
北海道大学大学院情報科学研究院の竹井邦晴教授らの研究グループが、眼鏡をかけるだけで呼吸を常時計測し、そこから心拍数と血圧の変動を推定するスマートグラスを開発した。鼻パッドに超高感度の歪みセンサーを仕込み、呼吸に伴って鼻の表面に生じるわずかな変形を読み取る。心拍数と血圧の推定には機械学習を使わず、呼吸との相関を利用した重回帰解析で済ませるため、計算量が少なく低消費電力で動く。
血圧は、医師が診断で重視する五大バイタルサイン(血圧、体温、心拍数、呼吸数、血中酸素飽和度)の1つだが、日常生活の中で無意識のうちに連続計測できる機器は実用化されていない。市販のスマートウォッチには血圧の測定機能を持つものもあるものの、測るときに腕や姿勢を一定に保つ操作が要り、自然な生活のなかで測り続けることはできない。研究グループは、多くの人が日常的に身に着ける眼鏡に目をつけた。装着の違和感が小さく、社会に受け入れられやすいという判断からだ。
新たに作ったのは、カーボンの薄膜とレーザー誘起グラフェン(LIG)を重ねたフィルム型のフレキシブル歪みセンサーだ。LIGは、樹脂のフィルムにレーザーを当てて表面をグラフェン状の炭素に変える手法を指す。2層を重ねた構造により、1.5%という小さな歪みに対してゲージファクターが約1万4500に達した。ゲージファクターは、加わった歪みに対して電気抵抗がどれだけ変わるかを示す感度の指標で、値が大きいほど微小な変形を捉えられる。
センサーは鼻パッドとヒンジ(つるとフレームの接続部)に取り付け、鼻呼吸と口呼吸の両方を拾う。土台は市販のサングラスで、取得したデータはBluetooth Low Energy(BLE)でスマートフォンへ送る。皮膚に貼り付ける必要がなく、外観もほとんど変わらない。
心拍数と血圧の推定には、呼吸数と呼吸の深さを説明変数にした重回帰解析を用いる。カーボン層を持たないLIG単体のセンサーでは呼吸に対応する波形が現れずノイズしか観測できなかったが、積層したセンサーでは、腹部の動きを加速度センサーで測った呼吸数とほぼ一致した。学習に使っていない被験者に対しても心拍数と血圧の変動を安定して推定でき、オフィスでのパソコン作業、休憩、運動といった場面でも連続計測できた。
ただし研究グループは、実用化に向けてはさらに多くの被験者を対象とした実証試験と医学的な検証が必要だとしている。今後は体温と血中酸素飽和度を測るセンサーもスマートグラスに集積し、五大バイタルサインを常時・連続で計測できるようにしたうえで、病院での実証試験を進める。高齢者の見守りや独居高齢者の健康管理、医療資源の地域格差の解消、災害現場でのトリアージなどへの応用を見込む。成果は2026年8月14日、学術誌「Device」にオンライン掲載された。

