
東京科学大学の片瀬貴義教授らの研究チームが、工場や自動車、発電所から出る廃熱を電気に変える新しい熱電材料を開発した。原子1層分の薄さのセレン化鉄(FeSe)を、バルク結晶の中に規則正しく埋め込んだ層状結晶で、高い発電性能と低い熱の伝わりやすさを両立する。成果は2026年6月23日、英国王立化学会の学術誌Journal of Materials Chemistry Aに掲載された。
熱電材料は、温度差から電気を生む材料だ。捨てられる熱を電力に変えられるため、脱炭素社会に向けた技術として期待される。ただし高い性能を得るには、熱をよく電気に変える働きと、発電の元になる温度差を保つために熱を伝えにくくする働きの、両立が難しいという壁があった。この2つを同時に満たす材料設計が長年の課題だった。
手がかりになったのが、鉄系超伝導体として知られるセレン化鉄だ。超伝導体は熱電材料には向かないとされてきたが、近年、原子数層まで薄くしたセレン化鉄が非常に高い熱電性能を示すと分かった。ただしこの性能は極薄膜でしか確認されておらず、そのままでは実用が難しい。塊状のセレン化鉄は熱を伝えやすく、性能を出しにくいという問題もあった。
研究チームは、タリウムを組み込んだ層状結晶「TlFe1.6Se2」を作り、この壁を越えた。原子1層分のセレン化鉄の層を、バルク結晶の中に周期的に挟み込み、あわせて鉄の抜けた空孔を規則的に並べた設計だ。薄膜セレン化鉄の高い性能を塊の結晶に移しつつ、空孔で熱の伝わりを抑える狙いがある。実験では2つの利点を確かめた。1つは、埋め込んだセレン化鉄の層が、塊状のセレン化鉄よりはるかに大きなゼーベック係数(温度差から電圧を生む能力の指標)を示し、高い熱電パワーファクターにつながった点だ。
もう1つは、熱の伝わりにくさだ。結晶に含まれる鉄の空孔が周囲の原子結合をゆがめ、熱を運ぶ格子振動を強く散らして熱の移動を抑える。重いタリウム原子と複雑な層状構造も、格子振動の速度を落として散乱を強めると片瀬教授は説明する。さらに約180℃で、鉄の空孔が規則的に並んだ状態から不規則な状態へと可逆的に変わり、この転移で散乱がいっそう進む。熱伝導率は約0.2W/(m·K)まで下がり、最先端の熱電材料と同等かそれ以下の低さに達した。
鉄の空孔の並び方は電気の流れ方にも効く。空孔が規則的に並んだ状態では、ゼーベック係数が100μV/Kを超え、パワーファクターは不規則な状態の約5倍に達した。研究チームはこの違いを、空孔の規則配列にともなう電子構造の変化によるものとみる。
今回の成果は、既存の熱電材料を改良するのではなく、原子1層分の薄い材料が持つ機能を実用的な塊の結晶に埋め込むという新しい設計の方向性を示した。片瀬教授は、電気と熱の輸送のあいだにある従来のトレードオフを乗り越え、次世代の熱電材料を開発する有望な道筋になると述べている。研究チームは、この手法をカリウムやルビジウム、セシウムを含む類縁のセレン化鉄化合物にも広げられるとみている。

