
皆さんは90年代に流行した「格闘ゲーム」を覚えていますか?画面に表示された2人のキャラクターがパンチやキック、飛び道具を駆使して相手を倒すあのゲームです。30代40代の方であれば小中学生の頃、親指が痛くなるまで「ストリートファイター2」をプレイした記憶があるかもしれません。
格闘ゲームブームはその後下火になったものの人気は根強く、2010年に入りプロ選手の登場や大会賞金の高額化など様々な変化がありました。そして2023年に発売された「ストリートファイター6(通称スト6)」を人気VTuberや有名ストリーマーがプレイし始めたことをきっかけに、ここ数年はこれまでにない人気を見せています。この流れに乗って新作格闘ゲームのリリースも続いています。

ストリートファイター6を例に挙げるなら、ゲームの売り上げが約500万本、プロ選手が毎週試合を行うリーグ戦の同時接続数が週平均約7万、オフライン大会の参加者数が約7000人、という数字からもその人気が伺えます。
さて、このままスト6の盛り上がりや今シーズンのキャラ性能差について語り続けたいところですが、ここはFabSceneです。ハードウェアの話をしましょう。しかもゲーム機本体ではなくコントローラー、その中でも「自作レバーレスコントローラー」の話をしましょう。
格闘ゲームとコントローラー
格闘ゲームをプレイするためには幾つかの選択肢があります。家庭用ゲーム機に標準で付属する「パッド」、ゲームセンターに設置された筐体のような「レバー式アーケードコントローラー」、そして「レバーレスコントローラー」の3つです。


今回のテーマであるレバーレスコントローラー(通称レバーレス)は多くの人にとって馴染みのないものでしょう。レバーレスの特徴はその名の通り、レバーがないこと。キャラクターを動かすための上下左右の入力に十字キーやレバーではなく、独立した4つのボタンを使う点が特徴です。

「4つのボタンで上下左右を入力する」ことの恩恵は様々なのですが、上下左右を複雑に入力しなければ成功しない「必殺技」をより早く正確に入力できる点がボタンのみを使うレバーレスの利点の一つです。キーボードで文字入力を行う感覚で必殺技を出せるようになったことは様々な人にとって操作のハードルを下げました。世界大会優勝経験もあるカワノ選手はレバーレスを触るまでは必殺技の入力もままならなかったそうです。レバーレスは初心者だけでなくプロ選手の助けにもなっています。
格闘ゲーム用レバーレスコントローラーが生まれた背景とその影響
このレバーレスは最初から市販品として登場したわけではなく、一プレイヤーの「こんなのあったらいいな」という思いつきと工作スキルから生まれたものでした。既存のレバー式アーケードコントローラーの基板を取り出して、レバーにつながっていた配線をボタンに接続し直して手作りの筐体に収める、といったものです。
レバーの代わりに、方向キー(上下左右)もすべてボタンで入力するという発想はユニークで、最初は「面白コントローラー」の扱いだったようです。ですが使ってみると前述の通り早く正確に入力できる点、特に「斜め入力の安定性」や「歩きガード(前後の素早い入力が必要となる)」において強みを発揮したことで、注目を集め始めます。
そうした中で個性的な機能を持つ様々なレバーレスを個人エンジニアや企業が制作するようになり、2019年頃、日本の有名プロ選手であるウメハラ選手が「ガフロコン」と呼ばれるレバーレスを使い始めたことで多くのプレイヤーがレバーレスを「面白コントローラー」ではなく「勝つためのコントローラー」と捉え始めます。
レバーレスが普及する過程では、さまざまな議論も起きました。特にプロ大会のような賞金がかかった場では、「入力の速さが不公平では?」「レバーでは不可能である上下左右の同時押しは問題では?」といった声が上がり、ルールの見直しが行われたこともありました。
詳細については割愛しますが、こうした議論を経て現在は、コントローラーに関してユーザビリティと公平性を両立したルールで大会が運営されており、プロやアマチュア問わず多くのプレーヤーがレバーレスを使用しています。
レバーレス出現の背景にある「自分に合ったコントローラーを設計ができ、ルールを逸脱しない範囲では公式大会でも使用できる」という自由度は、多くのプレイヤーにとって魅力になっています。最近では、プロシーンで活躍する選手の中にもメーカー品ではない、個人が制作したコントローラーを使うケースが増えています。
オープンソースプロジェクトから新興デバイスメーカーへの広がり
自作コントローラーを実現した背景にはオープンソースコミュニティがあります。たとえば「GP2040-CE」というファームウェアは、Raspberry Pi PicoなどRP2040上で動作するオープンソースソフトウェアで、PCやゲーム機につながるコントローラーを簡単に実装できます。Githubで公開されていることもあり、日々改良が続いています。
また「Flatbox」というプロジェクトはレバーレスコントローラーを制作するための回路図やケース設計、配線方法がGithubで公開されており、電子工作の初心者でも手軽に試せる環境が整いつつあります。
GP2040-CEをインストールしたRaspbery Pi Picoとキーボード用のキースイッチ、それらをつなぐワイヤーとスイッチを固定する筐体があれば3000円から5000円程度と比較的安価にレバーレスを作ることが可能です。
機能や見た目にこだわるとコストはもちろん上がりますが、自分のこだわりを詰め込めるのが自作の魅力。興味がある方は「レバーレス 自作 キット」や「GP2040 Flatbox」で検索すると様々なノウハウが見つかるでしょう。最近では、国内外の小規模メーカーが、こうしたプロジェクトを活用して商品化を行うケースも増えてきました。Haute42やPunk WorkShopはその代表例です。またオープンソースプロジェクトではありませんが、最低限の配線で高機能なコントローラーを制作できる基板を開発する新興メーカーも存在します。現在はRazerやHORIなどゲーム関連製品を販売する大手メーカーも自社開発のレバーレスを販売するようになりました。

またオリジナルのボタンを作るケースもあります。津田塾大学の栗原一貴教授は人間の動作に関する法則である「フィッツの法則」に着目し、タッチ入力と形状を工夫したボタンを制作しています。
ストリートファイター6には「ドライブインパクト」という攻撃があり、これを受けると大ダメージを受けます。ただし攻撃された瞬間から約0.43秒以内に特定のボタンを押すことで、ダメージを防げる仕組みになっているのです。そのため相手の攻撃を見てから素早くボタンを押す反応速度が重要ですが、年齢とともに反応速度は低下するため、中高年のプレーヤーは不利になりがちです。そこで少しでも素早く正確にボタンを押せるよう、ボタンの形状や配置を工夫しているわけですね。
自作コントローラーが実現するゲームのユーザビリティ向上
自作コントローラーが産む価値は「格闘ゲームで勝てるようになる」ことだけではありません。最近ではエルゴノミクス(人間工学)的な工夫にも注目が集まっており、ボタンの配置や角度、筐体の傾きなどを調整することで、長時間のプレイでも疲れにくい設計が可能になります。
実際、手首の疾患により通常のコントローラーでは選手活動が難しくなった選手が手首に負担をかけないコントローラー「ErgoBox」と出会い選手活動を継続できたケースもあります。こういった「エルゴノミクス・レバーレス」の領域では、ErgoBoxと似たコンセプトを持つVertiboxという製品も販売されています。

身体に障害のあるプレイヤーはもちろん「普通のプレーヤー」も手の大きさ、手首の柔らかさ、指の長さなど、様々な違いを持っています。自作コントローラーはそうした違いを吸収するバリアフリーなゲーム体験を支える手段にもなるでしょう。
そして何より作ること自体が楽しいです。単に既存のコントローラーを使うだけでなく、自分の手で設計しプレイし、改良する。その過程はゲームをプレイすることと同じくらい魅力的です。私自身、基板や筐体をオリジナルで設計した自作レバーレスコントローラーを使ってスト6をプレイしています。自分で作ったコントローラーでプレイする試合はたとえ負けても納得性があります。
皆さんもまずはストリートファイター6のインストールから始めるのはいかがでしょうか。
すみません、ここはFabSceneでした。皆さんも自作コントローラー作りにチャレンジするのはいかがでしょうか。