東京大学ら、運動中の筋肉の動きを記録できる「着る計測器」を開発

FabScene(ファブシーン)

理化学研究所と東京大学の研究グループが、着るだけで全身の筋肉の動きを記録できる衣服型デバイスを開発した。ジャンプや走行などの激しい運動中でも、ノイズの影響を受けずに正確な計測ができる。研究成果は2025年10月15日に科学雑誌「Science Advances」オンライン版に掲載された。

筋肉が動くとき、わずかな電気信号が発生する。この信号を記録したものを筋電図と呼び、リハビリやスポーツのトレーニングなどで活用されている。近年、センサーや配線を組み込んだ「スマート衣服」が登場し、専用の計測器を装着しなくても筋肉の動きを記録できるようになってきた。

しかし、全身の筋肉を計測しようとすると問題があった。筋肉から発生する電気信号は非常に弱く、衣服の中を長い距離配線すると、体の動きや周囲の電磁波などのノイズに信号が埋もれてしまう。特に人と接触したり激しく動いたりすると、ノイズが大きくなって正確な計測が難しかった。

研究グループは、導電糸、絶縁層、シールド導体をすべて伸縮性材料で構成した同軸構造の伸縮性配線を開発した。具体的には、伸縮性導電糸を信号線として使用し、その周囲をポリウレタン(柔らかく伸び縮みする高分子素材)の絶縁層でコートした後、銀フレーク(銀の断片)とフッ素系ゴムから成る伸縮性導体インクを浸漬工程でコートして3層構造の配線を作製した。

このシールド導体は、伸縮時にも亀裂が入らず信号線が外部に露出することを防ぐ。80%伸長時においても電気抵抗は60Ω(オーム)以下で、十分な導電性を保持する。シールド構造により配線への外部ノイズ混入を大幅に抑制でき、通常は大きなノイズ源となる他者との物理的な接触時でも、ノイズレベルが変動しないことを確認した。

研究グループは、このシステムを使ってリハビリ時のように他者によるサポートがある状況でも筋肉の活動を正確に計測できることを実証した。肩関節をさまざまな角度で動かして三角筋の活動を計測したところ、自ら腕を動かす場合だけでなく、他者が腕を支えて動かす場合においても安定した高精度計測が可能だった。腕を後方に約45度伸展させた際のような微弱な信号(約0.01ミリボルト)でも、安静時との区別ができた。一方、シールドのない配線では、配線に触れた際に顕著なノイズが生じ、安静時や特定角度での筋電図を識別することは困難だった。

さらに、両足の大腿四頭筋、前脛骨筋、ハムストリング、下腿三頭筋の8部位に電極を配置した衣服型システムを使ってジャンプや走行といった動作中の筋活動を計測した。ジャンプでは踏み切りから着地に至る一連の動作の中で各筋肉が順に活動する様子を明確に捉えることに成功した。走行時には左右の脚の筋活動が交互に現れるパターンを高精度に記録でき、歩行や走行のリズム、筋肉同士の協調的な働きを定量的に把握できることを実証した。いずれの条件においてもノイズレベルは0.1ミリボルト以下に抑えられ、外部環境の影響を受けない安定した信号取得が可能だった。

研究グループは、この技術により医療やリハビリテーションでは歩行訓練や介助動作の評価に、スポーツ分野では野球やテニスにおけるスイング動作のように腕や体幹の筋肉が瞬間的にどのように連動しているかを捉えるなど、激しい動作中のパフォーマンス解析などに役立つとしている。さらに、日常生活の行動を自然な状態でデータ化できるため、在宅ヘルスケアや高齢者の見守り、身体動作の記録を基盤とした新しいサービスへの展開も期待される。

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プレスリリース(東京大学)

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