
AIの推論は、ふつう地上の大きなデータセンターで動く。それを、手のひらに載る小さな衛星に積んで、宇宙で動かそうとしている人がいる。Ken Chan氏が自宅のラボで組み立てた小型衛星「KENSAT」は、軌道上でAIモデルを動かし、その結果を地上へ送り返すことを目指す。打ち上げは2026年秋、SpaceXのFalcon 9を予定する。
KENSATは、10cm角の立方体を2つ重ねた大きさの、2UサイズのCubeSatと呼ばれる小型衛星だ。この規格は、大学や個人でも手が届く衛星として広まってきた。KENSATが目指すのは、センサーの値を集めたり通信を中継したりする従来の役割ではない。データセンターにあるようなAI用の計算チップと、軽量化したAIモデルを、衛星の限られた電力と発熱、信頼性の枠に収めて動かせるかを試すことにある。
頭脳には、NVIDIAの小型AIボード「Jetson Orin Nano」を積む。そこで、TinyLlamaという小さな大規模言語モデルを、容量を削る量子化という処理で軽くして動かす。地上の強力なコンピューターに頼らず、衛星自身が軌道上で推論し、答えだけを地上局へ送る仕組みだ。衛星の制御用コンピューターは、必要なときだけこのJetsonを起こし、決められた電力の範囲で推論を走らせ、送信用に整える。
宇宙は、電源の乱れや放射線で機器が突然止まりやすい。そこでKENSATは、電源系に異常からの復帰を担う見張り回路を持たせた。アンテナの展開やAI推論といった重要な動作は、途中で予期せず再起動しても安全にやり直せる作りにしてある。
推論の結果は、自作した437.08MHzのUHF無線で、アマチュア無線で使われるAX.25という形式にまとめて送る。通信内容はあえて暗号化していない。世界中の無線愛好家が、自分の地上設備で受信し、解読して衛星の様子を追えるようにするためだ。Chan氏は、この開発の全体をオープンソースとして公開している。手元の部品で宇宙のAIに挑む、ものづくりの一例だろう。

