メイカームーブメントは死んだのか——「特別」が「当たり前」になるまでの20年

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メイカームーブメントは「終わった」と言われる。2017年のTechShop破産、2019年のMaker Media事業停止。象徴的な組織が次々と消えた。だが実態は逆だ。

かつて「特別な人々の特別な活動」だった個人によるモノづくりは、もはや誰でも手にできるインフラとなった。ムーブメントは死んだのではない。インフラにシフトしているのだ。本記事では、2005年の誕生から約20年の歴史をたどりながら、個人のモノづくり環境がどのように変化し、何がどう変わったのかを検証する。

目次

メイカームーブメントとは何か

まず前提として、メイカームーブメントとは何かを整理しておきたい。

一言で言えば、「3Dプリンターやレーザーカッターといったデジタル工作機械の民主化、マイコンボードの充実化と低価格化、そしてインターネットの普及によって、個人がモノを作り、設計データを共有し、製品を世に出せるようになった社会的潮流」のことだ。従来の製造業は大企業や工場の専売特許だったが、2000年代以降、そのハードルが急激に下がり始めた。日曜大工(DIY)に電子工作、3Dプリント、ソフトウェア開発が交差し、「自分でモノを作る人=Maker(メイカー)」を主役にしたコミュニティが世界規模で形成されていった。

その火付け役となったのが、2005年に米国で創刊された雑誌『Make Magazine』と、同誌が2006年にカリフォルニアで始めたイベントMaker Faireだ。「Maker」という言葉自体、この雑誌が広めた。日本でも2008年から「Maker Faire Tokyo」が開催され、独自のコミュニティが根付いている。

そして、後述する2017年のTechShop破産、2019年のMaker Media(Make Magazineの運営会社)事業停止を境に、「ムーブメントは終わった」と語られることが多くなった。本当にそうなのか。それを問うのが本記事の出発点だ。

なぜ2005年だったのか——条件が揃った瞬間

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メイカームーブメントの始まりとされる2005年は偶然ではない。複数の技術的・社会的条件がこの年に収束した。

イタリア北部の小都市イヴレアにある、デザイン学校「Interaction Design Institute Ivrea」から一枚の基板が生まれた。Massimo Banziら5人の開発者が手がけたArduinoは、約30ドルのマイコンボードだった。それまで電子工作の入門には100ドル以上のBASIC Stampや専門的な開発環境が必要だったが、ArduinoはProcessing風の簡易な開発環境と組み合わせることで、アーティストやデザイナーにも電子制御の扉を開いた。設計はオープンソースとして公開された。

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Arduino

同じ年、英国バース大学のAdrian BowyerがRepRapプロジェクトのブログを立ち上げた。自身の部品を複製できる3Dプリンターという構想だ。2008年5月29日、RepRap Darwinは自己複製を達成する。材料費は約350ユーロ(当時約5万3000円、1ユーロ≒150円)。商用3Dプリンターが3万ユーロ以上した時代に、その100分の1以下のコストで造形機を手にできるようになった。Bowyerは「自己複製する汎用製造機は産業の破壊者になりうる。富の不平等を拡大させないために、すべての人に与えるべきだと考えた」とGNUライセンスでの公開理由を語った

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RepRapプロジェクトの3Dプリンター

そして2005年2月、Dale DoughertyがO’Reilly Mediaから『Make Magazine』を創刊した。DoughertyはO’Reillyの「Hacks」書籍シリーズを企画する中で、ソフトウェアハッカーがハードウェアにも手を伸ばし始めている潮流に気づいた。同氏はこの雑誌を「ギーク版マーサ・スチュワート※」と呼び、購読者数は12万5000人に達した。Make Magazineが成し遂げた最大の功績は技術の紹介ではない。「Maker」という言葉を世に送り出したことだ。散在していた日曜大工愛好家、電子工作マニア、ロボット製作者に共通のアイデンティティを与え、ひとつのムーブメントとして可視化した。

※マーサ・スチュワート…アメリカの実業家で、料理・園芸などのライフスタイルを放送するTV番組で一躍有名になった。

だがこれらの技術が育った土壌には、米国製造業の深刻な空洞化があった。2000年に1730万人を数えた米国の製造業雇用者数は、中国のWTO加盟後の輸入品急増と自動化の進展により、2007年末には約1370万人まで減少。さらに2008年のリーマンショックが追い打ちをかけ、2010年には1150万人まで落ち込んだ。わずか10年で約600万人の製造業雇用が消えた。「自分たちの手でモノを作る」というメイカームーブメントの精神は、この喪失感と無縁では無かった。

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画像出典元:St.Louis Fed

熱狂の時代——ツールとカネと夢が揃った(2005〜2015)

2006年、カリフォルニア州サンマテオ郡のイベントセンターで初のMaker Faireが開催された。来場者は約2万人、出展者は100組を超えた。手を動かして作る人々の祭典は急速に拡大し、2016年には世界38カ国で191回開催され、延べ140万人以上が来場するまでに成長した

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画像出典元:Maker Faire公式サイト

2008年9月のリーマンショックは米国経済を直撃した。失業率は2009年10月に10.0%に達し、830万人以上が職を失った。しかし、この危機は別の力学も生んだ。Current Population Survey(1996〜2009年)の分析によれば、2009年の新規事業立ち上げ率は3年前より17%高い水準に達した。雇用を失った人々にとって、「自分で作る」は選択肢であると同時に生存戦略でもあった。

2009年1月、ニューヨークのハッカースペース「NYC Resistor」から、Bre Pettis、Adam Mayer、Zach Smithの3人がMakerBotを創業した。RepRapプロジェクトから派生したオープンソースの3DプリンターCupcake CNCは、キット価格750ドル(当時約7万4000円、1ドル≒99円)で販売され、初回生産の20台は即完売した。個人が自宅で立体物を造形できるという事実は、「製造」の意味そのものを揺さぶった。

同年4月28日、Perry Chen、Yancey Strickler、Charles AdlerがクラウドファンディングプラットフォームKickstarterを立ち上げた。Chenの原体験は2001年末のニューオリンズにあった。ジャズフェスティバルにDJを呼びたかったが資金を集められなかったのだ。「もし、たくさんの人々がサイトでチケット購入すると約束してくれたならーー、十分な資金が集まればショーは開催されただろうし、集まらなければ誰も請求されない」。この個人的な挫折が個人や小さな組織、スタートアップの資金調達を根底から変えた。

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Pebble(左)とOculus Rift(右)、画像出典元:KickStarter

Kickstarterがハードウェアの可能性を証明したのが2012年のPebbleとOculus Riftだ。Eric Migicovskyが手がけたスマートウォッチPebbleは、10万ドルの目標額を2時間で突破し、最終的に6万8929人の支援者から1026万6845ドル(当時約8億3200万円、1ドル≒81円)を集めた。Apple Watchの発売前に、ガレージからスマートウォッチ市場を切り拓いた。

当時19歳だったPalmer LuckeyによるVRヘッドセットOculus Riftは、9522人の支援者から243万7429ドル(当時約1億9000万円、1ドル≒78円)を調達した。Oculus VRは2014年3月にFacebookに約20億ドル(当時約2040億円、1ドル≒102円)で買収される。ガレージの試作品が2年足らずで20億ドル企業になった事実は、「個人でもハードウェアを作れる」という物語を決定的なものにした。

大統領が旗を振った日——頂点と過熱(2012〜2015)

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画像出典元:ホワイトハウス公式サイト

2012年、元Wired誌編集長のChris Andersonが著書『MAKERS——21世紀の産業革命が始まる』を発表した。デジタル工作機械とインターネットの融合が「第三次産業革命」を引き起こし、製造業が個人の手に戻ると論じた。Andersonは同年Wiredを退社し、自ら設立したドローン企業3D Roboticsの経営に専念して信念を行動で示した。だが後にこの企業自身が、その楽観的な予測の限界を体現することになる。

熱気の頂点は2014年6月18日に訪れた。Barack Obama大統領が史上初のホワイトハウスMaker Faireを開催した。25州から100人以上の学生、起業家、エンジニアを招き、南芝生に33の展示が並んだ。17フィート(約5.2メートル)のロボットキリン、3Dプリント製パンケーキ印刷機、生分解ディーゼル燃料で走るスポーツカー。その会場でObama大統領は宣言した。

Today’s D.I.Y. is tomorrow’s ‘Made in America.’(今日のDIYが、明日のメイド・イン・アメリカになる)」

大統領は同日を「National Day of Making」と宣言し、150以上の大学がメイカー教育の導入を、125の図書館がメイカースペース設置を表明した。前日にはピッツバーグのTechShopを視察しており、メイカームーブメントは明確にObama政権のAdvanced Manufacturing政策と接続された。同政権は2011年6月にカーネギーメロン大学でAdvanced Manufacturing Partnership(AMP)を立ち上げ、2012年にはオハイオ州ヤングスタウンに3Dプリンティング特化型の製造イノベーション研究所(NAMII)を設立していた

だが頂点は同時に過熱の始まりだった。世界のメイカースペースの数は2006年から2016年にかけて約14倍に膨張し、2016年初頭には約1400カ所に達したという報道もある。一方では政府助成金や企業スポンサーに引き寄せられ、持続可能なビジネスモデルを持たない施設が乱立した。Make Magazineが実施した2015年の調査では、収益を上げていたメイカースペースはわずか34%に過ぎなかった

崩壊ではなく、構造的限界——転換点(2015〜2019)

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Makerbot Replicator 2(画像出典元:treatstock)

ハードウェアスタートアップとして急成長していたMakerBotの変質は、メイカームーブメント内部の亀裂を最も鮮明に映し出した。2012年9月、MakerBotは新製品Replicator 2でオープンソース設計の公開を停止したのだ。同年4月に社を追われていた共同創業者Zach Smithは、自身のブログにこう記した

「オープンソースからの離脱は、私個人にとって究極の裏切りだ」

2013年6月19日、3Dプリンター大手StratasysがMakerBotを買収した。取得額は4億300万ドル(当時約395億円、1ドル≒98円)、業績連動報酬を含めると最大6億400万ドル(約592億円)に達した。だが買収後に投入した第5世代プリンターのSmart Extruderは深刻な品質問題を抱え、大量の返品が発生した。2015年だけで2度の大量解雇が断行され、従業員は半減。Stratasysは2014年から2015年にかけてMakerBot関連の減損処理として合計約4億5000万ドル(約518億円、1ドル≒115円)を計上した。買収額を上回る損失だった。オープンソースコミュニティから生まれた企業が、買収と商業化の過程でその精神も価値も失った。

クラウドファンディングにも「死の谷」が現れた。試作品で資金を集めることはできても、量産して届けるには別の能力が要る。2014年にKickstarterで1328万5226ドル(当時約13億7000万円、1ドル≒103円)を集めたCoolest Coolerは、製造コストの過小見積もりにより6万2642人の支援者のうち2万人以上に製品を届けられないまま2019年に廃業した

ウェールズのTorquing Groupが開発した超小型ドローンZanoは、Kickstarterで233万5119ポンド(当時約4億2000万円、1ポンド≒178円)を調達しながら、1万2074人の支援者に届いた製品はわずか4台だった。Kickstarterが外部のジャーナリストに委託した独立調査では、イメージ先行のプロモーション映像の裏で製造能力が根本的に欠如していたプロジェクトオーナーたちの実態を明らかにした

自社サイトで約6万1450件、3400万ドル(当時約41億円、1ドル≒121円)の事前予約を受けたドローンLily Roboticsは、プロモーション映像を自社製品ではなくDJI Inspire(約2000ドルの業務用ドローン)で撮影していたことが発覚した。1台も出荷せず2017年1月に破綻し、サンフランシスコ地方検察が消費者保護訴訟を提起した。なお、Lily Roboticsの予約受付はKickstarterではなく自社サイトで行われたものだが、クラウドファンディング的な資金調達の構造的リスクを端的に示す事例だ。

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Coolest Cooler(左)と、Lily RoboticsのLILY(右)は、いずれも多くの消費者の期待を裏切った。

3D Roboticsも構造の壁に突き当たった。VCから累計約1億ドル(約115億円、1ドル≒115円)の資金を調達し従業員350人を抱えたが、2015年に投入したSoloドローンの販売は振るわなかった。DJIがSolo発売に合わせてPhantom 3を約500ドルに値下げしたとき、3D Roboticsに対抗手段はなかった。Andersonは「ハードウェアは思ったほど長くは難しくなかった。中国がそれを習得する速度は驚異的だった」と述べた。DJIが勝利した理由は技術力だけではなく、部品サプライヤー、金型工場、組立工場が徒歩圏内に集積する深圳の製造エコシステムという構造的優位にあった。2016年、3D Roboticsはコンシューマー向けハードウェアから撤退した。

2017年11月15日、メイカースペースの先駆けTechShopが全米10拠点を同時閉鎖し、連邦破産法第7章(清算型)の適用を申請した。9000人以上のアクティブ会員が事前通知なしに締め出された。2006年にカリフォルニア州メンロパークで創業し、最盛期には1拠点あたり100万ドル以上の設備を擁した。CEOのDan Woodsは声明で「営利企業によるメイカースペースのネットワークは、都市や企業や財団からの外部補助なしに持続不可能だ」と認めた。月額100〜175ドルの会費収入では、高額な設備の維持費と賃料を賄えなかった。フィットネスジムを模した会員制モデルは、維持コストが桁違いに高い製造施設には構造的に不適合だった。

2019年6月7日、ついにムーブメントに名前を与えた張本人が倒れた。Maker Mediaが全従業員22名を解雇し事業を停止したのだ。12万5000人の有料購読者、100万人超のYouTube登録者を抱えながらも、企業スポンサーシップの減少と出版不況の二重苦に耐えられなかった。創業者であるDoughertyは「事業としては失敗したが、使命としては失敗していない」と語った。翌7月10日、同氏は自己資金でMake Community LLCを設立し、解雇した22名のうち15名を再雇用してブランドを再起させた

世界への波及、それぞれの受容と変容

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Chaihuo Maker Space、ファブラボ鎌倉、Fab Lab Barcelona(写真左から右、いずれも各公式サイトより)

メイカームーブメントは米国発のうねりだったが、各国はそれぞれ異なる文脈でこの潮流を受け止めた。

中国——政策が駆動した急拡大と反動

2015年1月4日、李克強首相は新年最初の視察先として深圳のChaihuo Maker Space(柴火創客空間)を選んだ。Seeed Studio創業者Eric Panが2011年に開設したこのスペースは、深圳初のメイカースペースだった。2日後にCCTVが視察を報じると、「一夜にして全員がMakerを名乗るようになった」とChaihuo管理者のYe Yuは振り返った

同年3月5日の政府活動報告で李首相は「大衆創業・万衆創新」(大衆による起業と万人によるイノベーション)を経済の「双発エンジン」と位置づけ、「創客」(Maker)の語が初めて中央政府の公式文書に登場した。背景にはGDP成長率が25年ぶりの低水準である6.9%に落ち込んだ経済減速と、増加する大学卒業者の雇用問題があった。この政策バブルの構造については、深圳を拠点に活動するスイッチサイエンスの高須正和が2019年時点で日本語でまとめている

政策の効果は爆発的で、歪みも大きかった。2013年に約15カ所だった中国のメイカースペースは、2018年には公称5500カ所以上にまで膨張した。だが2017年の北京メイカースペース連盟の報告では、約55%が赤字経営で平均稼働率はわずか30%だった。深圳・華強北のSEGメイカースペース管理者はSixth Toneの取材に「政府の号令に応えるため」メイカースペースを名乗ったと証言し、3Dプリンターは3台しかなく実態は「インキュベーター兼アクセラレーター」だと認めた。上海のメイカーカーニバルを主催するDFRobotのPRマネージャーCarina Linは同誌に「2018年はメイカーとメイカースペースにとって厳しい年だった。多くの施設が閉鎖した。深圳はさらにひどいと聞いている」と語った。

一方で、深圳の製造エコシステムは政策の盛衰とは無関係に世界のMakerにとって不可欠なインフラとなった。Eric Pan氏が2008年に創業したSeeed Studioは80万人以上の顧客にオープンソースハードウェアを提供し、華強北の電子部品市場では「注文した翌日にはPCBが届く。これは世界の他のどこでも不可能だ」(深圳在住の起業家Noah Zerkin)と語られる即時性が、ハードウェア開発の常識を変えた

日本——ものづくり文化との接続

2011年5月、FabLab鎌倉が開設した。築125年の酒蔵を改装した施設は、同時に開設されたFabLabつくばとともに日本初かつ東アジア初のFabLabとなった。2013年には、世界中のファブラボ関係者が集まる世界ファブラボか代表者会議が、神奈川県横浜市で開催。ファブラボという概念がメイカームーブメントの追い風に乗って、日本に伝搬された瞬間だった。

2014年11月、DMM.comが秋葉原にDMM.make AKIBAを開設した。数億円を投じ150台以上の開発機材を備えた施設は、ハードウェアスタートアップの拠点として機能した。しかし2021年8月31日にワークショップフロア(10F Studio)を閉鎖、2023年12月18日に施設全体の閉鎖を発表し、2024年4月30日をもって完全閉鎖した。公式声明は「昨今の市場の変化に伴い」と理由を述べた。TechShopと同様、大型メイカースペースの維持コストを会費収入で賄う困難さは日米共通の課題だった。

Maker Faire Tokyoは2008年の「Make: Tokyo Meeting」(来場者約600人、出展者約30組)として出発し、2025年10月に第21回を開催した。仙台や岐阜、京都でも小規模なMaker Faireを開催するなど、日本各地のMakerコミュニティを体現するイベントへと成長。2025年1月にO’Reilly Japanからインプレスに運営が移管されたが、2026年9月5〜6日にMaker Faire Tokyo開催が決定している。一方で日本独自のコミュニティである「NT(Nico-Tech)」も、日本各地で毎年展示イベントを開催している。象徴的な施設が閉じても、コミュニティの核は残り続けている。

欧州——サステナビリティとの結合

2007年、バルセロナのInstitute for Advanced Architecture of Catalonia(IAAC)がEU初の公的資金によるFab Lab Barcelonaを開設した。同ラボは2014年のFAB10カンファレンスで、バルセロナ市長とともに「2054年までに都市が消費するすべてのものを都市内で生産する」というFab City構想を発表した。データは移動させるがモノは移動させない——この理念には、2025年時点で56以上の都市・地域が賛同している

欧州のメイカームーブメントは、米国とは異なる文脈で発展した。2009年にアムステルダムで始まったRepair Café(修理カフェ)は2025年時点で世界に数千カ所規模で広がり、EU理事会が2024年5月30日に最終承認した「修理する権利(Right to Repair)」指令の推進力となった。起業とイノベーションを志向した米国型とは対照的に、欧州では循環型経済とサステナビリティの文脈にメイカーの思想が組み込まれた。

何が変わったのか——2005年と2026年の比較

メイカームーブメントの最大の遺産は、個人がモノを作る際に立ちはだかっていた壁を変えたことにある。消えたものがある。大幅に下がったものがある。そして、以前は存在しなかった入口が新たに生まれたものがある。

基板製造の壁が消えた。 2005年以前、個人が電子基板(PCB)を作るには自宅でエッチング液を使う手作業か、業者への発注しかなかった。業者に頼めば最小ロット10〜50枚、セットアップ費用を含め1注文あたり100〜300ドル以上、納期は数週間。電話やFAXでの受発注が標準で、個人の小口注文を断る業者も少なくなかった。設計ソフトEAGLEはプロフェッショナル版の永久ライセンスが820ドルだった。

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2026年、深圳のJLCPCB(2006年11月創業)はウェブ上でGerberファイルをアップロードするだけで5枚2ドル(約300円)、最短24時間で製造し世界に発送する。180カ国以上にグローバルなユーザー基盤を持ち、個人から企業まで幅広い試作・少量生産需要を短納期で受注する。設計ソフトKiCad(1992年にフランスのグルノーブル工科大学で誕生)は、2015年の大幅改良を経て完全無料のオープンソースとなり、バージョン10系への移行が進んでいる。かつて数百ドルと数週間を要した行為は、2ドルと数日で完了する。

試作開発の壁が下がった。 金型の初期費用は数十万〜数百万円、射出成型の最小ロットは数百個以上が常識で、1個だけの試作は事実上不可能だった。量産に金型が必要な構造は2026年も変わっていない。しかし、その手前の試作フェーズは劇的に変化した。2009年のMakerBot Cupcake CNC(キット750ドル)が個人向け3Dプリンターの扉を開き、2026年現在、自動レベリング付きのCreality Ender-3 V3 SEや、高速造形対応のBambu Lab A1 Miniが5万円以下で手に入る。最終製品の外装に3Dプリンターが使われるケースはいまも多くないが、アイデアを数時間で形にして検証し、問題があれば即日修正できるようになった。かつては数週間と数十万円を要した「形にして確かめる」というサイクルが、一晩と数百円の材料費で回せる。この変化がスタートアップのハードウェア開発スピードを根本から変えた。

また、ArduinoやRaspberry Piといった安価なマイコンボードも、Makerにとっては強力な味方だ。特に近年はRaspberry Piを量産に採用するケースも多く、試作から量産まで同じパーツで開発できるのは非常に心強い。

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Bambu Lab A1 Mini

部品調達の選択肢が広がった。 電子部品はDigi-KeyやMouserなどの専門商社が扱い、最小注文額の設定や法人口座の要求が個人を阻んだ。2010年にAlibabaグループがAliExpressを開設し、深圳の工場から世界中の個人が直接部品を購入できるようになった。日本では秋月電子通商が秋葉原で愛好家向け部品販売を担い、2008年創業のスイッチサイエンスがArduinoやRaspberry Piの正規代理店として、日本のMakerコミュニティのインフラとなっている。

小さな挑戦への調達手段が生まれた。 銀行は担保を、VCはスケーラブルな事業モデルを求めた。投資水準に届かないが、実現する価値のある小さなアイデアには、資金を集める手段がほぼ存在しなかった。Kickstarterはその空白を埋めた。デットファイナンス(融資)やエクイティファイナンス(株式による資金調達)が量産・事業化フェーズに依然として重要な役割を果たすことは変わらないが、市場に問う前の「まず作って見せる」段階を、消費者から直接支持を集めながら進められるようになった。Pebbleが10万ドルの目標に対して1026万ドルを集めた2012年は、その可能性を世界に示した転換点だ。2025年4月時点でKickstarterは累計87億1000万ドルの支援を仲介し、27万7302件のプロジェクトが資金調達に成功している。

情報・学習の壁が消えた。 電子工作の知識は専門書と閉じた師弟関係の中でしか流通しなかった。2005年のYouTube誕生、2008年のGitHub創設がこの構造を解体した。Arduinoのスケッチ、KiCadの基板データ、3Dプリンターの造形モデルがオープンに共有され、誰でも独学でハードウェア開発の技術を習得できるようになった。更にはChatGPTやClaudeといった生成系AIは、開発スピードの短縮化に貢献するだけでなく、非エンジニアの開発ハードルを大きく下げようとしている。

2005年以前2026年
PCB試作(5枚)100〜300ドル以上、数週間2ドル、最短24時間(JLCPCB)
基板設計ソフトEAGLE Pro 820ドルKiCad 無料(オープンソース)
筐体試作金型数十万〜数百万円、最小ロット数百個5万円以下の3Dプリンターで当日試作・翌日修正
マイコンボードBASIC Stamp 1万円以上Arduino,Raspberry Pi
部品調達専門商社、最小注文額・法人口座要AliExpress等で個人が即日購入
初期資金調達銀行・VC一択(担保・実績要)Kickstarter等で消費者から直接調達可能
設計・学習情報専門書、閉じたコミュニティGitHub、YouTube、AI、無料で無制限

インフラになったムーブメント

2005年にMake Magazineが「Maker」という言葉を世に送り出したとき、それは少数の愛好家への命名だった。Arduino、RepRap、そしてKickstarterが「個人でもモノを作り、資金を集め、届けられる」可能性を証明し、ムーブメントは急速に膨張した。

2014年6月18日にObama大統領がホワイトハウスで旗を振ったとき、メイカームーブメントは「主流」に触れた瞬間の輝きを放った。だがそれは同時に、商業化と政治化による変質の始まりでもあった。MakerBotはオープンソースを捨て、TechShopは過剰拡大の重みで沈み、クラウドファンディングの「死の谷」は量産の壁を突きつけた。

2017年にTechShopが倒れ、2019年にMaker Mediaが解散したとき、ムーブメントの象徴は消えた。Chris Andersonが予言した「第三次産業革命」は、少なくとも彼が描いた通りの形では訪れなかった。Anderson氏自身の3D Roboticsは深圳のDJIに敗北し、コンシューマー市場から撤退した。

しかし、象徴が消えたその時点で世界の構造はすでに不可逆的に変わっていた。深圳のJLCPCBは世界中のMakerに基板を送り続け、個人の試作コストを桁ひとつ以上下げた。3Dプリンターは3万円程度で手に入る。KiCadは無料で使える。Fab Foundationのネットワークは世界に2000超規模で広がっているとされる。Kickstarterは累計87億ドル以上の支援を仲介した。

最も明確な証明は2020年に訪れた。新型コロナウイルスのパンデミックが世界を覆ったとき、チェコのPrusa Researchは短期間でフェイスシールドの設計と量産体制を立ち上げ、累計で約20万枚を印刷・寄付したとされる。創業者Josef PrůšaはForbesに「たった8日で、地球上のすべての3Dプリンターがフェイスシールドを印刷している」と語った

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Prusa Research製モデルのフェイスシールドを着用する医療従事者(画像出典元:printables.com)

イタリア・ブレシアのIsinnova社は不足した人工呼吸器用バルブを3Dプリンターで複製し病院に供給した。材料費はほぼゼロに近いと報じられている。Open Source Medical Supplies(OSMS)には55カ国から7万人以上のMakerが参加し、フェイスシールドを中心に4800万個以上の医療物資を製造した。日本でも神奈川大学 経営学部 道用大介准教授が考案した「DOYOモデル」や、大阪大学大学院 医学系研究科 中島清一特任教授を中心とした産学官連携機関「プロジェクトENGINE」がフェイスシールドのデータを公開。それらを国内の個人や企業が複製する動きが見られた。少なくとも10万個以上のフェイスシールドが医療機関に届けられた

射出成形による大量生産体制が整う数週間前に、分散型の個人製造が命を救った。これは「ムーブメント」ではなく「インフラ」の働きだ。あなたが何か試作するとき、それはインフラとして成長し続ける歴史の中にいるともいえよう。

「Maker」という概念が無くなったとき、ムーブメントは完成するだろう。かつて少数の先駆者だけが持っていた道具と知識と資金調達手段は、いまや世界中の誰にでも開かれつつある。特別だったものが当たり前になること——それがメイカームーブメントの本当の勝利だ。(文中敬称略)

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FabScene編集長。大学卒業後、複数の業界でデジタルマーケティングに携わる。2013年当時に所属していた会社でwebメディア「fabcross」の設立に参画。サイト運営と並行して国内外のハードウェア・スタートアップやメイカースペース事業者、サプライチェーン関係者との取材を重ねるようになる。
2017年に独立、2021年にシンツウシン株式会社を設立。編集者・ライターとして複数のオンラインメディアに寄稿するほか、企業のPR・事業開発コンサルティングやスタートアップ支援事業に携わる。
2025年にFabSceneを設立。趣味は365日働ける身体作りと平日昼間の映画鑑賞。

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