
高精細な3Dプリンティングには極細のノズルが必要だが、市販品は1本あたり80ドル(約1万2000円)と高価で、金属やプラスチック製のため環境負荷も大きい。カナダ・McGill大学と米Drexel大学の研究チームは、蚊の口吻(こうふん)をノズルとして再利用する「3Dネクロプリンティング」を開発した。内径20マイクロメートルと市販品の約半分の細さで、製造コストは1ドル以下、しかも生分解性だ。
蚊のメスは血を吸うために、proboscis(プロボシス、口吻)と呼ばれる針状の器官を持っている。この口吻の内径は約20マイクロメートルで、白血球よりもわずかに細い。市販の最も細いノズル(36ゲージ)の内径が35〜40マイクロメートルであるのに対し、約100%細い計算になる。
研究チームはこの口吻を、高精細3Dプリンター用のノズルとして活用することを考えた。蛇の牙、昆虫の針、植物の導管など複数の候補を検討した結果、蚊の口吻が最適と判断した。まっすぐで均一な形状を持ち、約60kPa(キロパスカル)の内部圧力にも耐えられるため、粘度の高いバイオインクを押し出すのに十分な強度がある。
「ネクロプリンティング」の仕組み
研究チームはこの技術を「3Dネクロプリンティング」と名付けた。ネクロボティクス(死んだ生物の体を機械として活用する研究分野)に着想を得た命名だ。
Drexel大学の研究室で飼育された蚊から口吻を取り出し、顕微鏡下で標準的な30ゲージのディスペンサーチップに樹脂で接着する。これをシリンジ式の押し出し機構に接続すると、口吻がインクの最終出口として機能する。
研究チームは専用の3Dプリンターを設計し、ハニカム構造、メープルリーフの形状、がん細胞や赤血球を封入した足場構造などの印刷に成功した。細胞を損傷することなく封入できたという。
1ドル以下で製造、再利用も可能

蚊は研究室で安価に飼育でき、口吻1本あたりの製造コストは1ドル以下と見積もられている。適切に保管すれば数か月間使用可能で、圧力を安全な範囲内に保てば繰り返し印刷に使えることも確認された。使用後は生分解されるため、金属やプラスチック製ノズルのような廃棄物問題も生じない。
McGill大学のChanghong Cao准教授は「蚊の口吻を使えば、従来のツールでは困難だった極めて小さく精密な構造を印刷できる。生物由来のノズルは生分解性であり、廃棄されるはずの素材を再利用できる」と述べている。
応用先としては、組織工学用の足場構造、細胞を含むゲルの印刷、半導体チップなど微小部品の精密配置が想定されている。研究チームは今後、より強度が高いか、さらに細い口吻を持つ他の昆虫(アブラムシの口吻は内径1マイクロメートル未満)の活用も検討するという。
研究成果は2025年11月21日付の学術誌「Science Advances」に掲載された。

