脳型AIチップ向け新素材をケンブリッジ大が開発、切り替え電流10nA以下

FabScene(ファブシーン)

AIが消費する電力の多くは、処理するたびにデータをメモリと演算ユニットの間で行き来させることに費やされる。ケンブリッジ大学材料科学・冶金学科のBabak Bakhit氏らの研究チームが、この構造的な無駄を解消しうる新しい素材を開発し、学術誌「Science Advances」に2026年3月20日付で掲載した。

開発したのはハフニウム酸化物(HfO2)をベースにした「メモリスター」と呼ばれる素子だ。メモリスターは記憶と演算を同じ場所で行えるため、データの行き来が不要になる。研究チームは、このような脳型(ニューロモーフィック)アーキテクチャを利用すればコンピューティングのエネルギー消費を大幅に削減できる可能性があるとしているが、それはあくまで将来のシステム設計における試算であり、今回の論文で実証した値ではない。

既存のHfO2ベースのメモリスターは「フィラメント方式」と呼ばれる仕組みで、酸化膜の内部に微細な導電性の細糸を形成・断裂させて状態を切り替える。この細糸の形成は確率的でばらつきが大きく、素子ごと・サイクルごとの動作が安定しないという課題があった。

研究チームはハフニウム酸化物にストロンチウムとチタンを加え、2段階の成膜プロセスを採用した。この方法により、酸化膜の内部にp型とn型の半導体が接するp-n接合が自己形成され、抵抗の切り替えはフィラメントではなくこの界面のエネルギー障壁の変化によって起きる。「フィラメント方式は動作がランダムになる。界面で切り替える構造のため、サイクル間・素子間ともに一貫した動作が得られた」とBakhit氏は述べている。

測定では、切り替え電流が10ナノアンペア以下を達成した。論文では「一部の従来型酸化物ベースデバイスと比べて約100万倍低い」と表現しており、比較対象はあくまで特定のデバイス群に限られる。数百の異なる電気伝導レベルを安定して保持でき、生物の神経可塑性を模した「スパイクタイミング依存可塑性(STDP)」も再現した。

ただし現実的な制約も明確に存在する。データの保持時間は約10万秒(約28時間)程度で、長期保存を前提とするメモリとしては不十分だ。それ以上に大きな課題は製造プロセスで、現在の成膜には約700℃の高温が必要であり、一般的なCMOS半導体製造の許容範囲を超えている。「これが現在の最大の課題だ。温度を下げて業界標準プロセスと整合させる方法を検討中だ」とBakhit氏は言う。使用材料はCMOS互換で、Cambridge Enterpriseを通じて特許も出願済みだが、実用デバイスへの統合はこの温度問題の解決に依存している。

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