
3Dプリンターで複雑な形状を作る際、サポート材と呼ばれる支え材が必要で、取り除いた跡が汚くなってしまう問題がある。また、斜めの面に縞模様が出てしまうなど、造形品質の向上を阻む制約が存在する。こうした従来の3Dプリンターの限界を突破するため、反保紀昭氏が新しい多軸3Dプリンターシステム「MAGE(Multi Axis Generative Engine)」を開発した。FabSceneの読者投稿フォームを通じて共有された資料を基に紹介する。
MAGEプロジェクトは、多軸対応汎用スライサーの「MAGE Slicer」、ポストプロセッサーの「MAGE Interface」、シミュレーターの「MAGE Simulator」、そして5軸3Dプリンターの「MAGE Printer」の4つのコンポーネントで構成される。反保氏は2021年後半から多軸3Dプリンターの開発を趣味で開始。2024年からはIPA(独立行政法人情報処理推進機構)の未踏アドバンスト事業の中で、約8か月間をかけて一連のシステムを開発した。
多軸3Dプリンターは、従来のXYZ3軸に加えて姿勢制御ができることが特徴だ。サポート材不要での造形や、層間剥離の軽減、綺麗な表面性状などの利点をもたらす。産業用途では材料ロスの削減や複雑な配管形状の造形、CFRP長繊維による高強度部材の製作などに活用される可能性がある。
「鶏と卵の問題」を解決する統合開発
多軸3Dプリンターが広く普及しない理由として、反保氏は「鶏と卵の問題」を指摘する。多軸3Dプリンターには専用のスライサーが必要だが、多軸3Dプリンターが普及していないために多軸対応スライサーも開発されず、結果として両方が普及しないという循環が生じていた。MAGEプロジェクトは、この問題を解決するために多軸3Dプリンターとスライサーを同時開発するアプローチを採用している。
MAGE Slicerでは、従来の平面スライスではなく、NURBS曲面を活用した「サンドイッチスライス」と呼ぶ独自手法を採用。2つのNURBS曲面で対象物を挟み、補間曲面を生成してスライスすることで、複雑な形状でも適切な造形パスを生成できる。同システムでは各点ごとに層間厚みを計算し、吐出量を適切に制御する機能も実装している。
開発したMAGE Printerは、coreXY-BC方式を採用した5軸3Dプリンターで、造形ベッドが±180度の傾斜と無限回転に対応し、ヒートベッドも搭載している。多軸制御による複雑な動作では衝突リスクがあるため、MAGE SimulatorではGPGPUを活用して数十万オブジェクトに対するリアルタイム衝突検出を自作で実装した。
5軸3Dプリンタとオープンソース化への取り組み
反保氏は多軸3Dプリンターを研究段階のテクノロジーと位置づけ、研究者の参入促進のため5軸3Dプリンターの販売を検討している。大学や高専の研究室、研究機関などからの受託開発を想定しており、科研費基盤Cの範囲内でハードウェア、ソフトウェア、スライサーまでを含むサポートを提供する予定だ。
また、3Dプリンター業界がオープンソースで発展してきた歴史を踏まえ、多軸用汎用スライサー、ポストプロセッサー、シミュレーターについてはPolyFormShieldライセンスでGitHub上に公開済みだ。一般的な3軸3Dプリンターの非平面印刷にも対応しており、ユーザー獲得も目指している。
開発過程では、スライサーで使用するopenCASCADEライブラリーの複雑さや、シミュレーターでの既存ゲームエンジンの性能不足など、技術的な困難に直面した。特にシミュレーターについては、要求する精度と速度を満たすため、最終的にGPU処理システムを全て自作することになったという。
※この記事は読者投稿フォームからの応募に基づいて作成しました。
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