
Hugging Face(ハギングフェイス)は、296万のAIモデルと100万のデータセットが無料で公開されているAI開発の拠点を運営する米国企業である。2016年にニューヨークで創業し、2026年7月時点で7秒に1つのペースで新しいモデルやデータセットが登録されている。2026年9月3日、Nvidiaが129億ドル(約2兆1000億円)での買収合意を発表した。
社名の由来は、抱きしめる仕草をした絵文字「🤗」である。2016年、フランス出身の3人がこの名前を掲げて始めた事業は、AIモデルの共有サイトではなかった。スマートフォンの中で10代の若者の話し相手になる、チャットボットのアプリだった。アプリは広まらず、会社は2年余りで進む道を変える。それから10年、この会社は100ドル(約1万6000円)のロボットアームの設計図を無償で公開し、399ドル(約6万4000円)のロボットを売り、7万ドル(約1120万円)のロボットを作る会社を買収した。AIモデルを無料で公開して成長した企業が、なぜロボットを配るのか。その答えは、創業から10年の歩みの中にある。(文中敬称略)
話し相手を作ろうとした3人

2017年3月、米TechCrunchはニューヨークの小さなスタートアップを、退屈した10代のための、AIの「親友」を作る会社として紹介した。記事によれば、アプリを開くとメッセージアプリと同じ画面が現れ、相手はAIで、冗談を言い、写真を送り合い、友人や家族のことを尋ねてくる。CEOのClément Delangueは同メディアに、生産性や実用のためのAIを作る人は多いが、自分たちは話していて楽しいAIを作りたい、と語っている。ペットが友人の代わりにならないのと同じで、このAIも人間関係を置き換えるものではない、との説明も添えられていた。同じ記事で、Betaworks、SV Angel、NBA選手のKevin Durantらから120万ドル(約1億9000万円)を調達したことも報じられている。
創業者は3人である。Delangueはパリの画像認識スタートアップMoodstocksで製品を担当した後、SNS分析のMentionの仕事でニューヨークに移った。共同創業者のJulien ChaumondはCTOとして技術基盤を担う。3人目のThomas Wolfは経歴が変わっている。統計物理学と量子物理学で博士号を取り、研究から離れて法律を学び、5年間、特許弁理士として働いた。担当していたスタートアップの多くがディープラーニングを扱っていたことから機械学習に触れ、その数式の大半が統計物理学の焼き直しだと気づいたと本人は語っている。
Delangueは2024年10月、ポッドキャストACQ2で創業当時をこう振り返っている。当時のSiriやAlexaは会話がつまらなかった。子どものころ遊んだたまごっちのように、話しかけて楽しい「AIのたまごっち」を作ろうと考えた。3年間この案に取り組み、最初の2回の資金調達もこの案で受けた、と本人は語る。社名が絵文字に由来するかという司会者の問いには「まったくそのとおり」と答えている。
2018年11月17日、PyPIに置かれた1つのパッケージ

親友アプリの裏側では、天気の話にも野球の話にも応じられるように、文章から情報を抜き出すモデル、意図を判定するモデル、返答を作るモデル、感情を読むモデルを何本も束ねて動かしていた。Delangueは前述のポッドキャストで、複数のモデルと複数のデータセットを扱う土台をこの時期に作ったことが、後の共有プラットフォームの原型になったと述べている。ただし、当時の3人にその自覚はなかった。
転機は2018年の秋に来た。GoogleがBERTと呼ぶ言語モデルを公開した。文章の意味を読み取る精度が一気に上がった一方で、コードは同社の機械学習フレームワークTensorFlow向けに書かれていた。WolfはDelangueに「素晴らしいが、TensorFlowなのが残念だ。週末にPyTorchへ移植してみる」と告げたと、Delangueは語る。PyTorchは当時も今も研究者に最も使われているフレームワークである。2018年11月5日の月曜日、Wolfは同僚のVictor Sanh、Tim Raultとともに移植版をGitHubで公開し、Twitter(現X)に投稿した。Delangueによれば、この投稿におよそ1000件の「いいね」が付いた。3人は「インターネットを壊した」と驚いた。
Pythonのパッケージ配布サイトPyPIには、その痕跡が残っている。最初のパッケージ名はpytorch-pretrained-bertで、初版は投稿の12日後、2018年11月17日に登録された。名前のとおり、BERTを移植しただけの小さなライブラリだった。ところが公開後、他の研究者たちが自分のモデルも同じ枠組みに入れたいと言い出した。Delangueの記憶では、XLNetやGPT-2の作者からも連絡があった。BERT専用ではなくなったので、2019年7月にpytorch-transformersへ改名した。さらに同年9月26日、TensorFlowにも対応したことで、名前から「pytorch」も落ちてtransformersになった。名前が2度縮んだ10か月は、1つの移植作業がフレームワークを問わない共有基盤へ育っていく過程そのものである。
Delangueは、公開から半年後に投資家へ事業転換を告げたと語る。調達済みの資金は約600万ドル(約9億6000万円)、創業から3年目だった。反対する投資家はいなかった。
「AIのGitHub」に値が付く
ライブラリの次に足りなくなったのは、置き場所だった。モデルが大きくなり、GitHubに置けなくなったと利用者が言い、データセットを検索できる場所が欲しいとも言う。Delangueは前述のポッドキャストで、そうした要望に応えていくうちに、気づけばAIのためのGitHubを作っていた、と述べている。GitHubがプログラムのソースコードを共有する場所だとすれば、Hugging Faceは学習済みのAIモデルと、それを作るためのデータを共有する場所である。
投資家はこの構造に値を付けた。2019年12月、Lux Capitalが主導する1500万ドル(約24億円)のシリーズAが決まる。TechCrunchはこの時点でTransformersのダウンロードが100万回を超え、GitHubのスターが1万9000に達したと報じた。Lux CapitalのBrandon Reevesは米Forbesに、同社を知った週末が明けた月曜には出資を申し出ていたと語っている。2021年3月に4000万ドル(約64億円)、2022年5月に1億ドル(約160億円)と調達は続き、2022年の評価額は20億ドル(約3200億円)に達した。Forbesはこのときの記事に「20億ドルの絵文字」と見出しを付けている。
2023年8月のシリーズDは性格が違った。2億3500万ドル(約380億円)を出したのはSalesforceを筆頭に、Google、Amazon、Nvidia、Intel、AMD、Qualcomm、IBMといった、互いに競合する大手である。評価額は45億ドル(約7200億円)になった。Delangueは米Axiosに、これは自社が中立の場であることを固める「エコシステム・ラウンド」であり、AIにおけるスイスのような立場を示すものだと説明している。
売っているものは何か。Delangueの言葉を借りれば、モデルそのものではなく、集まる場所である。共有は無料で、企業向けの管理機能や、モデルを動かす計算資源を使いやすく束ねた有料サービスで収益を得る。ACQ2の収録時点でDelangueは、7年間の調達額5億ドル超に対して使ったのは半分以下で、すでに黒字だと述べた。計算資源の安売り競争には加わらず、プラットフォームと一体になった使いやすさに対価を払ってもらう、とDelangueは説明する。
規模は2026年も伸び続けている。同社が2026年8月に公開した「State of Open Models: Summer 2026」によれば、公開モデルは2026年1月の243万から8月の296万へ、データセットは71万1000から100万へ増えた。同じ報告書には、全モデルの85.6%がダウンロード200回未満で、1.5%のリポジトリが全ダウンロードの99.2%を占めるとも書かれている。誰でも置ける場所には、使われないものも大量に積もる。それでも置き場所であり続けることが、この会社の価値の源泉である。
Teslaを離れた研究者が持ち込んだ「ロボットのTransformers」

2024年3月、TeslaのヒューマノイドロボットOptimusの開発に関わっていた研究者Remi CadeneがHugging Faceに加わった。同社は2025年4月のブログで、自社のロボット事業の歩みを月ごとの年表にまとめている。以下はその区切りを借りたものである。
2024年5月、CadeneのチームはライブラリLeRobotを公開した。ロボットに動作を教えるための学習手法と、データの記録・共有の仕組みをまとめたもので、TransformersがAIモデルに対して果たした役割を、ロボットに対して果たすことを狙っている。8月には、手元で組み立てたロボットに動作を教えるまでの手順書を出した。10月には、The Robot Studioと共同で、部品代およそ100ドルのロボットアームSO-100を公開した。11月にはNvidiaが、LeRobotのデータ収集と学習を加速する協業を発表した。翌2025年3月には、Nvidiaがヒューマノイド向けの基盤モデルGR00T N1をHugging Face上で公開し、SO-100で動くように調整した。
年表の外に、数字が1つある。LeRobotのGitHubリポジトリに付いたスターは、公開から12か月で0から1万2000を超えた。2026年9月2日時点では2万6400である。
1万6000円の内訳

SO-100と、2025年4月に改良版として出たSO-101は、何でできているのか。The Robot StudioがGitHubに置いた部品表を読むと、答えは拍子抜けするほど単純である。
動く側のアーム1本に必要な部品は、Feetech製のサーボモーターSTS3215が6個、モーター制御基板が1枚、USB-Cケーブル、電源アダプター、クランプ、ドライバーセットで、合計121.94ドル(約2万円)と書かれている。サーボは1個13.89ドルで、6個で83ドル余り、部品代の7割を占める。腕の骨格はすべて3Dプリントで、PLA+のフィラメントを使い、Ender 3やPrusa MINI+といった家庭用プリンターで出力できる寸法に分割されている。人が動かして手本を見せる側のアームをもう1本加えても229.88ドル(約3万7000円)で収まる。
日本の読者には、同じ部品表に日本円の列が用意されている。サーボとモーター制御基板と電源は秋月電子通商の商品ページにリンクされ、動く側のアーム1本の合計は2万4414円と記されている。部品をそろえたキットが欲しければ、スイッチサイエンスがSeeed Studio製のサーボモーターキットを4万4880円(税込、ACアダプター別)、3Dプリント部品のセットを7921円(税込)で扱っている(いずれも2026年9月3日時点)。秋月電子通商もSO-101のキットを販売している。
安さそのものより重要なのは、安いアームが何を生むかである。2025年6月、Hugging FaceはSmolVLAというモデルを公開した。カメラの映像と「赤い積み木を箱に入れて」のような言葉による指示を受け取り、アームの動きを出力する種類のモデルで、業界ではVLA(Vision-Language-Action)と呼ぶ。パラメーター数は4億5000万で、単体のGPU1枚、あるいはMacBookでも動く大きさに抑えられている。論文によれば、学習に使ったのは、Hugging Face上でlerobotのタグを付けて公開されていたコミュニティのデータセット481本、約2万3000エピソードだけである。同社が学習用に整理して公開したデータセットの説明には、いずれもSO-100で記録された作業台上の操作だと書かれている。
つまり、100ドルのアームを世界中に配ると、各地の作業台で人がアームを動かした記録がHugging Faceに集まり、その記録だけでロボット用のモデルが学習できる。モデルはまたHugging Faceで公開され、100ドルのアームで動く。Transformersとモデル共有の間にあった循環が、ロボットでも回り始めた。
WolfはPollen Robotics買収のブログで、ロボティクスはAIが解き放つ次のフロンティアになりうると述べ、それは「開かれていて、手頃で、プライバシーが守られるべきだ」と続けている。閉じた遠隔操作のハードウェアではなく、開かれた解決策から出発できる未来を目指す、とWolfは書いた。
日本の技術者コミュニティでも循環は回っている。一例を挙げると、ABEJAは自社の技術部ブログの中で、SO-101とLeRobotで模倣学習を試した記録を公開し、同年7月にはSmolVLAを自社のデータで追加学習させて色付きの積み木を運ぶタスクに挑んでいる。Algomaticは2026年6月、SO-101で人の手本を集めてMac上で学習させる手順を公開した。いずれも、秋葉原で買える部品と、無料で公開されたモデルの組み合わせである。
1120万円のロボットの会社を買って、6万4000円のロボットを出す

2025年4月14日、Hugging FaceはフランスのボルドーにあるPollen Roboticsの買収を発表した。同社は2016年、フランス国立の研究機関InriaのFlowersチームにいたMatthieu LapeyreとPierre Rouanetが創業し、9年間オープンソースのロボットを作ってきた。買収額は公表されていない。Gradio、XetHubに続く5件目の買収である。
Pollen Roboticsの主力製品Reachy 2は、7自由度の腕を2本持ち、3kgまでの物をつかみ、LiDARを載せた移動台車で動くヒューマノイドで、コーネル大学やカーネギーメロン大学の研究室に入っている。価格は7万ドル(約1120万円)で、買収発表のブログにはメールで注文できる、と書かれていた。
Hugging Faceが7万ドルのロボットを売るために会社を買ったのかといえば、そうではない。買収から3か月後の2025年7月9日、両社はReachy Miniの予約受付を始めた。高さ28cm、重さ1.5kgで、6自由度の頭部と2本の触角を動かし、広角カメラと4つのマイクと5Wのスピーカーを備える。Pythonで動きを書き、Hugging Face上で公開されている音声認識や画像認識のモデルを組み合わせて使う。発売時に15種類以上の振る舞いがHubで配られ、ハードウェアの設計、ソフトウェア、シミュレーション環境はすべてオープンソースだと公式ブログは書いている。価格は、MacやLinuxにつないで使うLite版が399ドル(約6万4000円)、Raspberry Piとバッテリーを内蔵して単体で動く無線版が499ドル(約8万円)である。

価格は動いている。2025年5月29日の発表時にHugging Faceが示した見積もりは250〜300ドルで、関税次第と注記されていた。7月の予約開始時はLite版299ドル、無線版449ドルだった。2026年時点の公式ページは399ドルと499ドルである。CNBCによれば、Pollen RoboticsはReachy Miniを1万台以上販売したと説明している。
同じ日にHugging Faceは、フルサイズのヒューマノイドHopeJRを約3000ドル(約48万円)で出すとも告げていた。The Robot Studioと共同設計した66自由度の機体で、DelangueはTechCrunchに、2025年末までに最初の数台を出荷したいと答えている。2026年9月時点で量産出荷が始まったかどうかは、公式の発表を確認できていない。
2026年8月27日、Pollen Roboticsは3つ目の製品として、二足歩行の小型ロボットMicroduckの予約受付を始めた。高さ25cm、重さ800g未満、モーター15個で、価格は399ドルである。CNBCは、公開から1週間で1万台以上が売れ、出荷予定が2026年のクリスマス以降にずれ込んだと報じた。同じ記事は、この機体の頭脳が上海に上場する中国Rockchipの半導体RK3566であることにも触れている。もう1つ、The Next Webが指摘した点がある。Microduckのソフトウェアはオープンソースだが、ハードウェアの設計は公開されていない。SO-100から始まった「設計図ごと配る」路線が、製品ごとに同じ形で続いているわけではない。

2兆円で買収されたプラットフォームは、まだ開かれているのか

Microduckの発表と同じ週に、別のニュースが流れた。2026年8月26日夜、複数の米国メディアがNvidiaがHugging Faceを129億ドルで買収することで合意したと報じた。
1週間後の9月3日、NvidiaのCEO Jensen Huangが自社ブログで買収合意を発表。金額は129億3030万ドル(約2兆1000億円)。Forbesによれば、同日のSEC提出書類で、Nvidiaは2027年前半の手続き完了を見込むとしている。45億ドルで最後に値を付けられてから3年で、評価額は3倍近くになった。Nvidiaは2023年のシリーズDにも参加した既存の投資家である。
Huangはブログで、Hugging FaceはAIエコシステム全体に開かれたプラットフォームであり続け、開発者はモデルもフレームワークもクラウドも計算基盤も自分で選べる、Nvidiaの計算資源を使うことは条件にしない、と書いた。1800万人の開発者が300万のモデルを共有する場を「開かれたモデル開発コミュニティの活気ある拠点」と呼び、Nvidia自身が500以上のモデルと250以上のデータセットをそこに置いてきたことにも触れている。
Delangueは同じ日、CNBCの番組で、夏の間にHugging Faceの側からHuangに持ちかけたと明かした。オープンソースAIは転換点にあり、もっと大きな規模で起きるには、より多くの計算資源と支援と協力と露出が要る、とTechCrunchは同氏の言葉を伝えている。NBC Newsによれば、買収額のうち約119億ドルが投資家に支払われ、最大10億ドルがNvidiaに移る従業員向けの株式報酬に充てられる。
Delangueは、この点について一貫して同じことを語ってきた。2024年10月のACQ2で、たった1つの企業や組織だけがAGIに到達する未来が最も危険だと述べた。2026年7月にはTechCrunchに対し、企業は自社の中核能力を「制御できず、中身も見えないブラックボックスのAPI」に委ねたがらない、と語っている。2025年5月にヒューマノイドを発表したときには、TechCrunchに対し、誰でも組み立てて中身を理解できるオープンソースで、しかも手頃であることが重要で、少数の大手の危険なブラックボックスにロボティクスを支配させないためだと述べている。同社の売り物は、特定の企業に属さない中立の置き場所であることだった。2023年にDelangue自身が「AIにおけるスイス」と呼んだ立場である。
その置き場所が、AI向け半導体で最大のシェアを持つ1社のものになる。Huangは開かれたままにすると書き、自社の計算資源を条件にしないとも書いた。それでも、モデルを置く側、ロボットのデータを集める側、そして中立を理由にここを選んできた大学や企業が、同じ理由でここを選び続けるかどうかは、これから決まる。買収の完了は2027年前半の見込みで、その後のHubの運営については、両社とも約束以上のことを語っていない。
2016年、3人はスマートフォンの中に話し相手を作ろうとして失敗した。2018年、1人が週末に書いた移植コードが、置き場所を求める人々を呼び寄せた。会社は置き場所を売ることで育ち、2024年、同じ仕組みをロボットに持ち込んだ。100ドルのアームを配ったのは、慈善事業ではない。アームが集めるデータと、そのデータで学習したモデルが、また同じプラットフォームに戻ってくるからである。ロボットを配る理由は、AIモデルを無料で公開した理由と同じところにある。
そして2026年、この会社は触角を振って人に話しかけるロボットを399ドルで売り、二足で歩く399ドルのロボットを1週間で1万台受注し、その1週間後に2兆1000億円で買われることが決まった。10年前に画面の中で作ろうとした話し相手は、いま実物のロボットになり、3Dプリント用のデータも部品表も制御プログラムも公開された状態で手に入る。それらを擁するプラットフォームは、「開かれたままにする」という約束とともに巨大企業の手に渡る。

