
ドイツのエンジニア・アーティストNiklas Roy氏が、友人との飲み会から始まった「お遊び」プロジェクトを本格的な研究に発展させた。手のひらサイズの小さなロボットが複数台でペンを持って動き回り、自動的にアート作品を描いていく様子は、まるでSF映画のワンシーンのようだ。
きっかけは2023年10月、友人Felix Fisgus氏のスタジオでの何気ない会話だった。「小さな描画ロボットを作ってみよう」という思いつきで始まったプロジェクトは、予想以上に面白い結果を生み出した。
最初はホワイトボード上で複数のロボットを動かしてみたところ、あるロボットが線を描き、別のロボットがその線を消すという「ロボット同士のバトル」のような光景が生まれた。小さな機械たちが勝手に絵を描いたり消したりしながら、偶然できあがる模様がとても魅力的だったという。
まるで生き物のように動く小さなマシン

Roy氏が作ったロボットは、スマートフォンほどの大きさしかない。中身はArduino(電子工作でよく使われる小さなコンピューター)と、プリンターなどで使われるステッピングモーターという部品で構成されている。
このロボットの賢いところは、ただ決められた通りに動くのではなく、「状況に応じて行動を変える」ことだ。例えば、別のロボットにぶつかったり、既に描かれた線を見つけたりすると、その場で動作を変更する。
特に面白いのは「光センサー」を搭載したバージョンだ。ロボットの底に小さなセンサーを取り付けることで、床に描かれた線の色の違いを認識できる。これにより「線を見つけたらペンを上げる」「白い部分ではペンを下げる」といった反応的な動作が可能になった。
この仕組みによって生まれる絵には、人間が見ると不思議な「奥行き感」が現れる。実際は平面に描かれた線なのに、まるで立体的に見えてしまうのだ。これは人間の脳が「途切れた線は奥にある」「連続した線は手前にある」と自動的に判断してしまう錯覚を利用している。

60年前のアイデアを現代技術で復活
調べてみると、この種のロボットは実は1960年代から存在していた。MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究者たちが、子供たちにプログラミングを教えるために「タートル」と呼ばれる描画ロボットを開発していたのだ。
当時の研究者Seymour Papert氏は「子供が『前に進め』『右に曲がれ』といった簡単な命令でロボットを操作し、床に大きな紙を敷いて絵を描かせれば、楽しみながら数学的思考を学べる」と考えていた。
Roy氏のプロジェクトは、これらの古いアイデアを現代の安価な電子部品で実現したものだ。1960年代には高価で大掛かりだった技術が、今では数千円の部品で個人でも作れるようになっている。
Roy氏は自分の設計を惜しみなく公開している。3Dプリンターで作れる部品の設計図、電子回路の配線図、プログラムのソースコードまで、すべて無料でダウンロードできる。
必要な部品も身近なもので揃う。Arduino、小さなモーター、ペン、車輪代わりのゴムリング、そして3Dプリンターで作る本体部品。総額で数千円程度あれば、週末の工作で同じようなロボットを作ることができる。
Roy氏は「もっと高性能にしたい人は、マウスのセンサーを追加してみて」と提案している。これにより位置をより正確に把握でき、大きな板に精密な設計図を直接描くような実用的なツールにもなり得るという。
偶然から生まれる美しさ
このプロジェクトの魅力は、完全に制御されたアートではなく「偶然性」にある。複数のロボットが同時に動くとお互いに干渉し合い、予測できない模様が生まれる。人間が意図的に描こうとしても作れないような、独特の美しさがそこにはある。
また、人間の錯覚を巧みに利用することで、単純な線の組み合わせが複雑な立体感を持って見える点も興味深い。これは脳科学の分野でも注目される現象で、「なぜ人間はそう見えてしまうのか」という根本的な疑問につながっている。
Roy氏は「革新的なことは何もしていない」と謙遜するが、古いアイデアを現代技術で再現し、誰でもアクセスできる形で公開したことの価値は大きい。個人の工作レベルで学術研究に匹敵する洞察が得られることを示した好例といえる。