください。
あろえ氏:最初のUSBケーブルチェッカーを開発した2017年頃は、ほとんどアルバイトをしながら生活していました。大学を中退して就職に失敗した頃で、何か技術者っぽいことをやりたかったんですけど、学歴も無いし技術系の会社で働くのは無理そうだなという状況でした。
そんな中で「Makers」(クリス・アンダーソン)という本を読んだんです。Makerの時代が来ているという内容の本で、それにちょっと影響されて「自分で作って売る」という形もあるのかなと思い始めていました。
実際、USBケーブルチェッカーを作る前にも、Androidとつなげるオシロスコープなどをメーカー活動で自分のサイトで売っていました。そんな中で、とある日にUSB Type-Cの規格書を読んだんです。
――規格書を読んだときの印象はいかがでしたか。
あろえ氏:ものすごく複雑だなと思いました。そして、見た目では分からないケーブルがあることに気づいたんです。USB 2.0対応と3.0対応で見た目は同じなのに、いろんな機能を持ったケーブルができてしまう。これは絶対に問題になるやつだなと直感しました。
2017年当時はUSB Type-C自体はあったものの、まだ出始めでした。このタイミングで売れば、もしかしたら儲かるのかなという期待もありました。そういう生き方もあるのかなと思って作り始めたんです。

(写真提供:あろえ氏)
――開発期間はどの程度でしたか。以前に作られていたオシロスコープなどと比べて難易度はいかがでしたか。
あろえ氏:結構すんなりいきました。今まで作ってきたAndroid用のUSBオシロスコープなどに比べたら、ものすごく短期間でできました。結局、技術力というより、アイディア製品なのでそんなに時間はかからなかった。構想から完成まで最大でも2か月ぐらいじゃないでしょうか。多分1か月もかかってないと思います。
個人販売の限界と地獄の品質管理
――完成後はすぐに販売を開始されたのでしょうか。個人での販売体制はどのようなものでしたか。
あろえ氏:そうですね。最初は個人で販売していました。でも最初はそんなに売れなくて、月20台とか30台ぐらいでした。それが1年ぐらい経って、月100台から200台ぐらい売れるようになって、これはもう自分の手に負えないという感じになりました。
――「手に負えない」というのは、具体的にはどのような問題があったのでしょうか。
あろえ氏:一番大変だったのは品質チェックです。中国に基板製造を委託していたのですが基板に傷が入っていたり品質に関するトラブルは多かったです。
特にひどかったのは、400枚作ったときです。中国の製造元が使っていたフラックスクリーナーがあまりよろしくなくて、使い古しだったんです。既にフラックスが大量に溶け込んでいるクリーナー液を使っているので洗っているつもりが、さらに汚れてしまったという地獄のような状況でした。コネクタの中までフラックスまみれで、それを全部手作業で洗わなければいけませんでした。
――400枚すべてを手作業で?
あろえ氏:そうです。400枚を全部洗わなければいけなくて、そのためだけに超音波洗浄機を買ってフラックスクリーナーを何リットルも使いました。マジで地獄でしたね・・・。
それ以外にも、たまにType-Cコネクタの端子がハンダブリッジしてるときがあるので、それをチェックするために自作の専用の器具を使って一つ一つ確認していく作業は、一番ひどいときで丸一日以上かかりました。

――そんな状況の中で、ビット・トレード・ワンとの協業が始まったのですね。最初のコンタクトはどのような経緯だったのでしょうか。
阿部氏:「家電のケンちゃん」(秋葉原にある同人ハードウェアや中古PCなどを扱う専門店)の原田さんからご紹介いただきました。あろえさんが当初、家電のケンちゃんでも販売されていた関係で、原田さんから「あろえさんが非常に困っていそうだ」という話をお聞きしまして。
――ビット・トレード・ワンのサポート体制について、具体的にはどのようなものだったのでしょうか。
あろえ氏:製造から商品のチェック、お客さん対応まで全部やってくれるということでした。それまで自分がやっていた面倒な作業を全部この人に任せた方がいいんじゃないかと思いました。
阿部氏:私たちとしては、メーカーに限らず、作者さんの設計だったり気持ちや思いを大事にしたいと思っています。ただ、やっぱり製品になるので、「ここは絶対こうした方がいいよ」というところもありまして、そこは相談させていただきながら進めています。
USB CABLE CHECKER 2で大幅な機能向上を実現
――そのタイミングで製品をブラッシュアップして、USB CABLE CHECKER 2として発売することになったわけですね。具体的にはどのような改良を加えたのでしょうか。
あろえ氏:一番の改良点は、ケーブルの電源線の抵抗値が分かるようになったことです。前はLEDだけでの表示でしたが、LCDを付けることでより詳細な情報が分かるようになりました。
これは結構重要な機能なんです。USBケーブルチェッカーでテストして電源線は繋がっているのに、なぜか機器がうまく動かないというケーブルがよくあったんです。
――それはどういう原因だったのでしょうか。
あろえ氏:調べてみると、そういうケーブルは使っているうちに内部で電源線が断線しかけていることが分かりました。電源線が細くなって一か所だけ抵抗値が高くなっているんです。そうすると、電流を多く引く機器だと動かないけど、電流をあまり引かない機器なら動くという、ちょっと不安定な状況になってしまうんです。
こういう微妙な不具合を持ったケーブルを検出できるようになったのが、2の一番のポイントですね。

――ビット・トレード・ワン側では、どのような点に気を付けて製品化を進めたのでしょうか。
阿部氏:今回の製品に関してはほぼあろえさんの設計そのままで進めました。私たちがやったのは、本当にちょっとしたところです。思い出せるのは、抵抗値表示の移動平均時間をもう少し長くした方がいいんじゃないかとか、ツールチップがあった方がいいんじゃないかとか、その程度ですね。
あとはマニュアル作成やパッケージデザインなどを担当させていただきました。できるだけあろえさんの思っているところに近づけるということをやりたいと思って進めました。
累計2万6000台、iPhone効果で売上が3倍に

――USB CABLE CHECKER 2の販売実績について、詳しく教えていただけますか。
阿部氏:2019年10月の発売開始から現在まで、累計で2万6000台以上売れています。月ごとの推移を見ると、最初は月400台程度でしたが、特にiPhoneがUSB Type-Cに対応した2023年9月以降は売上が大幅に伸びました。
あろえ氏:実感としては、iPhoneがType-C対応したあたりから一気に売れるようになりました。発売当初と比較すると2、3倍になっている月もあります。

(ビット・トレード・ワン提供のデータを基に編集部でグラフ作成)
――iPhoneの影響がそれほど大きかったのですね。Android端末は以前からUSB Type-Cでしたが。
あろえ氏:そうですね。AndroidでType-Cが普及したのは2018年ぐらいからでしたが、やっぱりiPhoneのインパクトは別格でした。iPhoneユーザーが一気にUSB Type-Cケーブルを使い始めたことで、ケーブルの品質や仕様を確認したいというニーズが一気に高まったんだと思います。
――販売価格と収益分配について、差し支えない範囲で教えていただけますか。
阿部氏:販売価格は6000円前後です。あろえさんとの収益分配については、1台あたり10%程度という形でお支払いしています。
――ざっくり計算すると、月の売上が好調なときは相当な金額になりますね。
あろえ氏:そうですね。300万円ぐらいの売上があるときもあります。私の取り分もそれなりの金額になるので、本当にありがたいです。
企業ユーザーからの支持とコピー商品との差別化
――どのような層からの支持が厚いのでしょうか。購入者の傾向は分析されていますか。
阿部氏:販売データを見ると、企業での購入が多いと推測しています。IT企業の情報システム部門の方や、販売店の方などが購入されているのではないでしょうか。
あろえ氏:クラウドファンディングをやったときも、結構企業の方が多かったです。有名なIT企業の方も普通に買ってくださっていて、「本当に普通に買うんだな」と驚きました。
――これだけ売れると、競合やコピー商品も出てくるのではないでしょうか。
あろえ氏:結構出てきていますね。私自身も結構チェックしていて、最近はe-Markerが読めるものなども出てきています。でも、コピー品は機能面でかなり劣っているものが多いと思います。
――具体的にはどのような違いがあるのでしょうか。
あろえ氏:廉価なコピー製品では抵抗値の計測機能がないのと、Type-Cプラグ内のプルアップ抵抗やプルダウンを判別する機能がなかったりします。本当に線がつながっているようにしか見えないような、ちょっとしょぼい感じですね。
基板だけで販売しているものもあって、アクリルプレートも付いていません。電源も電池ではなくUSB給電なので、毎回使うためにUSBケーブルを繋げなければいけないという面倒くさい仕様の製品もあります。
――技術的な参入障壁があるということですね。
あろえ氏:そうですね。USBの規格が分からないと作れないので、結構開発力勝負になると思います。多分、表面的にコピーしただけでは、同じレベルのものは作れないでしょう。
最新モデル「USB CABLE CHECKER 3」で2年越しの挑戦が実る

――最新モデルのUSB CABLE CHECKER 3について詳しく教えてください。開発のきっかけは何だったのでしょうか。
あろえ氏:3を作ろうと思った理由は大きく3つあります。まず、ポートチェック機能を付けたかったこと。これは結構目玉なんですが、ケーブルチェックにとどまらず、ポートが持っている属性を調べられるようになりました。
既存のUSB電流計の流れを組む製品でポートを調べる機能がある製品があるんです。でもたくさん項目があるメニューの中にその機能があるので、ちっちゃいボタンをポチポチしないとできなくて、すごく面倒くさかった。挿したらすぐにポートの属性を表示してくれるものが作りたかったんです。
――2つ目のポイントは何でしょうか。
あろえ氏:eMarkerが読めるようになったことです。USB Type-Cのプラグの中に入っているICがあるんですが、そこに「最大何アンペアまで流せます」とか「何ボルトまで使えます」みたいな情報が入っています。CHECKER 2ではそれができなかったので、それをできるようにしました。
3つ目は、ちゃんとした射出成形の筐体にしたことです。前はアクリルパネルでサンドイッチした設計だったのでちゃんとした製品感が薄かった。今回は本当に製品らしい、店頭で売っていても100%安心というような製品を作りたかったんです。
――開発は順調に進んだのでしょうか。
あろえ氏:実は結構苦戦しました。CHECKER 2を作った直後ぐらいから作り始めたんですが挫折した期間が2年ぐらいありました。
USB PD(USB-Type-C経由で給電できる規格)のプロトコルを完全に理解できていなくて、実装に苦戦してしまったんです。でも去年の頭ぐらいからまた作り始めて、何とか今に至ります。
――筐体の設計について、ビット・トレード・ワンからはどのようなサポートがありましたか。
阿部氏:量産しやすさや不具合が出ないよう、私たちの方でサポートさせていただきました。3Dプリンターでは製造できない形状もありますから、抜き勾配の問題や組み立て時のスイッチの構造、ディスプレイを押さえる部分など、そういったところを調整しました。
あろえ氏:筐体のプロトタイピング自体は、自分で持っている3Dプリンターでしましたが、そこから金型を考慮した設計への変更作業などは、ビット・トレード・ワンさんにやってもらいました。
Kickstarterで海外展開、1日で目標達成
――今回、Kickstarterでのクラウドファンディングを実施されましたが、これはどちらからの提案だったのでしょうか。
阿部氏:弊社からの提案です。CHECKER 2がアメリカで結構売れてきていたので、最初から海外展開を狙ってKickstarterで出そうということになりました。
あろえ氏:最初は「成功しなかったらどうしよう」と心配でしたが、1日ぐらいで目標金額に達しました。最終的には1500人以上に支援していただけて、「やってよかったな」という感じですね。
――海外での反応はいかがでしたか。
阿部氏:想像以上に良い反応をいただきました。海外に対してもちゃんと需要があるということが確認できましたし、これを機に一般販売でも海外展開をしっかりやっていきたいと思っています。
――一般販売のスケジュールはいかがでしょうか。
阿部氏:現在、中国の工場で生産中です。6月末に工場から出荷される予定でバッカーへの発送を完了次第、一般販売を開始します。少なくとも8月、9月には絶対に出したいと思っています。
年収1000万円も視野に、海外展開で年間1万台を目指す
――今後の売上目標について教えてください。
阿部氏:年間1万台を目指したいですね。CHECKER 2の実績を見ると年間6000台程度売れているので、3では年間1万台は十分狙えると思います。
あろえ氏:年間1万台売れれば、私の収入にも大きく反映されるので、本当に期待しています(笑)
――USBケーブルチェッカーの成功で、何か大きな買い物をされたことはありますか。
あろえ氏:PhoneがType-Cに変わったタイミングで売上が急伸したので、40万円ぐらいのMacBook Proを買ったぐらいですね。
――売上の成功により、働き方にも変化があったのではないでしょうか。
あろえ氏:そうですね。働かなくてもお金が入ってくるので、単純に嬉しいです。心の余裕が生まれます。今はフリーランスの開発エンジニアとMaker活動が半分ずつぐらいの割合ですが、Makerの方が楽しいので、こちらを伸ばしたいと思っています。自分で設計したものが売れていく方が楽しいんです。
――USB CABLE CHECKER 3が出てくると、競合他社も新しい製品を出してくるのではないでしょうか。
あろえ氏:結構見ていますね。私自身も結構チェックしていて、e-Markerが読めるものなども最近出てきています。でも3を出したので、また差を付けなければいけないという感じです。
――技術的なアドバンテージは維持できそうでしょうか。
あろえ氏:あのレベルのものは、多分すぐには作れないと思います。結構自信があります。3は本当に難しかったんです。ずっと作ろう作ろうと思っていたのですが、ハードルが高いのと、私自体がUSB PDのプロトコルを完全に理解できていなくて苦戦していました。
CHECKER 2を作った直後ぐらいから作り始めたのですが、2年ぐらい挫折していた期間があります。去年の頭ぐらいからまた本格的に作り始めて、やっと完成にこぎつけました。これだけ時間をかけているので、そう簡単にはコピーされないと思います。
SNSでバズって終わりではもったいない
――最後に、これから個人でハードウェア開発に取り組む人にアドバイスをお願いします。
あろえ氏:日本各地でニコニコ技術部のイベントやMFTが定期的にに開催されていたり、日本のMaker人口自体はおそらく海外よりもたくさんいるんじゃないかと思うんです。ものづくりを楽しむことに対しては結構カジュアルだと思うんですが、あまりビジネス方面に向いていないなと感じています。
SNSで自分の作ったものを出してバズらせて、それで終わりになってしまっている人が多いんです。それはもったいないと思います。作って売って儲けるサイクルを回してほしい。
SNSでバズらせるのも一つの形だと思うんですが、結局、数十秒で人の注意を引きつけて終わりというのは、Makerとして社会との接点を持っていくには弱いと感じます。製品を人に届けることで、継続的に人と社会との接点を作っていくことが大切だと思うんです。
そこまで行ってほしい。作って、世に出して、どれだけ反響があったかを観測するまで行ってほしいというのが、私の思いです。1回バズって終わりましたというのは、ちょっと寂しいかなと思います。
――ビット・トレード・ワンとしては、そうした個人メーカーをどのようにサポートしていきたいとお考えですか。
阿部氏:あろえさんのパターンが典型的だと思うんですが、自分で作ったものが売れてくると、製造やサポート、発送業務などがすごく増えてきて、それをやっていると次の製品が作れなくなってしまうんです。
Makerの方はやっぱり新しいものを作るのが好きだと思うので、そういったことに集中していただけるような環境を作るのが私たちの役割だと思っています。売れているかどうかに関係なく、本当に新しいものを作るということに集中していただける環境を作りたいと思っています。
個人開発者でも、適切なパートナーとの協業により、ハードウェアで安定した収入を得られる時代が到来している。あろえ氏の成功事例は、「作ったもので稼ぐ」ことの可能性を示している。
技術力とアイディア、そして適切なビジネスパートナーとの出会いが、Maker活動を大きく飛躍させることができるのだ。USB Type-Cの普及という時代の波を捉え、2年間の挫折を乗り越えて最新モデルを完成させた執念。そして何より、「SNSでバズって終わり」ではなく、継続的に社会との接点を持ち続ける姿勢こそが、真の成功をもたらしているのかもしれない。
なお、USBケーブルチェッカー3はクラウドファンディングは終了しているが、記事でも紹介したとおり2025年夏〜秋ごろには一般販売を開始予定とのこと。気になる読者はビットトレードワンとあろえ氏のSNSをフォローすることをお勧めしたい。