高知県の農業用ハウスや山間の斜面で、電池だけで最長1年以上動くIoTセンサーが活躍している。燃料の残量や地すべりの兆候を見守るシステムを開発しているのは、IoTベンダーでもメーカーでもなく、地質調査を主力とする建設関連企業・相愛だ。
1956年に創業し、地質調査をはじめ、土木設計や土木構造物の維持管理などを本業とする同社では、現場で生まれた課題を解決するためにIoTを活用してきた。市販のセンサーやマイコン、通信モジュールを組み合わせ、必要な機能を自作する。電源のない場所でも長期間稼働する省電力設計を追求し、近年はSeeed StudioのセルラーIoT開発ボード「Wio BG770A」への移行も進めている。
これらの開発の中心を担うのは、相愛・防災地質課の須佐美俊和氏だ。2018年に開発した残量検知システムは改良を重ねながら今も稼働し、その知見は斜面モニタリング等にも展開されている。創業70年の企業で現場課題と向き合うエンジニアは、電池数本で動く現場IoTをどのように作り上げてきたのか。その8年間の軌跡を聞いた。
※ 特別の記載がない限り、記事中の写真・図版は須佐美氏から提供されたもの。
| 須佐美 俊和氏 高知工科大学大学院知能機械システム工学コース修了。大手メーカーで家庭用エアコンの商品開発に従事し、インド市場向け製品の開発および現地赴任を経験。2017年より地質調査やインフラ維持管理等に携わる。近年はSORACOMやAWSを活用し、現場課題の解決に向けたIoT・クラウドシステムの開発・運用を推進している。 |
相愛は1956年に創業した高知県の企業だ。主力は地質調査を含む建設関連事業で、地中から柱状のサンプルを採取する「ボーリング調査」を長年手がけてきた。近年では地域への知見を生かしたコンサルティング事業や、木材を燃料ペレットに加工して活用する木質バイオマス事業など、幅広い事業を展開している。
現場技術者が減り続ける中で、いかに業務を効率化し、技術を継承していくかは業界全体の課題でもある。相愛ではドローンを活用した測量や現場の3次元マップ化など、新しい技術の導入にも積極的に取り組んできた。IoTの活用も、そうした取り組みの延長線上にある。
相愛でIoT開発を推進する須佐美氏は、大学院で機械工学を学び、大手メーカーでインド向け家庭用エアコンの開発に携わったのち、2017年に相愛へ転職した。現在は防災地質課に所属し、建設関連業務を担う一方で、業務時間の約2割を社内課題の解決に向けた開発に充てている。
「相愛はメーカーではないので、ものを大量に作って販売するわけではありません。しかし現場の課題を解決するためのものづくりであれば、エンジニアとしてサポートできます。50人ほどの会社なので、他部署から技術的な相談を受けることも多く、今は依頼と自主的な取り組みの両輪で進めています」(須佐美氏
須佐美氏のエンジニアとしての視点が生かされた一例が、ボーリング掘進条件の数値化だ。地質調査のために地中を掘削し、地層試料を採取するボーリング技術は、長らく「熟練技術者の感覚」で伝承されてきた。ボーリングマシンのエンジン音を聞き、掘り進めるスピードを指で感じながら、押す力を調整する。見えない地中の様子を想像しながら掘り進める、暗黙知の世界だった。
「先輩に『俺の背中を見て覚えろ』と言われても、背中には何も書いていません。ボーリング技術者は育つまでに時間がかかりますし、それは当社だけでなく地質業界全体の課題でもあります。若手技術者が少しでも早く成長できるように、その過程を支援したいと考えました」(須佐美氏)
そこで須佐美氏は、送水量、水圧、押し込み圧力、掘進速度、回転数を測る5種のセンサーをボーリングマシンに後付けし、掘進条件を可視化・記録するシステムを自作した。本来、調査現場で商用電源を使用するには別途発電機が必要となるが、モバイルバッテリーを昇圧して代替することでこれを簡略化している。制御盤とモニタは無線で接続し、扱いやすさを保ちつつ、IoT SIMを用いてデータをクラウドへ送信する仕組みも構築した。制御盤やモニタに採用されたM5Stackをはじめ、各種センサー類も入手性の高い市販品を活用していることも特徴だ。
「感覚的に行われていた制御条件が可視化されたことで、熟練者と若手がデータを見ながら会話できるようになりました。これまで捉えづらかった送水量が可視化されたことで、熟練技術者も『これはわかりやすい』と喜んでくれました」(須佐美氏)
掘進中のデータは時系列で記録されるため、技術習得の支援のみならず、実施後の地質評価や作業改善にもつながっていく。相愛では現在、このシステムがボーリング調査時の標準的な仕組みとして定着しつつあるという。
ボーリング業務と同様に、相愛ならではの業務に特化した開発が進んでいく。須佐美氏が本格的にIoTの世界へ踏み込んだのは、2018年秋のこと。木質バイオマス事業の課長からの相談が契機となった。
相愛では木質ペレットをビニールハウスの加温用燃料として供給している。タンク内の残量は目視で確認しており、燃料切れを防ぐため、担当者が週に2回現地を訪れていた。導入件数の増加に伴う管理コストの増大に加え、設備トラブルへの対応も利用者からの連絡を受けてから動く受け身の運用だったため、改善が求められていた。
遠隔でペレット残量を把握し、設備異常も検知できる仕組みの開発を託された須佐美氏。エンジニアとしての視点とIoTへの興味が重なり、現場に即したシステムの構築に取り組んだ。
「専用の残量センサーを開発しなくても、タンクの天面からペレットまでの距離を測れば残量がわかります。また、少量データを低消費電力で送れるSigfox通信のサービスエリアが高知県内に広がったというニュースを見て、システムに取り入れたいと思いました」(須佐美氏)
残量検知には精度と安定性に優れたToF距離センサーを採用した。異常検知ではバーナー制御盤の赤ランプに着目し、「異常時にランプを点灯させる」信号をリレー経由で取り出し、IoTデバイスへ接続している。設置のしやすさ、コスト、メンテナンス性を総合的に判断した結果だった。
80台近くの導入コストは160万円超。しかし週2回の見回り工数はほぼゼロになり、全顧客の残量や設備状態も一括で把握できるようになった。顧客から連絡が来る前に状況を把握し、能動的に対応できるようになったことも大きな変化だった。
「社内で検討した結果、一部ではなく全台に採用する判断をしたのは正しかったです。初期費用は十分にペイできていますし、相談をくれた木質バイオマス事業課のメンバーにも感謝されました」(須佐美氏)
このシステムは8年をかけてハード・ソフトの両面で進化を続けている。通信には当初Sigfoxを検討していたが、高知県北部の山間部、大川村の現場には電波が届かなかった。そこでLTE-Mに対応したSeeed StudioのWio LTE M1/NB1(BG96)を採用。2019年度に1号機が設置され、現場の声に応じて改良を重ねてきた。
「5年目にAWSを導入しましたが、現場のデバイスには手を加えていません。データを安定的に取得できさえすれば、クラウド側のアップデートだけで機能を追加できるのは、IoTならではの魅力でした」(須佐美氏)
開発で最優先されたのが電力設計だ。電源のないペレットタンク上で長期間安定稼働させるには、いかに消費電力を抑えるかが鍵になる。検討の結果、Wio LTE M1/NB1(BG96)と電源制御ボードWio Extension-RTCを組み合わせて省電力化を進め、監視が必要なワンシーズン約6カ月間の安定動作につなげた。
「1時間に1回データを取るとして、通信にかかる時間を10秒とすると、残り3590秒はスリープしています。このスリープ中にいかに電流を消費せず、待機電流値をいかに低く抑えるかが開発のポイントでした。ソフトウェア側での省電力化も試みましたが、やはりハードウェアの性能に頼る部分は大きかったです」(須佐美氏)
なお、開発時と現場のハードウェア構成は同一だ。対象台数が80台規模であることから、専用基板を起こすのではなく、社内で組み立てから検査まで行っているという。開発ボードをそのまま活用できる手軽さも、現場主導の開発を支えている。
一方で、市販の開発ボードを活用する以上、製品の終売(EOL)は避けて通れない課題でもある。本システムで使用してきたSigfox Shield for Arduino、LTE-M Shield for Arduino、Wio LTE M1/NB1(BG96)は、いずれも現在は終売となっている。須佐美氏は開発途中での仕様変更や、将来の保守を見据えた在庫確保にも対応してきた。長期間の運用を前提とするIoTシステムでは、こうした保守性の確保と新製品への移行も重要なテーマとなる。
長時間の安定稼働が求められるもう一つのプロジェクトが、斜面・土砂災害のモニタリングだ。
地すべりが懸念される斜面では、地面のわずかな動きを捉えるために伸縮計を設置し、斜面の変位を計測する。また、斜面の崩落を防ぐために用いられる「グラウンドアンカー」と呼ばれる対策工法では、地中の岩盤と地表を鋼材で締め付けており、その張力が適切に保たれているかを監視する必要がある。相愛は自社開発・特許取得済みの小型軽量ジャッキなどを活用しながら、こうした斜面の安全管理を手がけてきた。
従来、計測データは現場のロガーに記録されるだけで、内容を確認するためには現地へ足を運ぶ必要があった。平時の計測では問題にならないが、大雨や台風の影響を把握したくても、そうしたタイミングほど現場へ近づくことが難しい。また、小動物によるケーブル断線などで計測が停止しても、次回訪問まで異常に気付けず、遠隔監視へのニーズは高かったという。
須佐美氏はこれまでのIoT開発の経験を生かし、既設のロガーへIoTデバイスを後付けし、計測データをクラウドへ転送する仕組みを構築した。Arduino+LTE-M Shield for Arduino+Wio Extension-RTCで構成したもので、既存設備を生かしたまま導入できるため、大掛かりな設備更新は不要だ。
取得したデータをクラウド上で可視化するだけでなく、周囲の気象データと重ねて表示する機能を追加。雨量と斜面変位の関係を同時に確認できるため、異常発生時の状況把握がしやすくなった。さらに、変位量が基準値を超えると通知が届く仕組みも実装され、巡回の必要性や緊急度を迅速に判断できるようになった。
このシステムは、1時間ごとの計測で1年間、電池交換なしで安定稼働した実績を持つ。現在はさらなる保守性向上を目的として、Seeed Studioの低消費電力セルラーIoTデバイス開発ボード「Wio BG770A」へのアップデートを進めている。
「マイコンボードと通信モジュール、電源制御ボードを個別に組み合わせる構成では、接続箇所が増えるので、そのぶん故障リスクも高くなります。Wio BG770Aは必要な機能が1枚に統合されているので、配線が最小限で済みますし、端子形状の違いで悩むこともありません。センサーもGrove規格で統一できるため扱いやすいです」(須佐美氏)
Wio BG770Aは入力電圧が3.4V〜16Vと幅広く、電圧を上げて電池寿命を延ばすといった設計も可能だ。こうした電源設計の自由度の高さが、電源確保が難しい山間部などでの安定稼働を支えている。
須佐美氏は現場での開発と並行して、自身のnoteや開発者コミュニティ、勉強会での情報発信を続けている。IoTを学び始めた頃は、個人ブログや企業の技術記事、ユーザーコミュニティで共有される知見に何度も助けられたという。通信やクラウドなど、自身の専門外の技術も、そうした情報があったからこそ実務へ取り入れられた。
「『技術ブログは未来の自分へのドキュメント』という言葉に背中を押されました。コミュニティで活動する皆さんの積極的な姿にも後押しされ、情報発信に取り組んだ結果、発表の機会をいただいたり、新しい出会いが生まれたりと、良い循環が生まれています」(須佐美氏)
会社の課題に向き合いながら技術を磨く須佐美氏は、地質調査やインフラ維持管理の分野において、IoTの重要性は今後さらに高まると考えている。
「維持管理が必要な土木構造物は数多くありますが、その多くは人が現場へ行くことを前提とした点検方法が想定されています。人口減少が進む中で、これまでと同じやり方を続けるのは難しいでしょう。現場に安価な小型センサーを設置し、遠隔で状況を知り、点検効率を高めるアプローチが、これからさらに求められると思います」(須佐美氏)
電池駆動・省電力・広域通信といった技術の進歩が、その実現を後押ししている。相愛での取り組みが示すように、IoTやセンシング技術は単なる効率化の手段ではない。現場に蓄積された経験や勘を可視化し、次の世代へ引き継ぐための手段にもなり得る。
須佐美氏が最後に強調したのは、現場を知る技術者の重要性だった。
「IoTの技術はこうした現場と相性が良いと感じています。ただ、ITの専門家だけでは現場の課題は見えません。現場を持っているエンジニアが少しずつ技術を学び、必要に応じてITエンジニアと協力しながら解決していく。その形が一番うまくいくのではないでしょうか」(須佐美氏)
本記事はSponsored記事です。
提供:Seeed Studio / Seeed 株式会社