
OpenAIが出資するノルウェー発のロボット企業1X Technologiesが2025年10月28日、家庭用ヒューマノイドロボット「NEO」の予約受付を開始した。価格は2万ドル(約300万円)または月額499ドルのサブスクリプション、2026年の出荷を予定しており、本格的な家庭用ヒューマノイドロボットの商用販売が始まる。本記事では1X Technologiesの沿革や技術優位性、競合他社の状況などを解説する。
OpenAIが見出した1Xの先進性

1X Technologiesは2014年、ノルウェーでHalodi Roboticsとして創業。創業者のBernt Øivind Børnichは、オスロ大学でロボット工学とナノエレクトロニクスを学んだ後、宇宙・防衛分野のエンジニアとして経験を積んだ。Authority Magazine(2022年3月8日)のインタビューによると、11歳からヒューマノイドロボットの開発を人生の目標に掲げていたという。
2023年3月、OpenAI Startup Fund主導で2350万ドルを調達し、社名を1X Technologiesへ変更。Sifted(2024年6月27日)のインタビューでBørnich CEOは「OpenAIへは2022年夏、ChatGPT発表の数ヶ月前にコンタクトを取った。当時は、ほとんどの人がAIでこの種のアンドロイドを作ることが可能だとは思っていなかった」と振り返っている。OpenAI Startup Fund責任者のBrad Lightcapは「1Xは、安全で先進的なロボット技術を使用して労働を拡張する最前線にいる」と投資理由を説明。その後、2024年1月にはEQT Ventures主導で1億ドルのシリーズB調達を完了し、評価額は8.5億ドルに到達した。
NEOの技術仕様、体重30kgで70kg持ち上げる

1X公式サイトによると、NEOの身長は168cm、体重は30kg。二足歩行が可能で、歩行速度は毎秒1.4m、最高走行速度は毎秒6.2m(時速約22km)に達する。デッドリフト能力(地面から物を引き上げる能力)は70kg、持続的な運搬能力は25kgだ。
全身の自由度は75で、手だけで22自由度を持つ。バッテリー容量は842Whで、通常使用で約4時間稼働。6分間の急速充電で1時間分の稼働時間を回復でき、バッテリー残量が少なくなると自律的に充電器まで移動して自己充電する。
テンドンドライブ技術の優位性

NEOの最大の技術的特徴は、テンドンドライブ(Tendon Drive)技術だ。人間の腱(tendon)で力を伝える筋骨格系に着想を得たケーブル駆動の伝達システムで、1X独自開発の高トルクブラシレスDCモーターで駆動される。テンドンドライブは、Tesla Optimus、Figure、Boston Dynamicsのロボットが採用する従来型の電動モーターとハーモニックドライブ(剛性の高い高慣性システム)とは根本的に異なるアプローチだ。
AI能力とコンピューティング
NEOの頭脳となる「1X NEO Cortex」は、NVIDIA Jetson Thorをベースとし、最大2070 FP4 TFLOPSのAI演算能力を持つ。NVIDIA公式サイトによると、前世代のJetson AGX Orin(275 TOPS)と比較して約7.5倍のAI演算性能、3.5倍のエネルギー効率を実現している。
AIシステムは以下の3層から構成されている
- Redwood AI – 1X独自の汎用AIモデル。Vision-Language-Action(VLA)モデルで全身制御を実現
- 内蔵大規模言語モデル(LLM) – 音声認識、視覚認識、記憶機能
- Redwood Mobility Controller – 100Hzで動作。人間のモーションキャプチャデータからの強化学習で学習
安全性優先の設計
家庭用を意識したNEOの外装は、カスタム3Dラティスポリマークッションがすべてのハードウェアを包み込み、機械で洗濯可能なナイロンニットスーツ(島精機製作所の3Dホールガーメント編み機を使用)で覆われている。すべての関節は外部からのアクセスから保護され、挟み込みポイントが一切ない設計だ。
頭部損傷基準(HIC)は250未満で、動作音は22dB(一般的な冷蔵庫よりも高い静粛性)。NEOには、バッテリーレベルや動作モードを示すライトインジケーター「エモーティブ・イヤーリング」が装備される。
NEOの主な家庭用タスクは、洗濯物の折りたたみと整理、スペースの片付け、来客のためにドアを開ける、物を運ぶ、基本的な清掃作業など。AI アシスタント機能として、質問への回答、予定管理、買い物リスト管理、語学学習のサポートも提供する。
競争が激化するヒューマノイドロボット
ヒューマノイドロボット市場では複数の企業が激しく競争している。
Tesla Optimus

Teslaは2021年8月のAI Dayで「Tesla Bot」を発表。身長173cm、体重57kg、28の構造アクチュエーターを搭載。持ち運び能力は20kg、デッドリフトは68kg、最高速度は時速8km。バッテリー容量は2.3kWhで、終日動作する。
目標価格は量産時に2-3万ドルだが、正式な価格設定はまだない。現在はプロトタイプ段階で、2025年に限定生産(社内使用)、2026年に量産開始を予定。
Elon Muskは2025年4月の決算説明会で「2025年末までに数千台のOptimus稼働を開始し、2030年までに年間100万台の生産に自信がある」と発言。2025年9月のX投稿では「Teslaの価値の約80%はOptimusによるものとなる」と予測している。
Boston Dynamics Atlas

2024年4月17日、Boston Dynamicsは従来の油圧式Atlasを引退させ、完全電動の新型Atlasを発表。全身で50自由度を持ち、股関節、腰、腕、首が360度回転可能という人間を超える可動域を持つ。2025年からHyundaiの施設でテストを開始予定。
Figure 03

カリフォルニア拠点のFigure AIは、3代目となるFigure 03を発表。同社はこれまでにOpenAIを含む投資家から6.75億ドルを調達。リアルタイムの音声合成性能を向上させたほか、アクチュエーターの精度を向上させた結果、2代目と比較して2倍の速度で動作可能としている。
Figure AIは独自の製造施設も立ち上げ、4年間で延べ10万台のロボットを量産する計画を立てている。
Agility Robotics Digit

2016年創業のAgility Roboticsは、身長175cm、体重65kgのDigitを開発。2023年末からAmazonの研究開発施設で試験運用。車輪ではなく脚で移動し、最大16kgを持ち運べる。価格は10-30万ドルの範囲と推定される。
2035年までに380億ドル市場へ
Goldman Sachsの2024年1月調査によると、ヒューマノイドロボット市場は2035年までに380億ドル規模に達する見込み。これは従来予測の60億ドルから6倍の引き上げだ。2035年までの複合年間成長率(CAGR)は約70%で、2030年に25万台以上、2035年に140万台の出荷を見込む。
Goldman Sachsの中国産業技術研究責任者Jacqueline Duは、「AIの進歩が最も驚きだった」と述べ、特にロボット用大規模言語モデル(LLM)とエンドツーエンドAIの進展を指摘。製造コストが予想の15-20%ではなく40%削減されたことも、予測上方修正の理由に挙げている。
他の調査会社も強気の予測を出している:
- MarketsandMarkets:2024年20.2億ドル → 2030年152.6億ドル(CAGR 39.2%)
- Future Market Insights:2025年78億ドル → 2035年1819億ドル(CAGR 37.0%)
- Emergen Research:2021年10.2億ドル → 2030年783.3億ドル(CAGR 62.5%)
NVIDIAのJensen Huang CEOは2025年3月18日のGTC 2025基調講演で、「ロボットの時代が到来した。全員がこの分野に注目すべきだ。これは史上最大の産業になる可能性が非常に高い」と宣言。2025年1月のConsumer Electronics Show基調講演では、「汎用ロボット工学のChatGPTモーメントはすぐそこまで来ている」と述べた。
NEOのみならず、2026年には他社も追随して家庭用ヒューマノイドロボットを販売開始する可能性も考えられる。かつてヒューマノイドロボットは、SF作品だけの存在だと思われた。彼らが現実に存在するパートナーとして、人間の暮らしに浸透するのは、そう遠くないかもしれない。

