
ESP32は、Wi-FiとBluetoothを搭載した低価格マイコンとして、2016年に登場してからIoT開発の標準プラットフォームとなった。3ドル以下という驚異的な価格で、デュアルコアプロセッサと豊富な機能を提供するESP32は、個人のMakerから大企業まで、世界中の開発者に選ばれている。
シンガポール人起業家Teo Swee Ann氏が2008年に上海で一人で立ち上げたEspressif Systemsは、2023年に累計10億個のチップ出荷を達成した。本記事では、ESP32の誕生から現在まで、技術仕様、普及の理由、そしてESP32シリーズ全体の進化を詳しく解説する。
ESP32とは:IoT開発を変えたマイコン

ESP32は、2016年9月に中国のEspressif Systemsから発表された、Wi-FiとBluetoothを統合したマイコンだ。IoTデバイス向けに設計されたこのチップは、デュアルコアプロセッサ、豊富な入出力端子、強化されたセキュリティ機能を搭載しながら、ベアチップで約2.80ドル、モジュールで約4.00ドルという低価格を実現した。
ESP32の主な用途は、スマートホームデバイス、ウェアラブル機器、センサーネットワーク、音声認識デバイス、産業用IoTなど多岐にわたる。Arduino IDEやPlatformIO、MicroPythonといった開発環境に対応し、初心者からプロフェッショナルまで幅広い開発者が利用できる。
Espressif Systemsは2023年9月時点で累計10億個以上のチップ出荷を達成し、Techno Systems ResearchによればWi-Fi MCU(マイクロコントローラユニット)市場で6年連続世界最大のシェアを維持している。
創業者Teo Swee Ann氏のビジョン

2008年4月、中国・上海の張江ハイテクパーク。シンガポール国立大学で電気工学の修士号を取得したTeo Swee Ann氏は、一人でコンサルティング会社を立ち上げた。共同創業者はいない。資金も限られていた。しかし彼には明確なビジョンがあった。「全てのものが最終的にインターネットに接続される」。
Teo氏の経歴は半導体業界のエリートコースそのものだった。2000年から2008年まで、米国のTransilica、Marvell Semiconductor、そして中国のMontage Technologyで、BluetoothやWi-Fiチップの設計に8年間携わった。特にMontage Technologyでのエンジニアリングディレクターとしての実績は、後に決定的な意味を持つことになる。
創業当初、Espressif Systemsは典型的なスタートアップの課題に直面した。発注するチップの数量が少ないため、製造工場から受注を拒まれていたのだ。しかし、世界最大手の半導体製造企業TSMCがTeo氏の前職での評判を知っており、Espressifにチャンスを与えた。この関係が、後の成功の基盤となる。
ESP32の前身:ESP8266が切り開いた道

Espressifの最初の製品は2013年6月に発売されたESP8089だったが、転機となったのは2014年5月のESP8266だった。3ドル未満という価格でWi-Fi接続機能を提供するこのチップは、IoT市場に衝撃を与えた。ESP8266は後継機となるESP32開発の基盤となり、Espressifのエコシステム構築の出発点となった。
「私たちはOne Laptop Per Child運動※1とフルーガル・エンジニアリング※2の概念に触発されました」とTeo氏は2021年のEDNインタビューで語っている。徹底してシンプルで、なおかつインターネットにつながるコンピューターを目指したのだ。
その答えは、徹底的な統合化だった。Teo氏の指揮の下、EspressifはWi-Fiモジュールのコンポーネント数を100個以上から7個に削減した。アンテナを除く全ての無線周波数コンポーネントをチップに統合するというアプローチは前例のないものだった。この高度な集積化により、抵抗器、コンデンサ、インダクタ、スイッチ、電源管理チップなどの追加部品が大幅に削減され、コストが劇的に下がった。
※1MIT Media Labの創設者ニコラス・ネグロポンテ氏が2005年に開始したプロジェクト。発展途上国の子供たちに1台100ドル以下の教育用ノートPCを提供することを目標とし、「技術へのアクセスは教育の機会均等につながる」という信念のもと、低コストでも高品質な製品を実現しようとした。
※2インドで発展した設計思想。限られた資源や予算の中で、不要な機能を削ぎ落とし、本質的に必要な機能だけを実装することで、シンプルで効果的な解決策を生み出す。高価な部品や複雑な設計に頼るのではなく、創意工夫により低コストで高い価値を提供する「制約の中でのイノベーション」と言える。
調査会社GartnerはESP8266の登場について「3ドル未満のWi-Fiチップにより、切手サイズの無線コンピュータを実現し、低コストIoTアプリケーションの全く新しい領域を実用的にした」と評している。
しかし、ESP8266には限界があった。シングルコアプロセッサでBluetooth非対応、脆弱なセキュリティ機能も相まって、より高度なIoTアプリケーションには力不足であり、次の一手が求められていた。
ESP32の技術仕様:2016年の革新的な登場
2016年9月6日、上海のParkyard Hotelで開催されたプレスカンファレンスで、EspressifはESP32を発表した。ESP32の仕様は野心的だった。デュアルコア32ビットプロセッサ(最大240MHz)、Wi-FiとBluetooth 4.2の統合、520KBのSRAM、強化されたセキュリティ機能。ESP8266の全ての弱点に答えを出していた。
しかもESP32の価格は、ベアチップで約2.80ドル、モジュールで約4.00ドルという驚異的な水準だった。デュアルコアプロセッサとWi-Fi、Bluetoothの両対応という仕様を考えれば、競合製品と比較して圧倒的なコストパフォーマンスだった。
ESP32の主な機能
ESP32の中核を担うのはXtensa デュアルコア32ビットLX6マイクロプロセッサで、クロック周波数は80MHzから240MHzまで調整可能だ。最大600 DMIPS(Dhrystone Million Instructions Per Second:プロセッサ性能の指標)の演算能力を持ち、240MHzで動作する2コアでは1079.96 CoreMark(プロセッサベンチマークスコア)を記録する。
メモリ構成は、起動とコア機能用のROM448KB、データと命令用のオンチップSRAM520KBを含む。外部メモリとして最大16MBのフラッシュメモリと最大8MBの外部SRAMをサポートし、ハードウェアAES暗号化機能を備えている。
ESP32の無線通信機能
ワイヤレス接続機能では、ESP32は2.4GHz帯の802.11 b/g/n Wi-Fi(最大150Mbps)とBluetooth v4.2 BR/EDRおよびBLE4.2を統合している。送信出力は最大+20.5dBm(802.11b)で、統合アンテナスイッチ、RFバラン(高周波回路の整合素子)、パワーアンプ、低ノイズ受信アンプ、フィルタを内蔵する。
ESP32の周辺機能とインターフェース
周辺機能の豊富さもESP32の特徴である。34個のプログラマブルGPIO、18チャンネルの12ビットSAR ADC、2チャンネルの8ビットDAC(デジタル-アナログ変換器)、容量式タッチセンサー、ホールセンサー、温度センサーを搭載する。
通信インターフェースとしては、4つのSPIコントローラ、2つのI2Sインターフェース、2つのI2Cインターフェース、3つのUART、SD/SDIO/MMCホストコントローラ、イーサネットMACインターフェース、TWAIコントローラを備えている。
ESP32のセキュリティ機能
セキュリティ機能では、RSAベースのセキュアブート、AES-128-XTSベースのフラッシュ暗号化、AES/SHA/RSAハードウェア暗号化アクセラレータ、ハードウェア乱数生成器(を実装し、ESP8266から大幅に強化された。
ESP32の消費電力
消費電力面では、ESP32は複数の電力モードを提供する。240MHzデュアルコアのアクティブモードでは30〜68mA、モデムスリープモードでは20〜68mA(CPU周波数とコア数に依存)、ライトスリープモードで0.8mA、RTCタイマーとRTCメモリ使用のディープスリープモードで10μA、ハイバネーションモードで5μA、電源オフ時1μAという低消費電力を実現している。
設計プロセス中、チームは非対称デュアルコアアーキテクチャを考案した。「小型マイクロコントローラとしては非標準的な設計でしたが、良い設計だと考え、実装することにしました」とTeo氏は語る。業界標準から逸脱することを恐れない姿勢が、ESP32の独自性を生んだ。
ESP32がMakerコミュニティに支持された理由
ESP32の発表直後、電子工作プロジェクトの共有サイトHackadayに「New Part Day: The ESP32 Has Been Released」という記事が掲載された。Makerコミュニティの反応は即座だった。
ESP8266で既に築かれていたEspressifへの信頼に加え、ESP32が提供したのは明確な価値だった。デュアルコアにより、一方のコアでWi-Fi通信を処理しながら、もう一方でアプリケーションロジックを実行できる。Bluetooth統合により、スマートフォンとの直接連携が可能になった。豊富な入出力端子により、複雑なセンサーネットワークも構築できる。
しかし、ハードウェアの性能だけでは、ここまでの普及は説明できない。ESP32を真に特別なものにしたのは、Teo氏の経営哲学「技術の民主化」が生み出したエコシステムだった。
Espressifはチップリリースと共に、公式開発フレームワークESP-IDFを提供した。FreeRTOSベースでC/C++言語に対応し、Apache 2.0ライセンスで公開。完全なネットワークスタック、セキュアブートとフラッシュ暗号化、ネットワーク経由でのアップデート機能、電源管理API、100以上のサンプルプロジェクトを含む包括的な開発環境を、無料で提供した。
さらに重要だったのが、Arduinoプラットフォームへの対応だった。Espressif自身がメンテナンスする公式のArduino-ESP32コアは2016年から2017年頃にプロジェクトが開始され、2021年9月にバージョン2.0.0として最初の主要安定版がリリースされた。Arduino IDEを使う大規模なMakerコミュニティが、より安定した環境でESP32を利用できるようになった。
MicroPythonへの公式対応も、プログラミング初学者の参入障壁を下げた。C言語を知らなくても、Pythonの知識があればESP32でプロジェクトを始められる。この多層的なアプローチが、幅広い開発者層を引き寄せた。
ESP32の普及を決定づけたのが、主要クラウドプラットフォームとの連携だった。2018年2月にAmazon FreeRTOSサポートが発表され、同年5月にESP32開発ボードが正式認定された。2019年2月にはGoogle Cloud IoTのローンチパートナーとして発表された。これらの公式サポートにより、趣味のプロジェクトだけでなく商用製品開発にもESP32が採用されやすくなった。
中国の大手エレクトロニクス企業Xiaomiは、2017年のXiaomi IoT Developers Conferenceで、ESP32ベースの開発ボード、モジュール、SDKを発表した。この時点でXiaomiのIoTプラットフォームは8500万台の接続デバイスを擁していた。Xiaomi IoT事業部門のテクニカルディレクター、Zhang Yanlu氏は「優れたコストパフォーマンスは常にXiaomiの最優先事項であり、それこそがEspressifが提供するものだ」と述べている。個人の趣味プロジェクトから大企業の商用製品まで、ESP32の適用範囲は急速に広がっていった。
B2D2Bモデル:開発者を中心に据えた戦略
Teo氏の経営哲学は、彼が「B2D2Bモデル(Business-to-Developer-to-Business)」と呼ぶ独自のビジネスモデルに結実している。
仕組みはこうだ。まず開発者を顧客として引き付ける。開発者はESP32を使ってハードウェアやソフトウェアソリューションを作る。成功したソリューションはポジティブなフィードバックを通じてEspressifの評判を高める。ネットワーク相互作用がコンテンツ制作を促し、より多くのユーザーや開発者を引き付ける。サードパーティプラットフォームがエコシステムに参加し、新しい開発者をもたらす。結果として、小規模なビジネスチームが直接大量の開発者をサポートしながら、研究開発投資に集中できる。
このモデルの成果は数字に表れている。2025年第1四半期時点で、14万1000以上のGitHubプロジェクトがESP32とESP8266を使用している。ESP32プロジェクトだけでも9万1000以上がGitHub上に存在する。開発者が執筆した書籍は200冊以上、10以上の言語で出版されている。Espressif自身もGitHub上に288のリポジトリを維持している。
「私たちの使命は、ESP32をIoTアプリケーションのためのアクセス可能で多目的なプラットフォームにすることです」とTeo氏はEDNインタビュー(2021年)で述べている。「私たちの技術を、必ずしも組み込みソフトウェアエンジニアではないプログラマーにも親しみやすいものにしたいのです」。
10億ドル規模に成長しても開発の最前線に立つCEO
Teo氏のリーダーシップスタイルは、シリコンバレーの典型的なCEO像とは一線を画す。「今も現場の最前線にいますよ。測定も回路設計も、あらゆることをこなす。それがたまらなく好きなんです」と彼は2024年のシンガポール教育省Webサイトでのインタビューで語っている。
10億ドル規模の企業のCEOでありながら、Teo氏は今でも作業時間の15%を、自らの作業を自動化するためのコーディングに費やしているという。実際に使うかはさておき、コードを書く行為、あるいは単に書こうと試みる行為自体が、思考を分析し、実行可能な戦略やシステムへと昇華させる助けとなるという。
Teo氏の姿勢は組織全体に浸透している。Espressifでは創業時から、マネージャーや取締役は管理職務に加えてコーディングも行うことが期待されているという。かなりフラットな組織構造を持ち、意思決定と戦略を集団的に行っている。
透明性の文化も特徴的だ。Teo氏は最初の職場Transilica社での経験に影響を受けている。入社2日目か3日目に会議に入り、チームが生産遅延の問題をオープンに議論しているのを見た。「透明性のあるコミュニケーションがあることで、全員が問題と深刻度を把握し、効果的に作業して解決できる」。Espressifでもこのレベルの透明性を維持することに努めている。
ESP32シリーズの進化:一つのチップから広がるエコシステム
ESP32の成功は、Espressifに新たな課題をもたらした。全ての用途に対応する万能チップを作るべきか、それとも用途別に特化したバリエーションを展開すべきか。Teo氏は後者を選んだ。2019年以降、Espressifは「適材適所」の哲学のもと、市場の多様なニーズに応える製品ラインナップを構築していく。
割り切りの美学:ESP32-S2
2019年7月、ESP32-S2が発表された。シングルコア、Wi-Fiのみ対応、Bluetoothは非搭載。一見すると後退に見えるが、この「引き算の設計」には明確な意図があった。Bluetoothが不要なセキュアWi-Fiデバイスや産業用制御では、余分な機能はコストとセキュリティリスクを増やすだけだ。ESP32シリーズ初のネイティブUSB搭載により、PCとの接続が格段に簡単になった。フルーガル・エンジニアリングの精神が、ここでも貫かれていた。
大転換:RISC-Vへの移行
2020年11月27日、Espressifは大胆な決断を発表した。ESP32-C3——Espressif初のRISC-Vチップだ。半導体業界で長年支配的だったArmから、オープンソースのRISC-Vへ。この転換は単なる技術的選択ではなく、思想的な宣言だった。
「RISC-Vには多くの理由で選びましたが、最も重要なのは、そのオープンソース・アプローチによる標準化により、今後数年間で市場で最もサポートされ、安全なプラットフォームになる可能性が高いからです」とTeo氏はEEWebインタビュー(2021年)で説明している。ライセンス料不要、カスタマイズ自由——RISC-Vの特徴は、「技術の民主化」という理念と完全に一致していた。2022年3月までに、Espressifは完全にRISC-Vアーキテクチャに移行する。
AI時代とスマートホームへの対応
2020年12月31日、ESP32-S3が発表された。デュアルコアプロセッサに加え、AI加速機能を搭載。スマートスピーカーの音声認識、カメラの画像処理——クラウドに頼らず、デバイス単体でAI処理を行う需要に応えた。エッジAIという新たな波が、ESP32シリーズにも押し寄せていた。
2021年4月発表のESP32-C6(量産開始は2023年4月)は、さらに野心的だった。Espressif初のWi-Fi 6チップとして、2.4GHz Wi-Fi 6、Bluetooth 5、IEEE 802.15.4(Thread/Zigbee)の3つの無線通信規格を統合。2021年に発表されたばかりのMatter(スマートホーム統一規格)に完全対応した。2025年3月には、RISC-Vアーキテクチャとして初めてPSA Certified Level 2を取得。オープンソースでも最高レベルのセキュリティを実現できることを証明した。
制約から生まれるイノベーション
2021年8月発表のESP32-H2は、Wi-Fiを搭載しなかった。ThreadエンドデバイスやZigbeeセンサーでは、Wi-Fiは消費電力とコストを増やすだけの存在だ。4mm×4mmという小型パッケージに必要な機能だけを詰め込む。「Less is More」を体現したチップだった。
2022年4月のESP32-C2は、さらに象徴的だった。Espressif公式ブログによれば、このチップは上海のCOVIDロックダウン期間中に考案された。世界が半導体供給不足に苦しむ中、Espressifのエンジニアたちはコストとシリコン面積を削減した新しいチップをロックダウンの中で設計した。ESP32シリーズ最小サイズのこのチップは、制約の中で生まれたイノベーションだった。
2023年1月発表のESP32-P4は、ESP32の代名詞とも言えるWi-FiとBluetoothをあえて搭載しなかった。高性能HMI、ディスプレイ制御、エッジコンピューティングに特化し、必要に応じて他のESP32チップを補助として使う。全てを一つのチップに詰め込むのではなく、用途に応じて最適な組み合わせを選べる。Espressifのプラットフォーム戦略が、新たな段階に入った。
進化は止まらない
2024年、ESP32-C5(初のデュアルバンドWi-Fi 6:2.4GHzと5GHz対応)、ESP32-C61、ESP32-H4が発表され、量産が開始されている。元祖ESP32の登場から8年。一つのチップから始まった物語は、多様なニーズに応える製品ファミリーへと成長した。しかし、その根底に流れる思想は変わらない。技術の民主化、フルーガル・エンジニアリング、オープンソースへのコミットメント。Teo氏が2008年に上海で一人で始めた挑戦は、今も進化を続けている。
10億チップという到達点
2017年12月、Espressifは累計1億個のIoTチップ出荷を達成した。そして2023年9月22日、ESP8266からESP32シリーズまでの累計で10億個を突破した。この発表時点で直近1年間で2億個が販売されており、3年後には20億個達成を見込むとしている。
Techno Systems Researchの「Wireless Connectivity Market Analysis」年次レポートによれば、EspressifはIoT Wi-Fi MCUチップで6年連続世界最大シェアを維持している。
シンガポール外務大臣Vivian Balakrishnan氏はESP8266を「伝説的」と評価し、「画期的な能力」を持つと称賛した。ESP32はIoT開発の事実上の標準プラットフォームとなった。
Teo氏個人も高い評価を受けている。2023年にはシンガポール工学アカデミーのフェローに選出され、2022年から2023年にかけてシンガポールビジネス大賞の海外優秀経営者賞を受賞した。2021年にはフォーブスのシンガポール富豪50人に純資産15億5000万ドル(約2100億円)でリストされた。
企業としてのEspressifも成長を続けている。2008年4月の創業時は上海の張江ハイテクパークの本社のみだったが、現在は中国、シンガポール、チェコ、ブラジル、インドの5か国に8つの研究開発センターを展開している。
エコシステムの完成形:M5Stack買収

2024年4月、EspressifはESP32を使用した開発ボードとモジュールのメーカーであるM5Stackの過半数株式を取得した。この買収の戦略的目標は「AIoT技術の民主化」とされている。
M5Stackは、ESP32をベースにした使いやすい開発キットやモジュール製品で知られるメーカーだ。特にケース一体型の開発ボードや、ディスプレイ付きのスタックモジュールなど、プロトタイピングを迅速化する製品群で、Makerコミュニティから高い支持を得ていた。
この買収により、Espressifは単なるチップメーカーから、完成された開発プラットフォームを提供する企業へと進化した。チップ、開発フレームワーク、そして使いやすいハードウェアモジュールという、垂直統合されたエコシステムの完成だ。従業員数も600人以上(77%が研究開発)に増加し、研究開発への投資を加速させている。
エンジニアリーダーが描く未来
「成功に、お決まりの定義があるべきではありません」とTeo氏は語る。「ある人はのんびりした生活を望むかもしれませんし、他の人はもっとお金を求めるかもしれません。あなたが求める理想が何であれ、それは生きる価値があります」。
Teo氏個人にとっての理想は「良い設計を行い、作成した回路を継続的に改善すること」だ。48歳(2024年時点)になった今も、彼は開発現場の中にいる。
「私はよくEspressifのメンバーに、芸術家の視点から技術を開発する必要があると言っています」とTeo氏は公式サイトのCEOレターで述べている。「創造的であり、大胆であり、独創的であること。単に他と差別化したいからではなく、人々が重要だと感じるもの、人々に利益をもたらすもの、今日だけでなく長期的に人々のニーズに応えるものを創造する必要があるからです」。
彼はさらに、20年後のオープンソースハードウェアの重要性について予測している。「第一に、技術の進歩により、今日のコストのごく一部で迅速なプロトタイピングが可能になる。第二に、地球環境問題は、商業的優先順位の高くない多くの問題を生み出すだろう。そのためにはオープンソースハードウェアが必要だ。第三に、AIハードウェアとアルゴリズムの急速な発展により、アマチュアでも非常にシンプルなハードウェアから実質的に何でも作れるようになると期待される」。
2022年10月19日から21日にかけて、初の公式Espressif開発者会議DevCon22が開催された。Matter、RainMaker、ESP-IDF、IoT開発などの技術トピックが扱われ、世界各国からエンジニアが集まった。Teo氏は基調講演とウェルカムスピーチを行った。
ESP32は、個人の趣味プロジェクトから商用製品、教育、宇宙開発まで、幅広い領域で採用される汎用的なIoTプラットフォームとして確立された。デュアルコアプロセッサ、統合無線通信、豊富な周辺機能、強固なセキュリティ、充実した開発環境、オープンソースの姿勢、そして手頃な価格という要素の組み合わせが、ESP32を2016年の登場から現在に至るまで、IoT開発の中心的な選択肢の一つとして位置づけている。
RISC-Vアーキテクチャへの移行、Wi-Fi 6対応、Matter対応、AI加速機能の追加といった技術的進化を続けるESP32ファミリーは、今後もIoTとエッジAI分野で重要な役割を果たすと考えられる。
「インターネットは脊椎であり、我々は神経系を構築している」。Teo氏のたとえが示すように、彼のビジョンは今も進化を続けている。一人の起業家が上海で始めた小さな会社は、技術の民主化という信念のもと、10億チップという到達点を経て、次の10億への旅を続けている。
※記事初出時にESP32の仕様に関して誤記があったため、訂正しております(編集部)


 
	 
	 
	 
	 
	 
	 
	 
	 
	