
象印マホービンが2025年6月9日からクラウドファンディングを開始したスマートコースター「mizlog(ミズログ)」。一見するとシンプルなガジェットに見えるが、その背景には同社の20年以上にわたる見守りサービスの知見と、「売って終わり」から「継続サービス」への大胆な事業転換がある。
クラウドファンディングは現在のところ目標達成に向けて課題を抱えているものの、象印の新事業開発室責任者へのインタビューから、老舗メーカーが提案する新しいライフスタイルと、その挑戦的な開発ストーリーが見えてきた。
mizlogは手持ちのコップやタンブラーをコースターに置くだけで、水分補給量を自動記録するデバイス。一定時間飲水しないとLEDライトとアプリ通知でリマインドし、1日の目標達成時や他のユーザーが飲水した際には異なる発光パターンで演出する。複数ユーザー間で飲水状況を共有できるグループ機能も備え、従来の一方向的な「見守り」から、お互いを気にかける「共感」へのコンセプト転換を図っている。
目標金額は1120万円、予定販売価格は1万4800円で、8月6日までクラウドファンディングを実施している。
7年越しの開発、高齢者見守りから働く世代へのピボット
mizlogの開発は2019年、象印が2001年から提供している高齢者見守りサービス「みまもりほっとライン」の発展として始まった。当初は高齢者の服薬支援を目的としていたが、開発過程で大きな方向転換を経験している。
象印新事業開発室の岩本雄平氏は開発経緯について次のように語る。「最初は訪問看護事業者からの相談で、高齢者の服薬を見守れないかという話から始まりました。そこから解決すべき課題を高齢者の熱中症にシフトし、現在のようなコースター型のみまもり機器を開発しましたが、検討を進める中で監視されているような感覚を嫌がられることや、マーケットの小ささが課題として浮上しました」
さらに、高齢者にとってコースターにコップを戻すという動作自体が馴染みにくいという実用性の問題も発生。一方で、開発チーム内の20代30代メンバーからは「これは面白い」という反応があり、最終的にターゲットを「働く世代」にシフトした。
開発には服薬支援から水分補給支援への転換も含め、合計7年から8年の期間を要している。同社が2025年3月に実施した調査によると、20代から60代の1102名のうち約52%が水分補給を忘れがちで、約35%が十分な休憩を取れていないという課題が明らかになっていた。

製品開発では、ロボティクスベンチャーのユカイ工学と共同開発を行った。岩本氏が同社を選んだ理由は、見守りロボット「BOCCO」での「優しい見守り方」と、ハードウェアからアプリまでトータルな開発力にあったという。新事業開発室は既存部署から独立した6名の組織で、基本的に外部企業とのコラボレーションで製品開発を進めているため、象印の内製開発ではなく外部パートナーとの協業を選択した。
同社がクラウドファンディングを選択した背景には、サービス継続への強いこだわりがある。「みまもりホットラインをやっていて感じるのは、継続することに意味があるサービスだということ。今回も継続して使ってもらうアプリを提供し続ける必要があるため、あらかじめユーザー数の感触を掴みたかった」と岩本氏は説明する。
そのため、あえて「All or Nothing」方式を選択し、最低限のユーザー数が確保できない場合は事業化しないという明確な線引きをしている。また、発売前のユーザーフィードバック収集という意図もあった。
現状と今後の展開戦略
クラウドファンディング開始から約3週間が経過した現在、目標金額1120万円に対する達成率は10%(記事初出時点)と厳しい状況が続いているが、象印側も対応策を講じている。「商品がどういうものか、どういう良さがあるのかが伝わりにくいプロジェクトページになっていた」として、説明内容の再構成を実施した。
また、当初は女性をメインターゲットとしていたが、実際の支援者は男性が多いことが判明。「クラウドファンディング市場の構成が男性中心だと聞いており、仕事で集中しすぎてしまうビジネスパーソン向けの訴求を検討している」という。
体験機会の拡大にも取り組んでおり、ライターによる体験記の執筆や、同社が入居するWeWorkでの拠点間体験会を計画している。
家電メーカーの新たな挑戦
新事業開発室は2018年の象印創業100周年を機に設立された6名の部署。既存部署から独立した組織として、炊飯ジャーを活用したレストラン事業やマイボトル洗浄機など、従来の「作って売って終わり」から脱却した事業を展開している。
岩本氏は「健康経営視点からの企業導入や、家族・友人同士での利用拡大」を今後の展開として挙げており、単なる個人向けデバイスを超えた活用を模索している。
クラウドファンディングは8月6日まで継続される。老舗メーカーの新事業モデルが成功を収められるかが注目される。
画像提供:象印マホービン