
CERNのFederico Vaga氏とNikos Tsipinakis氏が2026年8月30日、スイスのヴィンタートゥールで開かれたMiniDebConfで、加速器を制御する組み込み用コンピューター約2200台をDebian 13「Trixie」へ移すと説明した。これまではCentOS 7で動かしてきた。2026年内に全台の移行を終える計画で、同日の時点ですでに数十台がTrixieで加速器を運転していた。

移る理由は、コンパイラーの設定1つだ。Red Hat Enterprise Linux 9は、配布物一式を「-march=x86-64-v2」というオプションで組み立てている。2009年より前のCPUはこの命令の並びに対応しておらず、起動の途中でglibcが止まる。Vaga氏が2023年4〜6月期に実施したリスク分析では、CERNの制御用コンピューターの47%がこれに当たった。中身はIntel Core 2 Duo世代である。さらにRHEL 10が最適化をv3へ引き上げたことで、Ivy Bridge世代の17%が加わり、合わせて65%ほどが、次の更新でも、その次の更新でも動かせなくなった。

置き換えるとなると話は機械の値段では済まない。2010年より前のPCはPCIスロットに余裕があったが、今の産業用機はせいぜい1つか2つしか持たない。1台で足りていた仕事に3台が要る計算になり、地下のラックが埋まる。ケーブルはすでに棚に収まらず床を這っている場所もある。基板11枚は設計をやり直す必要があり、そのぶん電子技術者もソフトウェア技術者も現場の技術者も追加で要る。見積もりは540万スイスフラン(約10億円)で、しかも不具合が出ない前提での成功率を20%と踏んだ。
CentOSをそのオプション抜きで組み直す案も検討し、AlmaLinuxの開発チームとも話し合ったという。ただ、オプションを外せば済むわけではなく検証工程が付いて回るため、誰も責任を引き受けたがらなかった。CERNの本業は素粒子物理であってLinuxの配布物を作ることではない。だからこそ独自のScientific Linuxをやめて外部に委ねた経緯がある。両氏は「ソフトウェアの問題だからソフトウェアで解く」と結論づけた。
ただしDebianをそのまま載せるわけではない。使うのは初期RAMディスクとユーザーランドで、Linuxカーネルはkernel.orgから自前で組み、リアルタイム用のパッチを当て、必要なドライバーを組み込んでいる。部品ごとに差し替えられる構成にしたのは、次に同じことが起きたときに一部だけ替えられるようにするためだ。制御機はストレージを持たず、起動のたびにネットワークから読み込む。その配信元は2005年より前に設計した1台のサーバーで、落ちれば2000台が一斉に土台を失う。今回これをKubernetesへ移し、いつ壊して作り直しても構わない構成に改めた。
Debian側の不足も率直に挙げた。パッケージのビルドと公開を自動化する標準の道具がなく、バイナリーのカーネルモジュールをどう扱うかの公式方針もない。同じリポジトリに複数の版を置ける道具も少なく、使っているrepreproでも対応する枝は講演の2日前時点で試験段階のままだった。CERNは自分たちのRPMビルド基盤Kojiに、Debianパッケージを組めるプラグインを足して対応している。データセンターと実験装置はRHELとAlmaLinuxのまま残る。加速器は2026年9月1日に停止し、長期の保守期間に入った。

